西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第13回 ダニ・オルモ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回はラ・リーガ開幕4連勝のバルセロナで、新加入後早くもチームの中心となっているダニ・オルモ。チームの新戦術を可能にする「解像度の高い」プレーとは?
【今シーズン最大の補強】
ラ・リーガでのデビュー戦は第3節のラージョ・バジェカーノ戦だった。1点ビハインドで折り返した後半から、フェラン・トーレスに代わってピッチに入る。すると、すぐにバルセロナの攻撃が変化した。
ダニ・オルモが特別に何かしたというわけではない。シンプルなワンタッチパスを何本か出しただけ。ただ、それだけで攻撃に芯ができたように感じた。60分にペドリのゴールで同点に追いつくと、82分にはダニ・オルモが決めて逆転している。
第4節のバジャドリード戦は先発出場。7−0の大勝。これでバルセロナは4戦全勝、ライバルのレアル・マドリードを抑えて首位。今季最大の補強選手としての価値をみせつけた。
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スペイン代表としてユーロ2024の優勝に貢献。合流が遅れ、プレシーズンマッチには参加していない。ところが、交代出場したラージョ戦はまるで彼のために用意された舞台に上がったかのようで、7−0のバジャドリー戦は完全に中心選手だった。
チームに馴染むのが早すぎる。ただ、ちゃんと理由はあるのだ。もともとダニ・オルモはバルセロナのカンテラ(育成組織)出身。さらにバルセロナのハンジ・フリック新監督はドイツ人。ダニ・オルモは前所属のライプツィヒでプレーしていた経験から、新監督の指向するプレースタイルをおそらく誰よりも理解している。
イルカイ・ギュンドアン(マンチェスター・シティ)を放出してまで獲得しているのは、新しいバルセロナのプレースタイルにおいて肝になる存在だったからだろう。
ハンジ・フリック監督が新たに導入したのは中央集中型の攻撃である。
センターフォワード、トップ下、左右のウイング、ボランチのひとり。最大5人が中央に集結する。ここにオーバーロードを引き起こすことで、素早いパスワークとともに中央を突破する。中央の人数過多から渋滞に陥るのではなく、推進力を生み出す。錐で穴を開けるような攻撃はスリリングで、バルセロナが培ってきた極上のワンタッチを活かしてもいる。
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トップ下で起用されているダニ・オルモは、この中央攻撃のキーマンだ。
ワンタッチパスがうまい、フリックもうまい、キープできて、ラストパスを出せる。コースを狙ったパスのようなシュート、強烈なミドル......何でもできる。
そのうえ走れるので、裏抜けも得意。これができないと中央が渋滞するだけなので貴重な資質といえる。守備も精力的だ。中央に人を集めて相手に奪われ、まとめて置き去りにされるのが最悪の展開なので、切り替えの速さは死活問題だが、その点でも安心できる選手だ。
何でもできるので、ある意味何が特長なのかわかりにくいかもしれない。ただ、それこそがダニ・オルモの特長で、1つに絞れば「解像度」ということになるだろうか。
【密集攻撃で発揮される解像度の高さ】
いわゆる股抜きを駆使する。相手の動きを読んで逆をとるのがうまい。シュートがポストやバーによく当たる。クロスボールもスルーパスもピンポイント。いっけん脈絡のない現象を並べているようだが、どれもダニ・オルモの解像度の高さを物語る。
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近接している相手の動きをよく見ている、あるいは感知している。足が出てくるとわかっているので足の間にボールを通せる。相手の動きの逆をとるワンタッチコントロールに優れているのも、やはり相手の動きがわかっているからだ。
ゴールの枠にシュートが当たるのは、そこを狙っているから。バルセロナのシュート練習はポストやバーを狙っていると聞いたことがある。入らなくてもオーケー、当てることが目的。本当に当たって、ボール半分の差で得点にならなかったとしても、相手に防がれることはほぼないからだ。ダニ・オルモはその瞬間にピントを合わせられる。
定規で引いたようなスルーパスは、背走するDFのすぐ横を通ってもカットされない。自陣ゴールへ走っているDFがパスカットできる範囲は限られていて、ダニ・オルモはそれをわかってパスしている。もちろん、味方が拾えるスピードとコースへのパス。一瞬で状況を正確に見抜く解像度の高さが最も現れるケースかもしれない。
キックの強さと正確さを兼ね備え、ふわりとDFの頭上を越すパスも得意。これもDFがぎりぎり届かない空間の一点を見つけるのが早い。
こうした解像度の高いプレーは、敵味方でごった返しているエリアで非常に大きな武器になる。相手の動きの逆を突き、味方の些細な動きも見逃さない。コンマ数秒で明確にピントを合わせられるのでプレーがブレない。ダニ・オルモがフィールドに登場しただけで、全体のプレーの焦点が合ってくる、引き締まっていくという現象が起こるわけだ。
【プレー単位が小さく引きしまる】
解像度の高さを活かせるのは、技術の精度があってこそ。ただし、技術が高ければ解像度も高いとは限らない。解像度に関しては、ボールタッチとはまたべつの鍛錬がなければ上がっていかず、簡単に言えば見ようとしなければ見えないままなのだ。
かつて遠藤保仁がこう話していた。
「公園の片隅にあるブランコが目の端のほうに映るとして、揺れているのが右から何番目か。それを正確に言える人は少ないと思います。僕はそれを正確に言えるようにしたかった」
きっかけは少年期のコーチから言われた「周囲をよく見ておきなさい」という、ありきたりのアドバイスだったそうだ。事前に見る、考えるはサッカーの基本だから、誰でもそう指導する。しかし、よく見えるようになるために、普段の生活から見ようとする人はたぶん稀だろう。
遠藤はその意味で珍しい少年だった。その甲斐あってか、しばらくするとフィールド上でもよく見えるようになったそうだ。実際に目視しなくても、自分を除く敵味方21人の位置が何となくわかるようになったという。
ダニ・オルモに感じるのは、遠藤の俯瞰性よりも比較的近いところの動きに対する解像度だが、やはり見ようとしなければ見えないものだと思う。見ようとし続け、見えるものが鮮明になるに従って、いわば技術の「単位」も変わってきたのではないか。例えれば、メートル単位だったものがセンチメートルに、センチメートルがミリメートルに。
ぎりぎりまで相手を引きつけてワンタッチで逆を突くプレーはダニ・オルモの真骨頂だが、抜群の解像度とそれに伴う精緻な技術によって成立している。だから、彼がいるだけでプレーの単位がより小さくなって引き締まる。アバウトでなくなる。ジャストなタイミングと精度が基準になる。
中央部の人数投入と停滞しない前進が、今季のバルセロナにおける攻撃の軸だとすれば、ダニ・オルモはそこにうってつけの人材で、本人にとっても水を得た魚の心境ではないだろうか。
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