歌人・岡野大嗣による短歌×散文集『うたたねの地図 百年の夏休み』(実業之日本社)が刊行された。著者はこれまで単著で4冊の歌集を刊行しているが、本書では初めて、短歌150首のほかに散文10本と短歌になる前のメモ(=たね)を多数収録している。
今から10年程前、著者の岡野さんとメールをやりとりしていて、その際こんなことを書いてくださったことがあった。
ぼくは柴崎さんの小説で描かれる「誰のものでもないのに誰のものでもある日常」がすごく好きです。短歌をつくるうえでいちばん影響を受けているのは柴崎さんの小説かもしれません。
「柴崎さん」は作家の柴崎友香さんのことで、当時の私はまだ、「誰のものでもないのに誰のものでもある日常」という意味を理解しきれず、うまく返信できなかった。だが、すぐには理解できなくても、とても大事なことだというのはよく覚えていて、それからずっとこの言葉の意味を考えていた。
そうして時が過ぎ、今年8月、『うたたねの地図』を読んで、はっとした。「誰のものでもないのに誰のものでもある日常」が、まさにこの本に詰め込まれていたからだ。
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うたたねの隙間に浮かぶ光景から生まれる街。誰の記憶でもない。あなたがそこにいたことを覚えている場所の記憶に息づく街。(「やがて、やがて」より)
本書は、短歌と散文、そして短歌になる前のメモ(=たね)をもとに、とある〈夏の街〉を作り出している。特定の誰か一人の記憶によってではなく、「場所」の記憶によって。場所が記憶しているのは、誰かの日常であり、あなたの日常でもある。つまりそれが、「誰のものでもないのに誰のものでもある日常」ではないだろうか。
先日、書店twililightで行われた「岡野大嗣さんと伊藤紺さんの朗読&トーク『歌の夏』」の配信を視聴した。岡野さんによれば、『うたたねの地図』が誕生したのは、不動産情報サイトSUUMOに掲載された岡野さんの文章を実業之日本社の方が読んだことがきっかけだったという。おそらく、「【大阪府豊中市】ここがどこかへなっていく街」(2021/7/8公開)のことだろう。その文章のなかで、
豊中で暮らし始めたのは二十代の後半からで、三十代に入ってまもなく短歌をつくり始めた。この場所で見聞きしていることが、僕に短歌をつくらせる動機になっている。豊中は、短歌の「たね」がたくさん落ちている街なのだ。
と、短歌の「たね」についても言及されている。
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幼稚園から二十代の前半まで住んでいたマンションは角部屋で、リビングの北側に開いた窓から、飛行機が飛んでいるのを空高くに眺めることができた。出張から帰ってくる父が乗っているかもしれない飛行機に手を振っている、幼いころの記憶。淀川の花火大会の日、花火が上がる時間に合わせて帰りの便を押さえていた父。父は遠く飛行機の窓から、父以外はリビングの窓から。違う場所から同じ花火を見ていることが、同じ場所で一緒に見るよりもうれしいような、さびしいのにあたたかい気分になって不思議だった。
今、一緒にはいないひとと、同じ場所を見ている。その、うれしいような、さびしいのにあたたかい気持ち。それが岡野さんの短歌の「たね」ではないだろうか。『うたたねの地図』の(scene)05にも、このような場面がある。
ひとつ前の駅から最寄り駅へ向かう電車の車窓から、住んでいる団地の自室が見える。見えるのを知りながら眺めているのに、いつも少しうれしくて、同じくらいのさびしさもある。
団地の部屋にいるときの自分と、電車に乗っているときの自分が交錯する。うれしくて、さびしい気持ち。
〈逆光に見えなくなっていく顔が生きる理由になる 生きていて〉
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同じ(scene)05にあるこの短歌は、いったい誰に呼び掛けているのだろう。私は、自分自身に対してだと思った。「車窓からの視線と角部屋からの視線がぶつかり、何度も入れ替わ」りながら、逆光に見えなくなっていく顔が、自分自身が、生きる理由になる。「生きていて」は、角部屋の自分から電車の自分へ、電車の自分から角部屋の自分へ、何度も入れ替わりながら、呼び掛けられているのだろう。
どこにでもある眺めとここにしかない眺めが交錯する
電車から見える眺めも、角部屋から見える眺めも、どこにでもある眺めだけれど、それは誰かのここにしかない眺めで、ときに生きる理由になったりもする。私はそんな、岡野さんの描く「誰のものでもないのに誰のものでもある日常」がすごく好きだ。
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