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ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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先日、中央区にある「小網神社」が東京屈指のパワースポットらしいという噂を聞いた妻が、「こんど行ってみようかな?」と言っていた。
僕が今やらせてもらっている連載のひとつに「ごりやく酒」というのがある。これは、あちこちの神社仏閣に出かけていってお詣りをし、そのあと街に出て気ままに酒を飲み、お詣りのごりやくによってどんな良い酒場とめぐり会えるだろうか、ということを検証する内容だ。まぁ、検証といっても大げさなものではなく、あくまでそんな1日を楽しむことが目的。神社仏閣も酒も好きだからセットで楽しんでいるというだけなんだけど、とにかく僕は、そういうのが大好きなのだ。
当然、「おれも行きたい! 一緒に行っていい?」ということになり、数日後に妻と予定を合わせ、午前中から小網神社にお詣りにいくことにした。終わったらちょうどいい時間だろうから、近辺でランチでもして帰ろう。つまりこれは、ごりやくの酒番外編とも言える。
あんまり予備知識のない僕は、現地に着いてとても驚いた。小網神社は小さな神社だが、その前の道路の歩道から長く長く続く、参拝者の大行列。しかもそれが、参拝、お守りなどの購入、銭洗いと、3列ぶんある。海外から来たと思われる人もたくさんいて、気軽な気持ちでやってきてしまったことをちょっと申し訳なく思った。
が、きっと絶大なごりやくがあるに違いないと、しっかりとお詣り。評判だという「強運のしずく玉」(小さな水晶の周りに金色の龍があしらってある根付。かっこいい)なども購入し、銭洗いもして、すっかり充実した気分で神社をあとにした。
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さて、あとは街を散策して気になる店を探し、お昼を食べて帰るのみ。小網神社は、人形町、水天宮前、日本橋、茅場町などの駅に囲まれた、江戸時代の中心街。たくさんある飲食店のなかには、どう見ても歴史の古そうな店がちらほらと見つかる。そんななか、僕が無性に心惹かれたのが「来福亭」。
間口の狭い、そば屋か酒場の雰囲気だけど、見上げると看板には「西洋料理」とある。ここに来るまでいくつかの気になった店はあった。が、これといった理由はないけれど、もうここにしか入りたくないくらいに来福亭のことが気になる。妻も了承してくれ、運良く2階の座敷に空席があるということで、無事入店することができた。
2階には小さな和室がふたつあり、それぞれに座卓がひとつずつ。昔の祖父の家を思い出すような、なんともノスタルジックかつ心落ち着く雰囲気だ。
1室では若い会社員のグループが食事をしていて、もう1室にある座卓の半分に地元の常連らしきご夫婦。アクリル板で仕切られたその片方に相席させてもらう。
さてなにを食べよう。メニューの表は、ランチにちょうどいい品がずらりと並ぶ。特にいちばん上にある「オムライス・メンチカツ(小)」は人気メニューのようで、ちらりと見えた1階のお客さんの多くが食べていた。当然魅力的。「カツライス」「ポークソテーライス」などのライス軍団も気になるし、「カニヤキメシ」も食べてみたい。
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が、裏面にもずらりと単品洋食メニューが並び、ライスを別でつけることもできるらしいから、組み合わせは無限大。悩みに悩んだ結果、最終的に初心に帰り、シンプルに大好物である「カレー」(税込800円)を選んでみることにした。妻は10〜3月限定だという「牡蠣ライス」の「ソテー」(1300円)を選び、もちろん「ビール(中)」(650円)もお願いする。
すぐに瓶ビールが到着。グラスにトクトクッと注ぎ、サービスの柿ピーをぽりりと噛んでぐいっ。あぁ、なんだか罰当たりなようだけど、お詣りのあとの酒って、なんでこんなにうまいんだろうか。
やがて準備が整ったようで、スプーンや箸などのカトラリー類が届きはじめてあらためて気がついた。
雰囲気に惹かれて入っただけであまり店名を気にしていなかったけど、そういえばここ、来福亭という店名だったな。"福が来る"とは、ごりやく酒のコースとしてあまりにもできすぎている。
そしてカレーが到着。これが、あまりにも僕好みのビジュアルで嬉しくなってしまう。
まず、ソースのもったり感が見るからにいい。頂点の2粒のグリーンピースがいい。添えられているのが福神漬けではなく紅しょうがなのは意外だが、その相性にも興味をそそられる。
いざスプーンですくってぱくり。あ〜、これはもう、素直に最高。
僕はこういう昔ながらの日本的カレーにおいて、甘み、酸味、塩気のバランスをつい意識してしまいがちだ。このカレーはそれが絶妙で、ほんの少し突出しているのは塩気だろうか。それを、形を残したとろとろの玉ねぎの甘みがちょうどよく支え、ほのかなスパイス感とともに完璧な味わいを形成している。たまに紅しょうがを合わせて食べると、風味がキリッと引き締まってまたいい。
さらに嬉しいのが、肉。豚ばらの角切りで、カレーライスにおける僕がもっとも好きな肉なのだ。それが、おしみなくごろごろと入っている。パーフェクトカレーをまとった豚の旨味と脂の甘み。具材の構成がシンプルだからこそ、その醍醐味を思うぞんぶん味わえる。もう、夢心地。完全にマイベストカレーの超上位に食い込んできたぞ。
あとから調べてみたところ、ここ来福亭の創業はなんと明治37(1904)年。つまり創業から約120年。やっぱり並じゃないな、歴史ある街の老舗は。そして、そんな店であるにも関わらず、カレーライスがたった800円で食べられてしまうというありがたさ。
あぁ、出会えて良かった。これもきっと、小網神社のごりやくのひとつだったに違いない。倉稲魂神さま、市杵島比賣神さま、福禄寿さま、どうもありがとうございました。
取材・文・撮影/パリッコ