NECが開発を進める顔認証技術。その精度は「世界一」とも言われ、米国立標準技術研究所が実施した顔認証技術のベンチマークテスト(性能評価試験)では、認証エラー率が0.12%と、世界トップの数字を記録している。
この技術力の高さをもとに、NECでは社内組織DXへの活用を進めている。4月には社員証のデジタル化による新システムを稼働。本社ビルの入退場がカードキーでなく顔認証で可能になり、社内の複合機やロッカーの使用も顔認証で利用できるようにした。社員食堂や売店での決済も、顔認証で実現している(NEC、社員2万人に顔認証の「デジタル社員証」導入 どんな変化が?参照)。
社用携帯にインストールした社内アプリケーションによって、本体だけで2万2000人以上いる従業員同士のチャットも可能にした。身体に障がいがあったり意思疎通が難しかったりする社員に対して、移動を補助したり介助したりすることも容易にする。そんなオープンな組織作りにも生かしているのだ。
社屋や従業員の情報をデータ化することにより、「財務」「人事」「IT」などの10領域92種類にわたる経営情報の可視化を実現。NECはこれを「経営コックピット」と名付けている。さらに、これらの社内システムに自社開発の生成AI「cotomi」(コトミ)を随所に展開中だ。
|
|
こうした動きは、NECが進める価値創造モデル「BluStellar(ブルーステラ)」の一環として位置付けている。同社が進める2024年のDXには、どんな狙いがあるのか。DXを推進するNECコーポレートIT・デジタル部門長の小玉浩CIOに聞いた。
●デジタル社員証に顔認証システム どう活用?
――NECはデジタル社員証と顔認証システムを始めました。どのように社内で展開していますか。
今のところは随時、興味のある社員に登録してもらう形にしていて、強制はしていません。管理しているアプリは社用スマートフォンでダウンロードできる形にしていて、現時点で2万ダウンロードを達成しています。アプリをダウンロードして、登録をすれば顔認証によって入退室や社内決済などができるようになります。
7月からは勤怠システムとも連携する予定で進めています。ただ、繰り返しになりますが現時点で強制はしていないため、従来の社員証を用いたシステムも使用可能です。将来的にはどこかのタイミングで、全て切り替えていくことにはなると思います。
|
|
――NECの従業員は約2万2000人いますが、そのうち2万人以上がアプリを利用できるわけですね。グループ全体になると10万人以上の従業員数になるわけですが、どのように広げていきますか。
グループ全体となると、会社間の合意も必要になりますし、運用上の問題や制度といった仕組み作りが必要になります。社屋の物理的な問題で、システムを導入できないケースもでてくると思います。ただ、個人的な感覚で言うと、できれば年度中にはグループ会社への展開も進めたいと考えています。
――自社ビルかどうか、ビルの管理者が、設備の改変をどこまで容認するのかという課題も出てきそうですね。
DXを進めるにあたり、そういう課題もでてくると思います。ビル自体でNGというところも当然あるでしょう。そういう場合には、例えば顔認証がNGの場合は、より簡易的にQRコードによって同様のシステムを構築するなど、別の対応も考える必要がありそうです。
入居するビルの仕様に厳しい要件がある場合もあります。全て一律でできるものではないと考えています。簡易的な仕組みも考えていかないといけません。
|
|
●来客も顔認証に対応
――従業員だけでなく、来客も顔認証に対応できるようになるのでしょうか。
対応していきます。事前に顔写真を登録しておくことで、スムーズに入退館ができるようになると思います。
――NECのシステムを、他社にサービスとしても提供していく方針ですが、他社からはどのくらい問い合わせが来ているのでしょうか。
具体的な数字は把握していませんが、「紹介してほしい」というお話はいただきます。4月以降説明会も開いていますが、感覚としては「これいいね」「やってみたい」など好評の声は必ずいただく状況です。
時期としては、来年度以降に展開していけたらと考えています。当社の顔認証を用いたシステムの中では既にサービスとして提供しているのもあります。既存のサービスを企業ごとにチューニングしていく必要があると思いますので、どのように事業化していくかを考えています。当社が進めている「ブルーステラ」の事業の一環として訴求していく考えです。これに向けても、いまさまざまなノウハウを蓄積しているところです。
――音楽ライブなどでは、顔認証による入場は既に実用化しています。オフィスでの導入はなぜ遅れたのでしょうか。
顔認証を単に入退出に活用するだけなら、そこまで技術的に難しくはないと思います。現に、入退室だけに活用している企業はそこまで珍しくないのではないでしょうか。課題になるのは、顔認証で従業員をID管理して、どのように他のシステムと結びつけていくかです。当社では決済システムとも連携していますが、点ではなく面にして、さまざまなものに世界をつなげていくことが大事だと考えています。
――例えば霞が関の官庁では、マイナンバーカードを職員の入退館に活用しています。マイナンバーカードとの連携については、どうお考えですか。
あくまで一般的な意見として、将来的にはひも付いていく流れになると考えています。当社においても、顔認証などのシステムと連携していく流れになるかもしれません。現段階では全くの未定ですが、従業員同士がIDでつながる社会というのはそういうことだと思いますので、マイナンバーカードとの連携は将来的な視野には入れています。
●経営情報を可視化 狙いは?
――経営コックピットは全社員が見られるものなのでしょうか。
現時点では部門長や統括所長など、ある一定の職階以上の従業員だけが閲覧できるようにしています。ただ、ゆくゆくは従業員全員が見られるようにしていきたいとも考えています。一方でインサイダー情報に該当する情報も多分に含まれていますので、そういった問題を加味しながら、誰にどう見せるかを考えながら進めていきたいと思います。他にもセンシティブな情報がありますので、情報の重要度によって見せる人は決めている側面もあります。
――経営コックピットの導入によって、部門長以上の人の意識が変わった点はありましたか。
ファクトを見ながら、データドリブンによって物事を考えるマインドセットにつながっています。今までは、こうした部門ごとに持っているデータは、なかなか共有しようとしない動きもありました。むしろ「外に出さないことのほうが力だ」という考え方もあったかもしれません。しかしデータは会社全体の価値、財産なのです。それをいかに全員が使えるようにするかが非常に大事だと考えています。
――どのようにマインドセットを変えていきたいですか。
今までは自分の思いで部門ごとの方針を決めていたような側面もあったのですが、いざ数字を見たら実際には違った、ということは起こりがちです。データを参照していても、過去のデータの話を元にして議論をするケースもありました。
こうした思い込みを捨てて、ファクトに向き合うだけでなく、未来志向にマインドを変えてもらうことがものすごく重要です。ファクトに向き合い、そこからいかに未来に向けて仮説を立てて改善していくか。これが本質です。
中にはデータを開示することによって「何でこんなに低いんだ」ということを言う人がいます。データが低いこと自体は悪いことではありません。大事なのは、何が良いのか悪いのかを話すことではなく、良くない現実を受け入れること。未来志向に切り替えて、実際に良くしていくことです。組織の弱点も定期的に見ながら、高めていきます。こういうところからマインドセットを変えていきたいですね。
――今回のDXでは、デジタル障がい者手帳である「ミライロID」と連携し、社内アプリを通じた健常者との連携の強化も示唆しました。
まずは小さく始めて、よかったら広げていく考え方です。今回、食堂で困っている障がい者を一般社員がサポートする例を出しましたが、あれはあくまで一例です。「社内で障がいのある人を助けたい」と思っている社員はたくさんいるのです。
これも例えばですが、障がいのある社員のサポートをしたら、社内の福利厚生に使えるポイントを付与するなど、きちんとその行いを評価してあげる仕組み作りも大事だと考えています。そうすることによって、より従業員同士が支え合い、組織にさらなるバリアフリーが実現すると思います。
社員一人一人が自発的に活動するDXを進めていくことで、組織の風通しをさらに良くしていけます。NECではそんな文化が既にできてきていますが、デジタルIDの力によってさらに推し進めていきたいですね。
(アイティメディア今野大一)
|
|
|
|
Copyright(C) 2024 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。