西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第25回 エドゥアルド・カマビンガ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は、レアル・マドリードのフランス代表、エドゥアルド・カマビンガを取り上げる。欧州強豪クラブで新たに始まりつつある戦術にあって、新時代のキーマンになる選手だ。
【攻守両面で活躍できる選手】
チャンピオンズリーグ(CL)リーグフェーズ第5節、ホームにレアル・マドリードを迎えて2−0で勝利したリバプールが、5戦全勝で首位に立っている。
負傷者続出のレアル・マドリードだったが、後半の途中まではかなり健闘していた。リバプール優勢の流れではあったが、リバプールの攻撃を遅らせて勢いを吸収。カウンターアタックで対抗できていたのだ。52分にアレクシス・マック・アリスターに先制されたが、この時点ではまだどうなるかわからない試合内容だった。
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しかし、56分にエドゥアルド・カマビンガが負傷交代。最も効いていた選手だったので、レアル・マドリードにとっては痛手だったに違いない。
キリアン・エムバペ、モハメド・サラーの両エースがPKを失敗した後、CKからのコーディー・ガクポのヘッドでリバプールが2点目、試合を決定づけた。
昨季王者は負傷者が多い。ダビド・アラバ、ダニエル・カルバハル、オーレリアン・チュアメニ、エデル・ミリトン、ロドリゴ、ヴィニシウス。カマビンガも負傷者リストに連なることになってしまった。
苦しい台所事情のレアル・マドリードは、センターバック(CB)に下部組織出身のラウール・アセンシオを起用、MFフェデリコ・バルベルデを右サイドバック下げている。MFはアルダ・ギュレル、カマビンガ、ルカ・モドリッチ、ジュード・ベリンガムの4人でスタート。2トップはエムバペとブラヒム・ディアスだった。
4−3−3のリバプールに対して、4−4−2のレアル・マドリードはブラヒム・ディアスがアンカーのライアン・フラーフェンベルフを背中で消す守り方。残りのマッチアップはできあがっている。簡単に前進させず、リバプールのスピードをうまく消していた。押し込まれがちではあったが、ボールを奪うとリバプールのプレッシングを個でかわして、カウンターを仕掛けることもできていた。
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リバプールは押し込むことはできている。しかし、得意の速い攻め込みではない。ボールを失った直後には敵陣でプレッシングを仕掛けていた。だが、レアル・マドリードは個人のキープ力で打開していた。リバプールのペースではあっても、思うような展開にはさせない。このあたりの試合運びはレアル・マドリードらしい。
この攻守両面でカマビンガが活躍している。ヒュンと伸びる左足のタックルでボールを奪い、局地戦でふたりに挟まれてもキープできる。プレスを外して速攻に持っていくこともできる。この日のレアル・マドリードを象徴するプレーだったと言えるかもしれない。それだけに左足大腿二頭筋を痛めての交代は残念。回復までに3週間と見込まれている。
【パズルから決闘へ。新時代のキーマン】
欧州強豪クラブ同士の対決は、現代サッカーの典型的な構図とは少し違っている。
一般的に基調となるのは、ビルドアップ対プレッシングの攻防だ。はめにくるプレスを、可変しながら外すビルドアップ側。さらに外そうとするビルドアップには、守備側も可変で対応する。序盤はとくに相手の出方を見ての上書きの応酬になりがちだ。いわば後出しジャンケン大会。互いの可変にもはや驚きはないので、対応の正確さと速さの勝負である。
ところが強豪クラブのなかには、この延々と続くパズル合戦に乗らないところも出てきた。全部マンツーマンでついてしまう。そうすれば可変もなにも関係がない。攻守において個々の力量に自信を持っているから、めんどうくさいパズルに付き合う必要はなく、1対1にして勝っていけばいいだろうという、傲慢とも言える自信満々の戦い方だ。
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例えば、同じCL第5節のバイエルン対パリ・サンジェルマンは、まさにそうなっていた。全部1対1にしているので各所で局地戦になる。そして、そこを制すれば一気にチャンス。どちらもCBを余らせておらず、DFラインも高いので、攻撃側はひとり抜けば即決定機を作れる。
1対1に負けた場合の補償もせず、勝てばいいだろうという姿勢。互いの片方の手を縛りつけ、もう一方の手でナイフを握って斬りあうような試合である。ドイツとフランスで長く一強時代を築いてきたバイエルン、パリ・サンジェルマンの対決らしかった。
アンフィールドに乗り込んだレアル・マドリードはそれよりも少し謙虚である。エムバペがいる以上、そこまでハイプレスに振りきることはできないからだろう。いつもよりしっかり守備をしていたエムバペではあるが、レアル・マドリードはリバプールのCBふたりとアンカーの3人に対して2人で対応して、自陣でひとり余らせている。ある程度引き込むつもりの守り方だった。
この戦い方で、カマビンガが輝いたのは必然だろう。攻撃も守備もハイレベルという、いそうでいないタイプなのだ。局地戦の攻守になれば弱点がない。
【万能フィジカルエリートはレアル・マドリードの宝】
ただ、本当はレアル・マドリードこそ決闘×10の守備に向いているはずなのだ。カマビンガと同様にベリンガム、バルベルデも攻守に全く弱点がない。この3人がMFに揃った時のレアル・マドリードこそ、「1対1で勝てばいい戦術」の頂点に君臨する可能性がある。
しかし、カルバハルの欠場で3人をMFに起用できなかった。ヴィニシウスとロドリゴが戦列復帰すれば、ハイプレスで全部1対1にする戦術自体が無理になりそうでもある。エムバペとヴィニシウスをそこまで守らせることができるかどうか。
おそらく正解はうすうすわかっているのだと思う。だが、まだ決定版を作れていない。 何とかノックアウトステージに進み、強豪同士の激突となった段階でポテンシャル全開というのが例年のパターンだが、今季はそこへ到達できるかどうかも怪しくなってきた。
まずは負傷者の回復。とくにカマビンガの復帰は待たれる。
アンゴラの難民キャンプで生まれ、安全を求めてフランスへ移住。スタッド・レンヌの下部組織に入るが、そのタイミングで家が火事で全焼して身分証がなく、入団はかなり難航したという。その逆境はカマビンガのモチベーションになったそうだ。16歳でデビュー、17歳でフランス代表入り。1932年のレネ・ジェラールを抜く最年少記録だった。
パスを捌ける、ドリブルで抜ける、ボール奪取のデュエル王。万能フィジカルエリートのカマビンガは、パズルから決闘へ移行する時代にうってつけであり、同類のベリンガム、バルベルデと同じチームにいる。これを活かさぬ手はない。エムバペとヴィニシウスのどちらを尊重するかなんてどうでもいいくらい。宝はすでに目の前にあるのだ。
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