3月10日、イーロン・マスク氏が経営するSNSのXが、サイバー攻撃を受けて一時アクセスのしづらい状況が続いた。マスク氏は「ウクライナ地域を発信元とするIPアドレス」が攻撃に関与していると述べており、ウクライナ支持者からのサイバー攻撃だと示唆している。
この攻撃は、マスク氏のビジネスとは別の活動における言動が影響を及ぼしている可能性がある。というのも、自らも深く関与しているドナルド・トランプ政権のウクライナ支援停止に同調していたからだ。ちなみにウクライナには、親ウクライナのサイバー攻撃集団が30以上存在している。
さらに、ウクライナでは対ロシア戦で、マスク氏が経営するスペースXの衛星インターネット通信システム「スターリンク」が使われており、マスク氏はトランプ政権の方針に沿って、そのサービスの停止をちらつかせていた。それがウクライナ支持者の反発を招いたと見られる。
この例に限らず、グローバル企業のトップが大々的に政治的・社会的なコメントをすることはリスクしかないように思う。なぜ、マスク氏はサイバー攻撃を受けるような状況でも、トランプ政権に関与して政治や国家運営に参加しようとしているのか。
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●テスラも抗議と暴力に巻き込まれる
マスク氏が受けているビジネス面での反発は、サイバー攻撃にとどまらない。実は、それ以外でもかなりのダメージを食らっている。
例えば、テスラだ。全米各地のテスラの店舗でデモが起き、オレゴン州では販売店のガラスが破られる事態に。SNSでも不買活動が起き、マサチューセッツ州のテスラの充電ステーションに火を付けられたほか、コロラド州では販売店の看板に「ナチス」と落書きをしたとして逮捕者が出ている。別の販売店では、駐車場に火炎瓶が投げ込まれた。トランプ政権におけるマスク氏の役割が、抗議と暴力の標的となっている。
なぜマスク氏が米国内で反感を買っているかというと、トランプ政権のスージー・ワイルズ首席補佐官の下に設けられたタスクフォース「政府効率化省(通称DOGE=ドージ)」を彼が率いているからだ。
DOGEは、政府の支出を2兆ドル減らすために無駄を削ることを目指している(後に目標金額は下げている)。USAID(国際開発庁)や教育省といった連邦機関の閉鎖を目指し、連邦機関全体ですでに職員6万2000人以上の解雇を実施したほか、多くの職員に早期退職を促している。そこにがっつりと関わっているマスク氏が、連邦職員や反トランプ勢力などから恨みを買うのは当然だといえる。
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筆者は先日、米国の首都ワシントンに出張し、レンタカーでテスラを借りていた。アンチ・テスラが起きているのを分かっていてあえて借りてみたのだが、ある日の取材でホワイトハウス近くのパーキングメーターが設置されている場所に駐車していたら、駐車時間を超えて5分ほどで駐禁チケットを切られた。
筆者のテスラの前後に止まっていたトヨタとホンダの乗用車も同じように駐車時間を超えていたが、駐禁切符は切られていなかった。特にワシントン周辺の連邦職員が大量に解雇されているので、テスラが狙い撃ちにされている――というのも決して行き過ぎた解釈ではないだろう。
マスク氏は、Xやテスラだけでなく、宇宙開発企業スペースXなども経営している。トランプ政権に関わることで、全てのビジネスにネガティブな影響が及んでいる。株価を見ても、テスラ株が大きく下落しており、マスク氏の資産も1020億ドル(約15兆円)が吹っ飛んだ計算になる。トランプ政権に深く関わったことが影響しているのは、間違いないと見られている。
●リスクを冒して手に入れたい「権力」とは
そこまでして政府に関わりたいマスク氏の意図はどこにあるのか。
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マスク氏は、政府を操れることはビジネスをリスクにさらしてもいいほどの「権力」だと捉えているようだ。政府の無駄を排除して連邦政府を再構築することは、短期的なビジネスへの悪影響を上回るメリットがあると見ているという。
政府に関わっていることから、現在テスラやスペースXが政府と結んでいる契約が切られる危険性もある。利益相反に当たる可能性があるからだ。
一方、マスク氏が多額の投資をして、開発を進める宇宙開発や自動運転などの分野では、政府の規制緩和によって将来得られる利益は甚大になると見られる。それを見据えて、とことんトランプ政権の“太鼓持ち”に徹していくつもりだろう。ビジネス的には、トランプ大統領を担ぐことが、究極の「先行投資」というわけだ。
過去を振り返ると、企業のリーダーが政治的・社会的な発言をすると反発を招くことが多い。例えば、亀田製菓だ。2024年12月にAFP通信で配信された「インド出身の亀田製菓会長『日本はさらなる移民受け入れを』」という記事が炎上し、SNSで不買運動に発展。株価は大きく下落した。
米国では、2019年にNBAのチーム、ヒューストン・ロケッツのダリル・モレイGM(ゼネラルマネージャー)が、香港の民主化活動デモを支持するコメントを出したことで、中国のファンなどによる不買運動が起きた。2020年には、大手食品販売会社Goya Foods(ゴヤ・フーズ)のロバート・ウナヌエCEOがトランプ大統領を称賛するコメントをしたことで、不買運動に見舞われることになった。ただそうしたコメントは、彼らのビジネスに長期的な利益をもたらすものだとは言い難い。
●長期的な目標へと突き進む
マスク氏の活動に対する「キャンセルカルチャー」(不買活動など)は、今のところ、マスク氏にあまり痛みを与えていないようだ。確かにテスラを売り払う動画がSNSで公開され、ボイコットを呼びかける投稿も少なくない。ただ、現時点で世界一の富豪であるマスク氏は、ビジネスの損失にも耐えられる資産を持っており、体力がある。現在の損失よりも、先に述べたように、長期的な利益に向かってまい進しているといえる。
重要なのは、トランプ大統領がマスク氏への信頼を失っていないことだ。トランプ大統領は最近もSNSにこんな投稿をしている。「共和党員、保守派、そして全ての偉大な米国人に言いたいが、イーロン・マスクは私たちの国を助けるために『全力を尽くし』ており、素晴らしい仕事をしている。しかし、過激な左翼狂人は、いつものように、世界有数の自動車メーカーでありイーロンの『子ども』であるテスラを違法に、かつ共謀してボイコットし、イーロンと彼が支持する全てのものを攻撃し、害を与えようとしている」
そしてこう続けている。
「私は明日の朝、真に偉大な米国人であるイーロン・マスクへの信頼と支持を示すために、真新しいテスラを購入するつもりだ。米国を再び偉大にするために彼の素晴らしいスキルを働かせたからといって、なぜ彼が罰せられなければならないのか???」
そして翌日に、実際にホワイトハウス前にテスラを並べて、トランプ大統領は新車を購入した。マスク氏は、短期的な損失を受け入れつつも「着実に、そして猛然」と突き進んでいるようだ。
(山田敏弘)
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