発達障害の人たちに対する理解が少しずつ広がってきています。しかし、職場にいる発達障害の「グレーゾーン」と呼ばれる人たちとどうかかわったらよいのか?「グレーゾーン」とは、発達障害の傾向がありながら、その診断がついていない人たちを指す言葉です。
カウンセラーとして、これまでに約1万人の悩みを聴いてきた公認心理師・舟木彩乃さんは、著書『発達障害グレーゾーンの部下たち』(SB新書)で、グレーゾーンの部下、あるいはグレーゾーンの上司を持ったときの対応を紹介しています。
今回は同書から「ADHD(不注意優位型)が疑われるGさん」「ADHDの傾向があるKさんの場合」を抜粋・編集して紹介します。
◆女性と発達障害グレーゾーン
これまで、ADHDは男性に多いといわれていましたが、最近では女性のADHDも多いといわれています。ADHDはその特性の現れ方から「不注意優位型」、「多動性・衝動性優位型」、「混合型」(不注意も多動性も目立つ)の3タイプに分けて考えることがあります。女性は、この中では「不注意優位型」が多いといわれ、とくに成人期以降に問題になることが多いようです。
幼少期や学童期のADHDの男子は、他の子にちょっかいを出したり、授業中に席を立ったりするなど、分かりやすいADHDの特性(多動性・衝動性優位型や混合型)が出ていることが多いため、周囲に気づかれやすいです。一方、女性のADHDに多いとされる不注意優位型は、あまりにも忘れ物やなくし物が目立つケースでなければ、学童期に多少ケアレスミスや忘れ物が多くても、周囲がフォローしていると気づかれにくいのです。
ADHDの特性は、年齢によって変わりますが、不注意の特性は成人期まで持続するといわれています。特に女性の場合は、多動性や衝動性が強く現れにくいため、不注意の特性が目立ちます。
◆不注意優位型:ADHD(不注意優位型)が疑われるGさん
Gさん(女性30代)は、小学生の子どもと夫との3人暮らしで、現在は事務職の契約社員として働いています。Gさんの幼少期からの悩みは、片付けが苦手でとにかく捜し物をしている時間が長いこと、そして先延ばしにするクセがあることです。
もともと地理が得意で旅行好きなGさんは、大学卒業後は大手の旅行会社に就職しました。1年目に見習いとしてバスツアーの添乗員などを経験しましたが、失敗の連続でツアー客だけでなく、バス会社や宿泊先からも苦情がくるほどだったそうです。
添乗員は、予定が組まれたツアーをお客様の状況などを見ながらスケジュール通りに実行していく必要があります。Gさんは旅先の食堂や土産屋などに入るたびに、添乗員用の行程表をどこに置いたか忘れて、何度もバスに確認しに戻っていました。うっかり集合場所を間違えてアナウンスしてしまい、お客様を混乱させることも度々ありました。
結果的に旅行会社は2年も経たないうちに退職することになり、その後は結婚して派遣社員で事務職などを数社で経験したそうです。しかし、派遣の事務職の仕事でもPCのフォルダ整理や名刺整理が得意ではなく、また不得意なことや面倒なことは先延ばしにするところがありました。徐々に仕事に影響が出て、上司から注意を受けることが多くなり、派遣契約の延長をしてもらえなかったこともあったそうです。
◆家庭と仕事の両立が大変に
Gさんは現在も事務職の契約社員ですが、小学校のPTA役員をするようになってから、家庭と仕事の両立が大変になってきたということでした。現在の派遣先は比較的ゆっくり仕事をさせてもらえて、上司もいろいろとフォローしてくれる職場のようで、今までよりも落ち着いて仕事ができているようです。
しかし、PTAでは細々とした作業が多く、期日までに各所に連絡し確認しなければならないことを複数抱えると処理しきれません。それがストレスとなって職場でミスを重ねたり、会議でもPTAのことを考えてぼんやりしたりするようになりました。
このような状態が続き、Gさんをフォローしていた上司からも注意されるようになり、ショックを受けているということでした。以前からGさんは、自分がどこか他の人と違い、やたらとミスが多いことを気にしていたようです。そして、ネットでいろいろと調べていくうちに「ADHD」にたどりつき、特に不注意優位型の特性は自分のことがそのまま書いてあると思ったそうです。
◆大人のADHDの不注意優位型の特性
大人のADHDの不注意優位型の特性には、特に次のようなものがあります。
・忘れっぽい(ちょっとした用事を記憶しておくのが苦手)。
・注意の持続が難しく、気が散りやすい(自分が気になっていることに関心が向く)。
・ときどき、うわの空でぼんやりしてしまう。
・1つひとつの作業がきちんと終わらない。
・忘れ物やなくし物が多いので、捜している時間が長い。
不注意優位型の特性は、成人になっても持続することが多く、失敗ばかりの自分に嫌悪感を抱いて抑うつ状態になることもあります。Gさんは、抑うつ状態になっているような印象はありませんでしたが、きちんと診断を受けてはっきりさせたいと筆者のもとに相談に訪れたこともあり、発達障害の専門医を紹介しました。
医療機関を受診後、不注意優位型のグレーゾーンだったということですが、不注意の特性を和らげる薬(コンサータ)を処方され、それがよく効いており、受診して良かったと話していました。Gさんのように発達障害のグレーゾーンであっても、状況次第では薬が処方されます。
◆ADHDの傾向があるKさんの場合
Kさん(女性30代)は会議が苦手です。自分の企画を発表するときはいきいきとプレゼンすることができますが、興味がない他の人のプレゼンが長引いたりすると、イライラして我慢できなくなり、指でペンをクルクルと回したりカチャカチャさせたりして、落ち着きがなくなります。
ひどいときは居眠りをして、上司から注意されることもありました。また、他の人のプレゼンをあまり聞いていないにもかかわらず、「長いわりに理解しにくい内容でした」などと、厳しい言い回しで批判することもあります。会議の参加者は、Kさんの態度を見て、「協調性がない」「落ち着きがない」「自分勝手」と思うようです。
[なぜ、このようなことが起こるのか?]
ADHD傾向のある人は、長時間じっと話を聞かなければいけないというような状況が、あまり得意ではありません。退屈で終わるのが待てないことが、居眠りしてしまうなどの非常識な行動につながることがあります。また、ADHDの特性の1つである衝動性がムクムクと出てきて感情的になり、ついキツイ発言をしてしまうこともあります。
◆周りはどうしたらいいのか?
会議にKさんのような人がいると、場の雰囲気が悪くなることもあるでしょう。しかし、本人に悪気がない場合も多く、特にペン回しなどは退屈しのぎの一環として無意識にやっていることが多いです。居眠りなどは注意されて当然ですが、ペン回しやキツイ言い方などは、上司や先輩などが丁寧な言葉で指摘する必要があるでしょう。
まずは、本人にペン回しをしていることやキツイ言い方をしていることについて、その自覚があるかどうかを確認しましょう。無自覚であればまず自覚させて、その行為によって周りに不快感を覚える人がいたり、傷つく人がいたりすることを丁寧に伝えます。
このときの大切な留意点としては、いきいきと発表できていることなど、良い面にも目を向けていることを併せて伝えることです。
<TEXT/舟木彩乃>
【舟木彩乃】
ストレスマネジメント専門家。企業人事部や病院勤務(精神科・心療内科)などを経て、現在、株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁のメンタルヘルス対策や県庁の研修にも携わる。著書に『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある