箱根駅伝にも出場した長距離ランナーとしての経験が、俳優生活の道しるべになっている。デビュー20年を迎えた和田正人(45)。アスリートが1つ1つ目標をクリアするように演技の幅を広げ、新作映画「くすぶりの狂騒曲」(13日公開)では、抑制の効いた演技に遅咲き芸人のもがく心がにじんでいる。【相原斎】
★俳優生命危機
俳優を志してからわずか半年で「ミュージカル テニスの王子様」(05年)のメインキャストに抜てきされた。以来20年の俳優生活は順風に見える。
「25歳でデビューってこの世界ではかなり遅いじゃないですか、実は22歳と書いて事務所(ワタナベエンターテインメント)に入ったんです。『テニスの王子様』でファンの方もできて、いろんなイベントに出て。で、これバレたらどうなるのか。全部手放すことになるのか、とか。ずっとヒヤヒヤでした。海外の仕事は絶対入ってくるな、と祈ってましたね。パスポートでバレるから。考えてみれば、箱根駅伝走って記録が残っているわけですから、SNSが盛んな今なら秒でバレた。当時は1年もったんですね。案の定バレて社長室に呼ばれました。終わったな、と思いましたね」
事務所の温情で「大人の信頼関係」というもの、その重みが身に染みた。
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「そこまでしてでもデビューしたかった思いは評価します、と。ただ、ウソは世の中を欺いただけでなく、私たちマネジメント側も信頼していなかったことになり、残念ですとはっきり言われました。わざわざイベントを開いてくださって、そこで改めて年齢発表をしました」
いきなり訪れた俳優生命の危機にも、不思議に冷静に対処できた。
「僕にとっては『第2の人生』だったんですね。もともと浮ついた気持ちはなかった。陸上をやった10年あまりで『第1の人生』を終えた感覚がありましたから。俳優としての歩みをいつも陸上のそれに重ねて考えるんです。例えば俳優5年目の時、陸上では高校駅伝走ってた頃だな、あんな苦労があったな、と。あの時は選択に失敗したから、今度はこっちでやってみようという風に考える。人生はやるかやらないかの選択の連続ですものね」
★演技幅広がる
NHKテレビ小説「虎に翼」のゲイの編集者役が記憶に新しい。年を追って難役に挑み、演技の幅を広げてきた。
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「演技で思い悩むことは確かにあります。でも、何もかもをリセットして俳優を目指した頃のつらさを思い出せば何てことない。むしろ陸上やってたときの方がしんどかった。頑張らないと成果は上がらないんですけど、目いっぱい頑張ればやっぱりケガもする。練習ができなくなる。この仕事何がいいってケガがない。毎日続けられますから」
「くすぶりの狂騒曲」で演じたのは、今年5月の「THE SECOND〜漫才トーナメント〜」でファイナリストとなったタモンズの大波康平(42)だ。
「現役で活動されている方ですからね。どこまで近づけるか、否か。撮影に入る前に相方(安部浩章)を演じる駒木根(隆介=43)君とずいぶん話しました。ぶっちゃけ、似てる似てない論争は映画にとっては重要でない、と。型にとらわれることなく、ひたすら物語を理解し、タモンズさんの思いに近づく努力をすれば、自然と魂が宿ってくるのではないか。最初は違って見えても、物語に没入していただければ『タモンズ』が見えてくるのではないか。そういう方向で取り組みました」
★芸人のリアル
埼玉に「大宮ラクーンよしもと劇場」がオープンしたのは10年前。東京の劇場でくすぶっていた芸人たちが集められる。「島流し」と冷やかされ、客ゼロの日も。だが、19年のM−1グランプリですゑひろがりずが決勝進出、間をおかず20年にマヂカルラブリーが優勝し、がぜん「大宮」が注目される。そんな中、タモンズはきっかけをつかめずもがき苦しむ。映画はドキュメンタリーのように成り行きを追っていく。
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「お笑いが好きで、デビュー前には、まだ3回目だったM−1を会場まで見に行きました。今ではバラエティーで共演したり、SNSでいろいろ発信されているので、その厳しさはそれなりに分かっているつもりでした。が、この作品にも出てくる『熟成肉詐欺』とか(笑い)。ホントにあんなのに引っかかるくらい追い詰められているんだと。妻子がいても、どんなに貧乏でもお笑いにくらいつく。演じてみてリアルな現実に触れた気がします」
遅咲き芸人の強さも実感した。
「スポーツの世界でもブレークする瞬間があります。それまでに積み上げていく作業は芸人の世界も似ている気がします。タモンズさんの場合は20年かかっている。周りが駆け上がっていくなか、ブレークするかも分からないまま一段一段歩を進める。その作業ってやっぱり体育会系で、そこで花を咲かせた方ってものすごく強いと思うんですよ。足元が固まっているから、ちょっとやそっとのことじゃ崩れない」
タレントの吉木りさ(37)と結婚7年。長女は5歳、長男は2歳になった。
「子どもができたばっかりの頃はただかわいいばかりでしたけど、例えば幼稚園に行きますとか、これから小学校に行きますとなった時、その方向性をどうしようかって考えるじゃないですか。親が決められるのはきっと中学くらいまでですけどね。この1年くらい、僕だけの人生じゃないわって自覚が芽生えてきましたね。今までは『やりたいこと』でしかなかったのが、実感として『仕事』なんだと。甘いこと言わずにちゃんとお金を稼がなきゃいけない、と」
▼覚野公一プロデューサー 仕事をするのが初めてだったので、オファーする前に出演されていた舞台にうかがったんです。その時あいさつさせていただいたんですけど、何というか、むちゃくちゃ気さくで、言葉はあれですけど、“気のいいニイチャン”という感じでした。仕事をさせていただくのが本当に楽しみになりました。
◆和田正人(わだ・まさと)
1979年(昭54)8月25日、高知県生まれ。日大陸上競技部時代の00年と02年、箱根駅伝でいずれも復路9区を走る。05年「ミュージカル テニスの王子様」で俳優デビュー。07年「死化粧師エンバーマー 間宮心十郎」でドラマ初主演。08年「<<a>>symmetry」で映画初主演。13年、NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」や、17年大河ドラマ「おんな城主 直虎」など出演多数。来年2月公開の映画「大きな玉ねぎの下で」にも出演予定。15年から高知県観光特使。
◆くすぶりの狂騒曲
14年にオープンした「大宮ラクーンよしもと劇場」に集められた芸人たちの奮闘を描く。和田とともにダブル主演したのは「SR サイタマノラッパー」の駒木根隆介。他にチュートリアル徳井義実、岡田義徳らが出演。立川晋輔監督。
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