言いがかりや脅迫など迷惑行為をおこなう「カスハラ客」について、来年2025年4月1日には東京都カスタマーハラスメント防止条例が施行される。罰則はないが、こういった世論の動きもあり店側や会社側としては今後、迷惑客に毅然と対応しやすくなりそうだ。
ただ、迷惑行為の内容は人それぞれ。新米美容師として働く田所茉奈さん(仮名・20代)は、「あきらかな言いがかりや脅しだと対応しやすいのですが、わかりにくいケースもあり難しいのが実情です」と言い、自身の体験について話してくれた。
◆最初はスムーズだった女性客とのやり取り
「はじめて店に来た女性のお客さんが、『どこの美容室へ行っても思い通りにしてくれなくて……』と悩み気味に言うので、『どんな感じにしたいですか?』と聞いたんです。そうしたら女性客は、スマホを見せて『この髪型と同じにしてほしい』と答えました」
茉奈さんは、「理想の仕上がりについて口頭だけの説明より、雑誌の切り抜きを持参したり女性客のようにスマホの画面を見せたりしてくれると、わかりやすくてイメージしやすいです」と言い、最初は女性客とのやり取りがスムーズだったと話す。
「なので、ほかのお客さんから似た要望があったときと同じように『こんな感じですね』と進めました。私的には、上出来。スマホ画面の髪型ともそっくりでした。でも女性客はスマホからその画面をサッと消すと、『写真どおりの髪型じゃない』と残念そうに言うのです」
◆「こんな髪型に料金は支払いたくない」
そのため茉奈さんは心外に思い、「スマホのほう、もう一度開いていただけますか?」とお願いしたとか。けれど女性客は、「もういいです。ショックです」「口コミがよかったから、このお店ならと思ったのに」と悲しそうな口調で続ける。
「ただ、私にも美容師としてのプライドや意地もありますし、スマホ画面の髪型とそっくりにカットした自信もあったので、素直に引き下がることはできませんでした。すると女性客は、急に態度を変えたのです」
そしてキツい口調で、「写真どおりの髪型じゃない!」「こんな髪型に料金は支払いたくない」と言いはじめたのだ。無料にしろとしつこいため、店長に相談。店長も対応に困って「今回は無料にして、次回以降は出禁にしようか」と話がまとまり、女性客と話をしていたとき――。
◆「これって、営業妨害じゃない?」
「シャンプー台から戻ってきたお客さんが、女性客に『Kさん(女性客の名前)ですよね?』と声をかけたのです。そして、『もしかしてまた、写真どおりの髪型じゃないとか言ってる?』と言いました。そして、『これって、営業妨害じゃない?』とも続けたのです」
さらに、「この前は、A店で同じクレームをつけましたよね?」「実はここ、A店と同じグループなんですよ」と言ったのだ。その話の流れで、茉奈さんはハッとしたという。そのお客は、A店からカット技術や接客などを抜き打ち視察にやってくるスタッフだったのだ。
「A店が本社兼運営元になるのですが、私が働いている店とは店舗名が異なっていますし、大々的にグループ店舗だとも公表していません。告知は店舗ごとにSNSだけでおこなっていたため、女性客はグループ店だということを知らなかったのです」
◆客側も事前にすり合わせが大事
本来は身分を明かさずに退店する視察スタッフが間に入ってくれたことで、状況は一変。動揺をみせた女性客に視察スタッフは「Kさん、ほかの美容室でも同じようなクレームつけていません?」「他店の知り合い美容師にも、聞いてみましょうか?」と一気に畳みかけた。
「すると女性客は無言になり、『そんなことはないけど、今日はまぁ、払います』と立席し、バツが悪そうに帰っていきました。この件以降、『まったくいっしょにはならないかもしれませんが大丈夫ですか?』など先に確認し、誤解や過度な期待を与えないようにしています」
それでも、「感覚のズレなどによる不満なのか悪質クレームなのか判別しにくく、対応に悩むこともあります」とも話してくれた。お互いが嫌な気持ちにならないよう、ときには私たち客側も事前に希望を伝え、応じてもらえる範囲などすり合わせておくことも大事かもしれない。
<TEXT/山内良子>
―[カスハラ現場の苦悩]―
【山内良子】
フリーライター。ライフ系や節約、歴史や日本文化を中心に、取材や経営者向けの記事も執筆。おいしいものや楽しいこと、旅行が大好き! 金融会社での勤務経験や接客改善業務での経験を活かした記事も得意