そんな人は少なくない。たとえラップや手袋をして作ったとわかっていても口にできない人はいる。もちろん、それはおにぎりに限ったことではない。
小学生の娘に見られてしまった
「保育園のころは何でも食べていたんですが、小学校に入ってから、うちの娘は給食以外は食べられなくなりました」そう言うのはマミコさん(39歳)だ。ひとり娘が入学したのは今年の春だった。原因は自分だとマミコさんはわかっている。
「実は私自身が、他人の作ったものがほとんど食べられない。信頼している友人であっても、その人が作ったクッキーや手作りケーキなどは無理。
だから基本的に他人の家には行かないし、職場で手作りクッキーをもらっても、断れない場合は持ち帰って捨ててしまうんです。
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しまったとは思った。娘は母の言うことを無条件で信じる。しかも繊細で感受性豊かな子だから、日頃から何をどう言うかには気をつけていたはずなのに。
「大丈夫なのよ。おいしいのよ。だけど今、ママはいらないのと言ったら、じゃあ、あたしが食べる? と娘が聞いてきて。ごめんね、もう捨てちゃったから今度ね、と言ったんですが、それきり娘は友だちの家で出されたものも口をつけなくなりました」
近所に住む母親からは、「あんたがよけいなことを言うから」と叱られた。市販のものなら娘も安心したように手を出すが、マミコさんの母が作ったものにさえ不審な目を向けるようになった。
「私の不用意な一言で、娘の人生がおかしくなってしまうかもしれない。そう思うと複雑な気持ちです」
友人の汚部屋がきっかけだった
ただ、マミコさんが人の作ったものを食べられなくなったのには理由がある。以前、職場においしいクッキーを差し入れてくれる同僚がいた。あるとき一緒に食事をしたあと、「うちでコーヒーでも飲む?」と誘われて、彼女の家に寄った。
「ものすごい汚部屋だったんですよ。キッチンも汚くて、ゴキブリもいた。でも彼女は平然としている。ここであのクッキーを作ったのかと思ったら気持ちが悪くなってきて。
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コロナ禍では人とのやりとりが減り、そうした心配はしなくてすんだ。だが、このところ人間関係は以前のように戻り、小学校に入学した娘の友だち関係でも新しいやりとりが増えている。
そんな中で、娘はマミコさんの言葉によって不自由になった。
実母が根気よく説得してくれた結果
「結局、母が根気よく説得してくれ、友だちの家にも母が連れていって一緒におやつを食べることで、娘も友だちのおかあさんが焼いたクッキーを食べられるようになりました。単に私の影響を受けただけだったから、回復も早かったようです」だがもちろん、マミコさん自身の「他人が作った食べ物アレルギー」は治っていない。ただ大人の場合、なんとか逃げ道を探すことはできる。
「しかたないので、私はいろいろなアレルギーがあることにしています。本当にアレルギーがある方には申し訳ないけど、心理的なアレルギーだからしかたがないと割り切って……」
夫は私の“アレルギー”に批判的な態度も
困るのは夫の実家や親戚の家を訪ねたときだ。このゴールデンウィークに夫の実家に行ったのだが、店屋物の寿司は食べても義母が作った味噌汁は飲めない。外食ならいいが義姉の手料理はパス。アレルギーという言い訳も通らない。「夫は私の現状を知っていますが、神経質すぎると批判的です。だからそのときも『コイツさあ、他人が作ったものが食べられないんだよ。それで娘にも悪影響が出て』と言いたい放題。
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でもね、とマミコさんは言う。実際に頑張って食べると気持ちが悪くなるだけなので、避けたほうがいいのはわかりきった話。赤の他人ではなく親戚なのだから、逆にそのあたりを理解してくれてもいいのではないか、と。
「単なるクセだ、食べれば大丈夫と押しつけられても困るんですよ……。それを克服しなければ今後の人生、もっと大変だよと脅されもしましたが、克服するより避けたいのが本音。そんなに人の作ったものを食べられないのは罪深いんでしょうか」
困惑したように語るマミコさん。同じような立場の人は案外多いのではないだろうか。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))