主に経営者、マネジメント層を対象としたコーチングセッションや人材育成研修などを行う「株式会社 自己肯定感」。個人事業として5年、法人化1年目、のべ2000名の個人事業主女性や起業女性へのトータルプロデュースを行うなど、女性のキャリア形成に強みを持つことで知られる。
会社を率いるのは、内田琴美氏(33歳)。早稲田大学在学中に妊娠・出産を経験し、子育てをしながら株式会社リクルートでキャリアを築いた才媛だ。女性が社会のなかで自分らしく生きることの苛烈さと喜びについて話してもらった。
◆なぜ「株式会社 自己肯定感」に?
――株式会社 自己肯定感。一度聞いたら忘れられない名前なわけですが、社名に込めた思いはどんなものでしょうか。
内田琴美(以下、内田):すべて話すと非常に長くなってしまうので、簡潔に申し上げると、「自分のことは自分で何とかしなければ、幸せはやってこないのだという気づき」に集約されると思います。さまざまな方のコーチングをさせていただくなかで、どんなに美人であろうと、どんなに稼いでいようと、どんなに学歴が高かろうと、自分を自分で認めてあげる力=自己肯定感がないと、自力で幸せになるのは難しいことに気づいたんです。自己肯定感が高ければ、どれほど現状がうまくいっていなくても、人の足を引きずるのではなく自分を高める方向へ意識が向くんです。殊にビジネスをする人たちには、そういったマインドを持つことで前向きになってほしいという思いがあります。
◆リクルートを退職した理由は…
――内田さんご自身は、最初から自己肯定感が高かったんでしょうか?
内田:とんでもありません。むしろ、自己肯定感は低い人間だったと思います。私は早稲田大学在学中に妊娠・出産を経験し、新卒で株式会社リクルートキャリア(現:リクルート)に入りました。リクルートでは戦略を担う部署にいましたが、当然、周囲にはエリートが多くいました。育児とのバランスがある中で、時短勤務をしながらも社内表彰を掲げて頑張り、実際、達成もしました。しかし腕利きが集まる会社ですから、フィードバックを受けるたびに自分の欠点が見えてきて、気が滅入ることもありました。会社員時代は、成長できる素晴らしい時間だったと同時に、自らの至らなさに向き合う時間でもありました。
――リクルートから独立したのは、どうしてでしょう。
内田:私は仕事をするときに、周囲が幸せになればいいなと思って仕事をしています。ただ、当時の働き方は理想と乖離するところがあって、むしろ私が頑張れば頑張るほど周囲が疲弊していくような印象がありました。年収を上げたいとかポジションを上げたいと思えなかった当時の私は、会社員としてはどうなんだろうと自分でも思っていました。また、この頃にメンタルもやや弱ってきてしまって、退職を選択することにしました。
◆退職した年に離婚も。子どもとは「2週間くらいに1回は会う」
――そのあとすぐに離婚されていますから、内田さんにとっては激動でしたね。
内田:本当にそうですね。2018年末にリクルートを退職し、2019年5月に個人事業主としてスタートし、8月に離婚しています。大好きな子どもと離れて暮らすことになり、辛かったです。
――今もお子さんとは離れて暮らしているのでしょうか。
内田:はい、ただ2週間くらいに1回は会いに行きます。小学校高学年なのですが、ゲームに夢中であまり私に構ってくれませんが(笑)。でも変にかしこまって会う関係性ではなく、子どもにとって私が日常になっているという意味では、いい関係性だなとは感じます。
――近年は「女性の社会進出」がキャッチコピーとして広く展開されていますが、実際、女性社長として活躍することに難しさを感じる場面はありますか?
内田:ありますね。たとえば社員など身近な人間の誰にも胸の裡を明かせない孤独さとか辛さは、経営者であれば性別に関係ないと思います。ただ、それに加えて、特に若年で起業した女性の場合、甘く見られる傾向はあると思います。
◆「誕生日のお祝いをしてあげる」という誘いに乗ったら…
――「甘く見られているな」と感じるエピソードがあれば教えてください。
内田:若くして起業すると、経験もなければ自信もないわけですよね。意図的か否かはさておき、結果的にそこに漬け込んでくる先輩経営者は多いと思います。たとえば、「仕事を振ってあげる」と言って、法外に安く使うなど、搾取してくるケースがあります。
あるいは、仕事がうまくいかなくて悩んでいるときに「俺が君を育ててあげる」というような文句で近寄ってくる人もいます。もちろん、顧問契約を結んだわけではありません。そのうち、プライベートなことに口出しをしてきて、「俺がいい女にしてあげる」とか(笑)。
それから、「誕生日のお祝いをしてあげる」というので食事かなと思ったら、遠方に連れて行かれて、宿も手配してあったり……もちろん、即帰宅しましたが(笑)。
――宿の予約はなかなか下心丸出しで驚きました(笑)。
内田:本当にそうですよね。ただし、ややこしいのは、その一面だけを切り取ればその経営者はただのエロ親父なんですが、ビジネスという側面において多数の人を幸福にしている場合があるんですよね。ビジネスに精力的な人は、あらゆる方面において精力的な場合が往々にしてあるのかなと私は考えています。
もちろん、性的自己決定権は女性にもあり、ビジネスでどれほどうまくいっていてもそれを蔑ろにしていい理由にはなりません。私も愛人やコンパニオンとして見られるのは不愉快なので、お断りしました。
◆「浮気を繰り返していた」父の背中を見て
――一面だけを切り取らず、トータルで見てそうした人を「精力的」と肯定的な面で捉えられる内田さんのような人は少ない気がします。
内田:生育歴も関係するかもしれません。私の父は早稲田大学在学中に公認会計士資格を取り、起業もした優秀な経営者でした。母は専業主婦という家庭で、私は育ったんです。父は浮気を繰り返していましたが、結局最後は母のところに戻っていました。今にして思うと、誰にも打ち明けられない苦悩が彼にもあって、それを家族にも言えずに浮気相手と関係性が深くなっていたのでしょう。
だから私は、他人に作用するようなものを作れる優秀な人間は、キャパシティが広いのだろうと理解しています。不倫が道徳的に悪いことは誰でも知っていますが、単線的な「不倫=悪」という教科書通りの言説だけでは捉えられないさまざまな物語があるのではないかと考えているんです。
◆女性が仕事をしてキャリアを築く意味
――人間のネガティブな面をみても、切り捨てずに冷静に観察する眼は、どんなところで養ったのでしょうか。
内田:人生は何事も経験だと私は思っているんです。口説かれたり、妬まれたり、いろんなことがありますが、それも私という人間が少なからずその人に影響を与えたということだと考えています。それ自体は非常に貴重だし、光栄ですよね。
さきほどの男性経営者からの“口説き”について言えば、「相手にそうさせている自分の責任もないわけではない」くらいに考えています。自分のステージを上げることによって、そのレベルの人が寄ってすらこないところに到達すればいいだけの話ですし。ネガティブな事象に出くわしても恐れずに挑戦する自分でありたいし、そういう人を積極的に応援していきたいんです。
――内田さんが、女性関係に問題のある父親と同じ経営者を志したのも興味深いですね。
内田:当時の母は専業主婦であり、経済的な自立をしていませんでした。その姿を見ていたから、女性であっても経済的自由を手に入れることは大切だと考えていました。私の家庭に限らず、女性が男性に対して経済的に依存しなければならないケースは未だに多いと思います。女性が仕事をしてキャリアを築くことは、経済的自立を達成できるだけでなく、世間における自分の価値を高めることにもつながると私は考えています。
◆女性経営者間で起こった怖い話
――先ほど女性経営者の立場から先輩男性経営者からの“誘い”のいなし方を伺いました。同性の場合は比較的友好的なのでしょうか。
内田:友好的な関係を築ける同性経営者も多いです。しかし先日、こんな怖い話を聞きました。経営者同士のコミュニティーがあるのですが、とある女性経営者が入会を希望しました。しかし事務局から断られてしまったそうです。数年後、その会合のトップから直々にお声がかかり、以前の経緯を説明したところ、「マルチ商法に加担していた時期があると噂になっている」と言われたそうです。その女性経営者は身に覚えがなかったので説明を求めましたが、満足なものは得られなかったそうです。気になって調べたところ、マルチ商法の噂を流したのも、入会拒否をしたのも、その女性経営者と中学からずっと一緒で馬が合うと思っていた女性だったそうです。
――怖すぎます。やはり経営者は、足を引きずられることも多いんですね。
内田:そうだと思います。ただ私は、今誰かの足を引きずることに腐心している人でさえ、本当はそんなことを望んでいないのではないかと思っています。誰かと自分を比較して気が滅入ることは多くの人にとって身に覚えがあることだと思います。そのときに大切なのは、相手の足を引っ張って対等になろうとするのではなく、純粋な努力で自分が上がっていくことではないでしょうか。
ただ、口で言うほど簡単ではありません。自己肯定感が低いままなのは、褒めてくれる人がいない環境だったりすることに起因するからです。私は、その人がその人のままで長所を伸ばしていける環境を提供したいと思っているんです。多くの人たちが足の引っ張り合いではなく、互いを高め合う戦いをしていけば、もっとこの世の中にいろんなサービスができていろんな人を幸福にできると本気で信じています。
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内田さんは不思議な人だ。フェミニンな外見に対して、だいぶさばけた性格をしていて、あらゆる局面への理解があり、建設的な方向へ解を見出そうとする必死さを隠さない。
どこまでも伸びやかで真っ直ぐで、それでいて現状を打ち破ろうとする人々への手助けを惜しまない。女性が社会で生きていくうえで必要なものはおそらく多岐にわたるが、内田さんなら、ともに模索しながらオーダーメイドのキャリア支援をしてくれる。そんな期待と安心に包まれる心地よい馬力が身体からほとばしっている。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki