「先輩の使ってるテンプレをくださいよ」――定型文がないと何も言えない人、どんなアドバイスをするべき?

0

2025年02月12日 08:31  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

定型文がないと何も言えない部下、どうすれば?

 就職の採用試験の際にコミュニケーション力を重視するという企業が多いが、それは人とのコミュニケーションが苦手な若者が増えているからだ。誰もが人とのかかわりの中で生きてきているはずだし、そうした経験を通して自然にコミュニケーション力が身についているはずだと思っていると、どうもそうではないケースが目立つようになった。


【画像】テンプレをくださいと部下は言うが……


 そんなコミュニケーションが苦手な従業員に手を焼く管理職は、つぎのような悩みを口にする。


 「最近、他の部署から異動してきた若手がいるんです。うちの部署は顧客対応が必要なんですけど、どうもそれがうまくいかないんです」


 『これまでは顧客対応をしないで済む部署だったんですか?』


 「そうなんです。だから、はじめのうちは先輩たちの対応する様子を観察して学ばせることにしたんです」


 『それは大事ですね。初めての職務だと、どう振る舞ったらよいか分からないでしょうからね』


 「ええ。それで、そろそろ実践の場に出しても大丈夫かと思い、担当させてみたんです。そうしたら、一応コミュニケーションはできてるんですけど、身近で様子を見てる同僚たちによれば、ちょっと言い方がきつかったり、相手がカチンと来るんじゃないかと心配になるようなことを平気で言ったりするので、ハラハラするって言うんです」


 『相手の気持ちに配慮した言い方ができていないという感じですか』


 「ええ、そうです。それで本人にその点を指摘して注意したんです。でも、どうもよく理解できないみたいなんです。具体的な事例をあげて、もう少し相手の気持ちを考えて言い方を調整してほしいと言ったんですけど、『何でもはっきり言ったほうが分かりやすいと思うんですけど』なんて、かなりずれたことを言うんです」


 『言われた人の気持ちを想像することができないんですかね。だから言い方を調整する必要を感じない。それで、あいまいな言い方をするより、はっきり言ったほうが分かりやすいということばかり意識してしまう、っていうことでしょうか』


 「あー、そんな感じなんでしょうね。だからなんでしょうけど、言い方に気を付けるように言われても、どう気をつけたらよいのか分からないから、定型文をください、なんて言うんですよ」


 『定型文ですか』


●「先輩の使ってる定型文をください」


 「何を言い出すのかと思って聞くと、『先輩たちがうまく対応できているのは、きっと定型文を使ってるからですよね。私もそれをもらえませんか』なんて言うんです。そんなものはないと言うと、なんで定型文がないのにうまく対応できるのか分からないと言って、自分はそれがないと困るから定型文がほしいと言われてしまって……」


 『自分の頭で考えて対応するのが苦手なんですね。これまでの仕事ではマニュアルに沿って行動すればよかったんですかね?』


 「確かにそうかもしれません。それでマニュアルを要求してきたんでしょう、きっと。なにしろ『商品の問い合わせがあったときの定型文、注文をもらったときの定型文、キャンセルがあったときの定型文、苦情があったときの定型文とか、いろんなケースごとの定型文をもらえれば、それに従ってうまく対応できると思います』って言うんです。これまでそんなことを言われたことがないので、困ってしまいました」


 『それは困りますね。全てを定型文で乗り切ろうとしたら、ありとあらゆるケースを想定した定型文を用意しないといけないし、それは現実には無理ですよね』


 「そんなことできませんよ。おっしゃるようにいろんなケースがありますし、実際にそんなもの作れませんよ」


 『それに、ロボットみたいに定型文を口にされても感じいいものではありませんよね。やはり人間味が感じられないと、突き放されたように感じてしまうでしょうね』


 「まさにその通りです。彼の言い方を聞いてると、どうも人間味が欠けてるように思うんです」


 『自分で考えた言葉を発すれば、その人らしさも伝わりますけど、定型文をそのまま口にするのでは、人間味が希薄になってしまいますよね。その方には、相手の気持ちを想像する心の習慣を身につけてもらう必要がありそうですね』


 「みんなが言うのもそこなんですよ。相手が気分を害するんじゃないかってハラハラするような言い方を時々しているようなんです。本人に注意しても、とくに相手方から文句を言われることもないから大丈夫です、なんて言うんです」


 『おそらくご本人は、相手の言葉に繊細に傷つくタイプではないんでしょう。だからみんなもそうだと思ってしまうんでしょうね』


 「そうかもしれません。アドバイスしても的外れな応答になるし、結構図太いところがあるので。だけど、いろんな人がいますし、彼より繊細な人のほうが圧倒的に多い気がします。嫌な感じがしても、向こうも大人だからあからさまに文句を言わないんでしょうけど、やっぱり関係が悪化しても困るし……」


 『そうですよね。それに加えて、何につけてもマニュアルに頼らずに、自分の頭で考えて、試行錯誤する習慣を身につけてもらうことも大切かもしれませんね』


 「確かにそうですね。何しろ定型文をくれなんて、これまで誰からも言われたことがないし、みんな自分の頭で考えて対応してるわけですよね。それができるようにならないと、この先どんな部署に行っても困りますね」


●コミュニケーションは一方的であってはならない


 そこで、つぎのようなアドバイスを行った。


 コミュニケーションというのは、相手との相互作用で進めていくものであって、決して一方的なものになってはならない。相手が何を言ってきたかを踏まえるのは当然だが、どんな思いで言っているのか、何を求めているのか、といったことを考慮して、こちらの言い方を工夫する必要がある。


 相手がイライラしているようなら、気持ちを和らげるような言い方を心掛ける必要がある。


 こちらに何かの手違いがあって文句を言われたときも、相手はとくに問題をこじらせるつもりはなく、ただ謝罪の言葉がほしいだけということも珍しくない。それなのに言い訳ばかりしていると、向こうの気持ちが収まらず、ついにこじれてしまう、といったことにもなりかねない。


 こちらに失態や失礼があったときは、丁重に謝罪をするのは当然のことだが、相手が何か勘違いしているような場合も、勘違いを糾弾するように指摘したら、相手は気分を害してしまうだろう。


 この悩める管理職は、これまで定型文を要求されたことはないが、みんなそれぞれに考えてうまくやってくれていたのに、なぜそれができないのかと首を傾げていた。それは社会経験をしっかり積んできたかどうかの違いといえるだろう。


 多くの人は日常生活の中で、失礼があってはいけない、相手が気分を害さないようにしないと、きつい言い方にならないように気を付けないと、感謝の気持ちを表すようにしないと、といった配慮を自然にしているため、定型文などなくても人の気持ちに対する配慮ができるのである。


 ところが、日ごろからそうした他人の気持ちに対する配慮をせずに過ごしてきた人は、相手の気持ちに配慮した言い方を心掛けるようにと言われても、どう配慮すればいいかが分からない。


 社内の人に対しても、相手の気持ちに配慮することなく、間違いや勘違いをきつく指摘するような人物は、取引先の担当者に対しても似たような対応をしてしまいがちである。ゆえに、社内での様子を見て、人に対する配慮不足を感じる場合は、とりあえずは定型文的な言い回しを教え込むにしても、以上のような心がけを地道に教えてあげることが欠かせない。


 そこで大事なのは、自分の頭で考えて動く心の習慣を身につけるように促すことである。


 マニュアルに頼っていると、決められた通りに動けばいいので、どうしても思考停止に陥りがちである。


 何かにつけて、相手はどんな気持ちなのかを想像し、何か言う際にも、それを言われたら自分はどう感じるかを想像してみる。それを常に意識するようにアドバイスする必要があるだろう。


 社会経験が豊かな人にとっては当たり前にできることでも、それが乏しい人には当たり前ではないのだ。そこのところを踏まえて、根気強く教育的働きかけをしていくことが大切である。


※この記事は、榎本博明氏の著書『「指示通り」ができない人たち』(日経BP 日本経済新聞出版、2024年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。


筆者プロフィール:榎本 博明(えのもと ひろあき)


MP人間科学研究所代表、心理学博士


1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学助教授等を経て、現職。



    前日のランキングへ

    ニュース設定