中堅は「給料減」 相次ぐ大手企業の「初任給アップ」の背景にある悲しい事情

67

2024年06月11日 07:31  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

相次ぐ大手企業の「初任給アップ」の背景にある悲しい事情

 連合(日本労働組合総連合会)が2024年5月8日に発表した「2024 春季生活闘争第5回回答集計結果」によると、2024年春闘における平均賃上げ率は5.17%と、前年度を大きく上回っています。また、労務行政研究所が東証プライム上場企業152社を対象に実施した「2024年度 新入社員の初任給調査」でも「全学歴引き上げ」は86.8%となっており、前年度の速報集計の70.7%を大きく上回っています。


【画像】大企業の中堅社員は賃金が前年より「減っている」


 実際に、アパレル企業の中には初任給40万円と前年比で10万円もアップさせた企業があるくらいです。このように初任給アップの波は急速に拡大していることが分かります。


 大手企業で相次ぐ初任給アップの波は、本当に“いいことばかり”なのでしょうか?


●相次ぐ初任給アップの背景で苦しむ「中堅」


 そもそもなぜ多くの企業は初任給アップに踏み切っているのでしょうか。初任給アップには企業や新卒社員に以下のようなメリットがあるといわれています。


(1)モチベーションアップ


 新卒社員が仕事に対して適正な報酬を受け取れていると感じることで仕事に対する責任感を持ち、生産性の高い仕事をしようとする意識が高まります。


(2)人材確保や採用の改善


 新卒採用市場においても優秀な人材を獲得するためには重要な要素の1つになります。


(3)離職率の低下


 適正な報酬を受け取ることで帰属意識も高まり、会社に長く在籍しようとする要因にもなります。また、長く在籍するということは企業にとっても安定した人材を確保することにもつながります。


(4)企業の社会的評価


 新卒社員にも適正な報酬を支払うということは適正な利潤を上げている企業であることを示すことができ、結果的に企業の社会的な評価を受けることができます。また、新卒社員にとっても高い初任給をもらっているという社会的な評価や自己評価アップにもつながります。


(5)生活の安定


 生活費を賄うことが難しい新卒社員にとっては、初任給アップは金銭的、精神的に寄与することで生活の基盤を安定させることができます。


 このように初任給アップにはいろいろなメリットがありますが、以下のようなデメリットもあるといわれています。


(1)人件費の増加


 企業としては当然に人件費増となりますので、人件費の配分の調整を行う必要が出てきます。


(2)賃金水準の公平性


 初任給アップを行うことで新卒の他の社員の給与水準との公平性を保つための調整が必要になります。


(3)即戦力人材の離職


 新卒社員にとってはメリットでも中堅社員にとってはモチベーション低下のデメリットとなり離職する可能性が高まります。結果的に組織としての人材分布のバランスが悪くなってしまうことが想定されます。


 初任給アップは前述したように新卒社員にとってはメリットがある一方、初任給のアップの対象となっていない入社3〜5年目の社員にとってはデメリットとなっている場合があります。


 初任給から3〜5年かけて努力してやっと昇給したと思ったのに、新卒の初任給と差がほぼなくなってしまっているといった現象も起きていると言います。また、今後の昇給についても不透明な状態が続いてしまえば、当然のことながら企業に対して不公平感や不満が高まり、モチベーションの低下や離職にもつながってしまいます。


 また、厚生労働省が発表した令和5年賃金構造基本統計調査によると、大企業では20〜29歳の若手社員の賃金が増加している一方で、中堅といわれている35〜54歳の賃金が相対的に減少していることが明らかになりました。


 このことは中堅社員の方が経験もスキルもあるにもかかわらず、絶対数として少ない若手社員の労働力の希少性に対して報酬が払われていることの表れともいえるのかもしれません。


●企業規模、地域による「採用格差」も深刻化


 企業規模別でみても、中小企業と比較すると1000人以上の大企業の方が賃金水準としては高い金額になっていて、初任給も高くなる傾向があります。また、地域別でみても東京、神奈川、大阪といったいわゆる首都圏の企業の賃金水準が高くなっており、首都圏の企業の初任給が高くなるのは必然とも言えます。


 結果的に大企業や首都圏の会社に人材が集まってしまい、中小企業や地方の企業は優秀な人材の確保が難しく、新卒の確保がさらに困難な状況になっていると言えます。


 労働政策研究・研修機構の「2023年度版労働力需給の推計」によると、労働力人口は2022年の6902万人から2040年には最大で6002万人まで減少が見込まれるとしています。また、15〜29歳においては2022年の1152万人から2040年には1031万人に減少することが見込まれてます。


 外国人労働者においては、2024年1月26日の厚生労働省の発表によると約200万人で過去最高となっています。しかし近年の円安の影響もあり、外国人労働者数が日本から離れているというニュースも最近はよく目にします。


 労働力人口の減少や高齢者の増加を考えれば、若手社員の獲得が今後ますます困難になることは容易に想像することができ、初任給アップの波もしばらくの間続くのではないでしょうか。


 最後に、筆者は「働く」ということは本来、自身の持っている能力を使って社会に貢献し、その貢献の価値の対価として報酬を受け取ることだと考えています。しかし、最近は「初任給アップ」という言葉だけが独り歩きしてしまっているように感じます。新卒の方々の労働に対する意識が損得だけにフォーカスされないことを願います。


●著者紹介:武田 正行(たけだ・まさゆき)


1978年東京生まれ。A型。2008年10月に大槻経営労務管理事務所入所。


2001年3月に大学を卒業し、民間の会社に就職をするが、その年に退職する。その後2002年4月から自動車整備の専門学校に入学し、2級ガソリン自動車整備士、2級ジーゼル自動車ガソリン整備士資格を取得、2004年3月に卒業。


2004年4月から2008年9月までハーレーダビットソンのディーラーで整備士として勤務していた。


2013年9月より、海外進出プロジェクトのメンバーとして、アジアを中心とした海外進出に必要な労務管理、社会保険についてのアドバイスを行っている。


現在は約20,000名の企業様の社会保険手続きや数万の企業の相談顧問を行っている。また、ハラスメント・コンプライアンス外部相談窓口のリーダーとして相談員の業務も行っている。


このニュースに関するつぶやき

  • 日本の雇用形態が 変わったと言う人もいるが、再就職は 非情に難しい。再就職で 正社員は、ほぼないと思う。企業は それを知っているから、釣った魚に 餌は やらない。代わりの人は、いくらでもいる。
    • イイネ!12
    • コメント 1件

つぶやき一覧へ(49件)

ニュース設定