猛毒、性、暗闇……サンシャイン水族館の「トガり企画」に潜む生存戦略

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2025年03月15日 07:30  ITmedia ビジネスオンライン

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3月14日から「真夜中のいきもの展」が始まった(筆者撮影、以下同)

 猛毒や性に関する展示など、一風変わった企画で知られる東京・池袋のサンシャイン水族館。3月14日から新たな特別展として「真夜中のいきもの展」が始まった。11月24日まで開催する。これまで常設の展示などでプッシュしたことがあったものの、特別展として暗い環境を好む生き物にフォーカスするのは初だという。


【画像9枚】か、かわいい……薄暗い展示スペースでイキイキと活動する動物たち


 ここは一般的な水族館と異なり、高層フロアに位置し、海に隣接もしていない。また、補助金などもある「公営」と異なり、民営であることから自ら収益性を高める必要がある。そこで一種の生存戦略として、こうしたとがった企画の特別展を実施している。


●国内で2匹だけ「超レア」生物を展示


 真夜中のいきもの展では、暗闇をテーマにした展示スペースに、暗い環境を好む生き物を約20種類展示。中には鳥や昆虫など、水族館のイメージから離れたものもいる。


 今回の企画について、飼育スタッフの三田優治さんは「今までの特別展は『知識』の側面が強かったのに対して、今回は『体験』的な要素を強めました。真夜中の海に潜ったり、森に踏み入れたり、日常生活にはない体験を味わえるような展示にしています」と話す。


 三田さんの話す通り、展示スペースに踏み入れると、どことなく南国を思わせるようなあたたかさとともに薄暗い空間が出迎える。明るく風通しの良いエントランスとは全く違った、非日常な雰囲気が漂う。


 今回の展示では、生き物を紹介するパネルに分類や解説文だけでなく「属性アイコン」を付記している。「夜行性」「発光」といった、それぞれの生き物が持つ特色とともに、生息域を表示することで、より分かりやすくした。


 展示スペースは、森や海などを表現した複数のエリアに分かれている。入ってまず目を引くのは、大きな「スライゴオオサンショウウオ」だ。「チュウゴクオオサンショウウオ」の1種で世界最大の両生類とされ、普段は展示していない。


 スライゴオオサンショウウオは近年絶滅したとされていた、希少な生き物だ。しかし、京都大学などの調査により、日本国内で飼育していたチュウゴクオオサンショウウオのうち、2匹がスライゴオオサンショウウオだったことが判明。そのうち1匹が、サンシャイン水族館で飼育していた個体だった。25年以上前から飼育していた個体だといい、あらためて今、注目を集めている。


●「昼夜逆転」で生き物たちを活性化


 海のエリアでは、発光する魚や「反射」「蛍光」といった特性を持つ生き物を展示している。


 中でも「ヒカリキンメダイ」は、常設展でも見られる魚。しかし、比較的明るい環境で展示しているため、特徴である発光を見づらかったという。そこで、真夜中のいきもの展では、暗闇というコンセプト通りに極力光を遮った水槽に展示。来場者はのぞき穴から観察して、発光器官の働きを見やすくなるよう工夫した。


 「エポーレットシャーク」の水槽にも工夫が隠れている。特別展では、飼育員によるエサやりや解説の時間を設けているが、従来は飼育員が通路に立っていたため、動線の妨げになっていた。そこで、エポーレットシャークの水槽では通路ではなくバックヤード側にスペースを設けて、水槽の奥からエサを出すようにし、スムーズな動線になるようにしたという。


 森のエリアには、フクロウや昆虫を展示している。ファミリー層の来場も多く見込むことから、子どもの「憧れの的」(三田さん)であるカブトムシやクワガタもラインアップした。


 今回の企画に当たり苦労した点は、夜行性の生き物を開館時間である昼間に活動してもらうこと。スペースの照度を、展示に支障が出ないようにしながら実際の環境に近づけつつ、夜に明るくして昼に暗くする「昼夜逆転」の取り組みなど工夫を重ねた。


●生き物と距離が近い、飼育スタッフが中心となって企画


 サンシャイン水族館では、これまでいくつもの特別展を実施してきた。きっかけは、会場である「ゲストルーム」の有効活用だったという。サンシャインエンタプライズの先山広輝さん(アクアゲストコミュニケーション部 課長)は、次のように話す。


 「当館は、民営の水族館ですので自ら収入を生み出し、運営する必要があります。そこで、スペースを有効活用しつつ、季節ごとに面白い企画を実施できればという思いで始めました」


 現在は半年ほどの比較的長期スパンで開催することの多い特別展だが、以前は春・夏・秋冬といった形で、年に3回実施していたこともあるという。しかし、開催を経るうちに企画や設営に関するコストと収益の見極めが進み、現在のような長期開催が基本となっていった。


 過去に実施した特別展示のうち、最も会期中の来場者が多かったのは「もうどく展」シリーズ。最大で20万人規模の動員があったという。真夜中のいきもの展では具体的な来場者目標を出していないが、同規模の来場者を期待している。


 毒や暗闇、さらには性をテーマにするなど、サンシャイン水族館の特別展はとがった企画が多い。これらは先山さんが所属するアクアゲストコミュニケーション部の、飼育スタッフたちが中心となりつつ、他の部署も巻き込みながら企画している。同部はもともと「展示部」として飼育スタッフが所属していた組織だが「良くも悪くも閉鎖的だった」(先山さん)文化を変えるべく、関連する部署を吸収しながら大きくなっていった経緯を持つ。


 「特別展の企画は飼育スタッフが中心ですが、どうしても生き物と距離が近い『プロ』の視点で考えがちな点が課題です。私たちにとって当たり前でも、一般スタッフやお客さまからすれば『面白い!』と感じることが多々あるので、各所の意見を取り入れつつ企画しています」(先山さん)


 さまざまなテーマを展開する特別展は、ライト層の開拓に効果を発揮している。


 サンシャイン水族館は一般的な水族館と異なり、高層に位置する。そのため、空間設計や生き物の搬出入などで制約も大きい。一方で、位置する池袋やサンシャインシティは集客力が高いエリア・施設だ。


 そこで、特別展示では「単純明快で、伝わりやすいテーマ」であること、かつ興味をひく、インパクト性を重視している。生き物や水族館に興味が薄い人でも気になるような企画を心掛けることで、同エリアや施設に別の目的で来た人を振り向かせる狙いがある。その結果、常設展は見ずに特別展示だけ見る来場者は、多いときで全体の20%ほどにも達するという。


●「この人はカワウソが好き」 常連客と深く向き合うファンクラブが始動


 もちろん、ライト層以外の「常連客」に対する取り組みも行っている。これまで最大で5万人ほどが利用していた年間パスポートの受け付けを2023年に廃止。2024年から新たな会員制度「アクアリウムクラブ」を開始した。


 2回ほどの来場で「元」が取れた年間パスポートと異なり、アクアリウムクラブの価格は最大で1万円超。その分、会員限定のイベントなど近い距離感を意識した運営によって、ヘビーユーザーとの関係性を強化する狙いだ。2024年1〜2月と比較し、この1〜2月は会員数が40%増で好調だという。


 「他の水族館でファンクラブを運営しているところは少なく、新たなチャレンジとして始めました。年間パスポートと比較して、会員数が絞られたことで『このお客さまはカワウソが好き』など、よりお客さま個人個人への理解が深まり、密度の高いコミュニケーションができるようになっています」(アクアゲストコミュニケーション部 次長 森下祐輝さん)


 2023年度の来場者数は136万人で、コロナ前の2019年度(147万人)に少しずつ戻しつつある。とがった企画によるライト層の呼び込みと、ヘビーユーザーとのコミュニケーションでどこまで数字を伸ばせるか。



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