2年ぶりの一軍登板、ヤクルト奥川恭伸を戸田で見守ったコーチたちの回想録 「途中で心が折れかけて...」

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2024年06月13日 17:30  webスポルティーバ

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 ヤクルト・奥川恭伸の2年ぶりの一軍登板が目前に迫ってきた。奥川は高卒2年目の2021年に9勝をマークし、日本シリーズでも好投。新エース誕生の期待が高まったが、翌年のシーズン初登板で右ヒジ痛を発症。昨年はリハビリ後、一軍復帰も見えてきた7月に左足首を骨折。そして今年2月は一軍キャンプ完走を前にして腰痛により無念の離脱。

「僕ひとりだけでは心が折れていたかもしれません」

 奥川がそう語ったように、二軍の投手コーチたちは長く苦しいリハビリ期間を支え続けてきた。そんなコーチたちに、二軍本拠地・埼玉県の戸田で見守ってきた奥川の姿と、これからの期待について語ってもらった。

【奥川恭伸が見せた意外な一面】

 松岡健一コーチは奥川について「賢い選手ですし、なんでも吸収するし、感覚が研ぎ澄まされている。アドバイスしやすかった」と語る。

「体の扱い方がうまいから、自分の発想を試せる。その発想も面白い感覚を持っていて、それが飛び抜けているんです。若い選手の多くは、自分の体の扱い方への理解が浅いなかで動いているけど、奥川はベテラン選手かというくらいうまい。実際、自分ら(コーチ)と同じくらいに言語化できる。そこがすごいですよね」

 松岡コーチにとって、今年5月17日の日本ハム戦(鎌ヶ谷)は強く印象に残っているという。奥川は5回を投げ、3本塁打を含む8安打、7失点と大乱調。マウンド上では信じられないくらいイライラし、取り乱していた。

「内容も結果も、あそこまで崩れるところを見たことがなかったですし、いい意味で面白かったですね(笑)。この2年間のケガはありましたけど、それまではプレーヤーとして順風満帆にきていたわけじゃないですか。それがあの試合では、マウンドで怒ったり、投げやりになったり、いつもさわやかな奥川がこんな闘争心を秘めていたんだと。打たれたくないという感情を感じることができました。だけどそのなかで、なんとかあがいて修正しようという気持ちが出ていた。で、すごいのは次にゲームで修正してくることなんです。自分で次の策を練って、見つけられるのもすごいところです」

 近づく一軍でのピッチングについてはこう話した。

「一軍でも投げながら対応していくと思います。投げれば投げるだけ、対応していく選手ですから。一つひとつの経験を、自分の成長につなげられる。それを見ていくのも面白いですよね」

 正田樹コーチは昨年、四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツで選手兼任コーチとしてプレー。松山で行なわれた11月11日のヤクルトとの練習試合が引退登板となり、その時に奥川と投げ合うことになった。

「この時は奥川のピッチングを見ることができなかったんですよ。自分はマウンドを降りたあと、プルペンでチームの投手を見なければいけなかったので」

 ヤクルトのコーチに就任し、奥川と接するようになってからについて、正田コーチは次のように語った。

「ここまで一緒にやってきて思ったのは、すごく細かな感覚を持ち合わせていますよね。トータルで、野球に関して人よりも器用にできるというか。いろいろなことを高いレベルでできる選手なんだと思います。今は独立リーグの選手でも150キロを投げる子が多いですが、奥川は1球1球の質が違いますし、ふだんの練習を見ていてもすごく丁寧にやっている」

 これからの一軍でのピッチングについて、正田コーチはこう期待を寄せる。

「投げることというか、一番は体ですね。ここまで故障が多かったというのもあるんですけど、体さえ問題なければ......と見ています。ゲームでは、よかったり悪かったりあるでしょうが、悪かったというのも、彼のなかでもうひとつだったというだけで、高いレベルでやっているのがわかります。本当に体さえというところで、そこはみなさんもご存知だと思います(笑)」

【リハビリの2年間が強さに変わる】

 山本哲哉コーチは「自分は育成担当という立場なので......」と前置きしたうえで、こう語った。

「この2年、戸田で見ていて感じたのは、よく腐らずにやってきたなということですね。やっぱり、野球選手は野球ができないことが一番しんどいことですから。今年に関しては、投球内容とかではなく、本当に痛みなく投げられているというか、本人の表情が印象深いですね。キャッチボールを見ていても、不安なく投げられているのがわかります。一軍に行っても、持っているものはすごいですし、本当に戦力だと思うので、まずは勝ちにつながる投球をしてほしいですね」

 小野寺力コーチは「正直、やっと一軍に行けたなと。ここまで長かったですね」と、安堵の表情を見せた。小野寺コーチは、奥川の1年目の二軍キャンプから叱咤激励を続けてきた。

「この2年間は......野球にケガはつきものですけど、ちょっと多かったですよね。1年目に右ヒジの違和感があり、2年目は一軍で活躍しましたが、3年目に右ヒジを痛めてしまった。去年も一軍を目前にしていたところで左足首をケガして、今年も一軍キャンプに参加して『状態いいよね』というところで腰を痛めてしまった。ただ、ヒジは負担のかからないフォームにしていて、そこに関して問題がないのはよかったのかなと」

 小野寺コーチは苦しんだ時間が長かった分、これからの奥川に期待を込める。

「この時間の長さが、強さに変わってくれると思います。野球人生は長いですし、また困難なことが訪れるかもしれないですけど、その時のためにこうして苦労したことはよかったのかなと」

 ここまでの過程で、弱気になる奥川の姿を見てきたと小野寺コーチは言う。

「やっぱり野球が大好きな子なので、野球ができないことへの苦痛というか、そういう姿はありました。途中で心が折れかけて......言葉にするのは難しいですが、やる気がないわけじゃないんですけど、やる気が出てこないというか。かわいそうですけど、最終的には自分で乗り越えるしかないですし、コーチとしてはその時にできることをしっかりやっていこうよと。そして復帰すれば、ケガをする前以上の体や技術を習得しようという話はしました」

 2年ぶりとなる一軍でのピッチングについては、こう話した。

「今はやっと自分のなかで、多少納得できる感じになっていると思うので、それがすぐ一軍で通用するかとなると、そこはやってみないとわからないですよね。でも本人も言っていましたが、しっかり腕を振って打者と勝負して、今の自分のピッチングがどのくらいにあるのかを感じてくれたらいいなと。そこで課題も見つかるでしょうし、次にその課題をクリアして、打者を抑えながら一歩一歩成長してもらえたらと思っています」

 小野寺コーチに話を聞いた日、奥川はすでに一軍に合流。この2年間、キャッチボールをしたり、たくさんの会話をした奥川がいなくなるのは寂しくないかと聞くと、「寂しくないですよ!」と大きな声で笑った。

「これまでの時間、戸田にいたんですから。上で大暴れして、チームに勝利をもたらす投球をして、なおかつ勝ち星もつけば......この2年間の苦しみが喜びに変わり、報われると思っています」

"奥川復活"への舞台は整った。

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