【夏ドラマ】『海のはじまり』第11話 「やまねこ」になる資質のない男が「やまねこ」にされた話

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2024年09月17日 19:11  日刊サイゾー

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 あるところに、心優しいくまがいました。ある日、くまのお友だちだった小鳥が死んでしまいます。くまは、深い悲しみの中で小鳥のためにお葬式をしますが、なかなか小鳥の死を受け入れることができません。

 悲しみから逃れるように、くまは森の中をさまよいます。そこで1匹のやまねこに出会い、やまねこが奏でる音楽に心を癒され、再び元気を取り戻していきます。

 いなくなってしまった小鳥とはもう会えないけれど、やまねこのおかげで、くまは小鳥との思い出を胸に新しい一歩を踏み出すことができたのでした。

 というのが、絵本『くまとやまねこ』のあらすじです。

 ドラマ『海のはじまり』(フジテレビ系)の中で、若くしてがんを患い、7歳の娘・海ちゃん(泉谷星奈)を残して亡くなることを悟ったママ・水季(古川琴音)は、海ちゃんに『くまとやまねこ』を何度も読んでほしいと言って死んでいきました。小鳥はいなくなってしまうけれど、いつかやまねこと出会えるから。そういう思いだったのでしょう。

『海のはじまり』第11話、「やまねこは誰だ」という感じで、振り返りましょう。

■「いなくなる」という逆虐待

 海ちゃんを引き取り、世田谷のアパートで2人暮らしをすることにした夏くん(目黒蓮)。認知もしたし、海ちゃんの苗字も「南雲」から夏くんの「月岡」に変わることになりました。

 新生活を迎え、夏くんは海ちゃんを自分の町の図書館や新しい小学校に連れていきますが、海ちゃんは冴えない表情。海ちゃんは賢い子なので転校初日こそ首尾よくこなしましたが、やはり寂しさは募るばかりです。

 ついこの間まで暮らしていたじいじ(利重剛)とばあば(大竹しのぶ)の家や、ママが津野くん(池松壮亮)たちと一緒に働いていた図書館には確かにあったママの面影が、夏くんと暮らす世田谷にはまるで感じられないのです。

 いなくなったママの面影についての話を夏くんに聞いてほしい海ちゃんでしたが、夏くんは「水季はもういない」の一点張り。何しろ夏くんは水季と海ちゃんが暮らした日々を一秒たりとも共有していませんので、7歳の子どもに対してもあくまで事実関係を示すことしかできないのです。

 話の通じない夏くんに嫌気がさした海ちゃん、いよいよ家出をすることにしました。今の夏くんにとってもっともダメージを与える行動は、家出です。海ちゃんは賢い子なので、自分が家出をしたら夏くんがどれだけ苦しむかもわかっていたことでしょう。そして、夏くんにとってもっとも屈辱的な行先、津野くんの図書館に身を寄せるのでした。

 かつて、水季が死んだことについて「俺のほうが悲しい自信がある」と夏くんに対してマウントを取っていた津野くん。何年もの間、水季と海ちゃんの親子関係を見てきたので、海ちゃんの話がわかります。

 海ちゃんが自分の意思でじいじとばあばの家に帰ったことを夏くんに告げた津野くん。ここでも、夏くんは津野くんから痛烈な一撃を食らうことになりました。

「(水季が)いるとかいないとかの話してるの月岡さんだけです。いたとか、いなくなったとかの話をしてるんです。わかんないですよね、南雲さんがいたときもいなくなったときもおまえいなかったもんな」

 ヒィッ……! おまえって言われた夏くんは完全に硬直。その津野くんの言葉を飲み込めないまま、じいじの家に海ちゃんを迎えに行くのでした。

■言葉の通じない生き物がいる

 海ちゃんはママと寝ていたベッドで『くまとやまねこ』を読んでいました。ゆっくりと引き戸を開けて姿を現した夏くんを一瞥すると、また絵本に視線を戻します。

 年上彼女とよろしくやってた日々の中に突然姿を現し、「夏くんのパパ、いつはじまるの?」などと詰め寄ってきたその小さな女の子は、夏くんがすべてを受け入れたタイミングで、まるでそのタイミングを見計らったかのように、明確な拒絶を示してきました。夏くんという人物を拒絶したわけじゃない。その人との2人での生活を拒絶したのです。もう海ちゃんは夏くんにとって、言葉の通じない生き物と化しています。

 この期に及んで「図書館にもここ(じいじの家)にも水季はいないよ」と繰り返す夏くんに、海ちゃんはカウンターを繰り出しました。

「海のせいでみんな寂しいの? 海、最初からいなければよかった?」

 この一打で完全に足元を見失った夏くんに海ちゃんがとどめを刺しにきます。

「ママは寂しそうだった」

 手を握っている夏くんを振り払う海ちゃん。

「なんでママいないって言うの? 海、ママとずっと一緒にいたもん。いなかったの夏くんじゃん!」

 ゲボォ……っと嘔吐しちゃうところですが、ここは月9ですし(元)ジャニタレですからね、代わりに一筋の涙を流すのでした。

■人の心を殴る術を知っている

 本当に生方さんという脚本家は、人の心を殴る術をよく知っている方だと思います。夏くんの「一生懸命」や「誠意」「優しさ」「気遣い」「覚悟」そして「愛情」といったものがいかに無価値であり、海ちゃんにとってなんの癒しにもならないかを実にわかりやすく、夏くん本人に突き付けてきました。

「だったら最初っから現れてくれるなよ」

 夏くんじゃなくても、そう叫びだしたくなるシーンです。実際、夏くんだって1,000回くらいその言葉を飲み込んだと思う。あんなに美人の年上彼女と別れることになって、将来は結婚だって考えていたのに、その全部を台無しにしたのは、海ちゃんのためなのに。

『くまとやまねこ』で、くまは森をさまよい、やまねこと出会いました。

 海ちゃんはそうではありません。生前の水季は海ちゃんの手を引いて、はるばる経堂を訪れ「あのアパートに2階に、やまねこがいる」と具体的に指し示してから死んでいったのです。

 くまにとって、やまねこの奏でる音楽が心の支えになりました。しかし、夏くんという男は、自分の歌を歌っている人間ではありませんでした。自分の人生を豊かにすることに、極めて消極的な人間でした。寂しさに憑りつかれた海ちゃんを癒せるような、そんな人生は生きてこなかった。

 やまねこになる資質のない人間が、やまねこに指名されてしまったお話。やっぱこれ、特級のホラーだわな。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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