石を育てる人たちがいる!?
今春、いつもお世話になっている編集者さんとソウルで会った際、さまざまな日本事情についてお話を聞かせてもらった。いくらネットでニュースを見ることができ、何でも検索できても、日本にいないとどうしても拾いきれない情報や流行がある。だからこそ韓国に遊びに来てくれた人たちから、日本のあれこれを聞くのはとても楽しい。
そのときに「日本では石を育てることを趣味にしている人もいる」という話を聞いたのだが、「いや、まさか!」と叫んでしまった。石を「飾る」だけにとどまらず、「育てる」という概念がピンとこず、にわかには信じられなかったのだ。
数カ月後、そんな話もすっかり忘れてしまっていた頃。掃除をするため、小学5年生になる娘の部屋に入ったところ……あったのだ、石が。もちろんそれまでも彼女の部屋で石を発見したことは何度もあった。形が気に入ったとか、色が変わっているとか、堀り出し物を見つけたような感覚で拾ってきたものだ。
|
|
でも、今回の石はそういった類のものではなかった。小さなプラスチックの椅子の上に顔が描かれた石が置いてある、というか座っている。ご丁寧に麦わら帽子までかぶっている。「これ何?」と聞くと、「ちゃんと育ててるよ。時々洗ってるし」という答えが返ってきた。
「育てている?」「洗っている?」
そこでようやくピンときた。あのとき話題に出たあれのことか!と。
伴侶としての石
韓国では犬や猫などのペットを「伴侶動物(バンリョドンムル/반려동물)」という。人生、生活を共にする家族の一員、まさに「伴侶」と捉えているからだ。調べてみると、韓国でも2、3年ほど前から特定の石のことを「伴侶石(バンリョトル)」と呼び、かわいがる人たちが現れ始めたようだ。よくよく調べてみても”ブーム“とは決して言えないが、スローペースで「伴侶石」が認知されつつあるのは確かなようで、あえていうなら“ゆるく流行っている”、といったところか。
|
|
石をペットとして愛でた例は過去にも
そこで思い出したのが、アメリカのゲイリー・ダールなる人物だ。1975年に石をペットとして愛玩するための玩具、「ペット・ロック」を販売したビジネスパーソンだ。筆者は数年前、“発想の転換”を話題に扱った関連動画で初めてこの人物を知ったのだが、とてつもないビジネスの成功例だ……と感嘆したことを覚えている。顧客に安らぎを与えつつ、ほぼ原価ゼロでビジネスとしても成功しているわけだから……。
彼が販売したペット・ロックは、携帯可能なケース、石を置くためのわら、訓練の仕方や入浴方法などのマニュアルのほか、血統書までセットになっていたというから、まさに伴侶石の先駆けだ。
そもそも石になんらかのパワーが宿っていると考える人は多い。大切に扱い心を通わせることで、神秘的な効果が得られるような気にさせられるのも分かる。石を神格化して崇める行為は世界中で見られるものだし、盆石とか水石という形で芸術的に愛でられてもきた。
|
|
こうして考えてみると、石を手元に置いておきたいと思う人々がいることは、なんら不思議ではない。しかもペットとしての石は50年近くも前にすでに大流行したことがあるのだから、石を育てるという概念自体新しいものではないわけだ。
伴侶石を持つ者になってみて
そんなことを考えていた矢先、近所の雑貨店で「伴侶石育てキット」が売られているのを見つけた。小さめの箱に入ったものが3000ウォン(約325円)、大きいほうは5000ウォン(約540円)。どちらもポップなデザインで手に取りたくなるかわいらしさがあった。パッケージには、「静かにあなたを守るかわいい伴侶石。一生あなたと一緒にいたいな」と書かれている。
ここで出会ったのも何かの運命。大きいほうを購入し、早速セッティングしてみた。石に付属の顔シールを張り付け、サングラスをつける。紙製のケースに紙製のわらを敷き詰めて浮き輪を置き、そのうえに石をそっと乗せる。
血統書ならぬ登録証のようなものに、自分で設定した石の名前と特徴、MBTIを書き込む。石の隣にお友達のマリモ人形も置く。ケースに窓際の風景が印刷されているシールを貼って完成。
こうして筆者も伴侶石を持つ者になった。洗ったり、着替えさせたり……育てるといえるようなことはまだしたことがないので、石からすると伴侶としての筆者はイマイチかもしれない。
そんな筆者の石は今、作業場のPCの横にいる。彼女の存在で癒やされているのかは正直まだ分からない。が、今日も静かに筆者を見守ってくれていることだけは確かだ。
※レートは2024年11月28日時点のもの
松田 カノンプロフィール
在韓18年目、現地のリアルな情報をもとに韓国文化や観光に関する取材・執筆、コンテンツ監修など幅広くこなす。著書に『ソウルまるごとお土産ガイド(産業編集センター)』などがある。All About 韓国ガイド。(文:松田 カノン(カルチャーライター・コラムニスト))