松坂桃李instagramより 折り目正しい松坂桃李か、それともぐうたらな松坂桃李か。どちらも彼が演じるキャラクターに対するイメージである。
両極端だが、松坂桃李が演じると、単純な降り幅とは少し違う空気感が醸成される。2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』主演がすでに発表されているが、これはまたさらなるイメージをねらってくると思う。
男性俳優の演技を独自視点で分析するコラムニスト・加賀谷健が、2027年大河ドラマを楽しみに、愛すべきぐうたらを演じる松坂桃李の魅力を解説する。
◆アップデートされた新たな幕末ドラマ
すべての作品がどうか知らないが、毎年3〜4月になると大河ドラマの制作発表がある。この季節になれば、常に2年先まで、2作品分のタイトルと主演俳優についての情報解禁が済んでいることになる。
2026年が仲野太賀主演の『豊臣兄弟!』、2027年が松坂桃李主演の『逆賊の幕臣』だとすでに発表されている。NHK作品初出演、大河ドラマ初主演という異例の大抜擢だった横浜流星の『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(以下、『べらぼう』)を毎週楽しみに見ているというのに、来年、再来年への楽しみが自動更新された気分だ。
『べらぼう』は幕府公認の遊郭である吉原を舞台に、戦国時代や幕末のイメージが強い大河ドラマとして初めて本格的な江戸時代を描く(大河ドラマ第2作『赤穂浪士』(1964年)は、長谷川一夫主演で、『べらぼう』と同じ18世紀の討ち入りを描いた)。今年の天下太平から来年は再度、戦の時代。さらに再来年が幕末……。ただし、これに関しては単なる幕末じゃない。近年の研究によってアップデートされた歴史観に基づく、新たな幕末ドラマなのである。
◆松坂桃李が演じる「エリート官僚」
3月6日に『逆賊の幕臣』の制作発表が行われた。NHKのホームページを見ると、「企画意図」が記載されている。これまでに使い古されてきた幕末観ではなく「日本の近代は既に幕末から始まっていた」と明記している。
日本史に明るくない人でもこの説明文を読めば、本作がアップデートされた幕末ドラマであることくらいはすぐにわかる。では、そうした新しい歴史観の上で、肝心の主人公はどんな人物なのか?
松坂桃李演じる主人公・小栗忠順の略歴がある。1行目に「天才的なエリート官僚」と書いてある。毎週日曜日よる9時から放送されている主演ドラマ『御上先生』(TBS)との単純な職業的類似。同作の松坂は、まさに文部科学省のエリート官僚を演じている。
◆コンパクトに整頓された人物像
同作の主人公・御上孝は、文部科学省から有名私立高校・隣徳学院の高校教師として派遣されてきた。主任教師・溝端完(迫田孝也)に、御上が「官僚はいつ何時何を聞かれてもすぐにデータを出せないと無能呼ばわりされる悲しい仕事なんです」と涼しい顔で嫌味な説明をするように、スマートな情報処理能力によって、彼は教育現場をアップデートどころか、根底から改革しようと心に決めている。
会話のテンポはすこぶる早く、隙がない。いつでもタブレットを片手に、その場に必要なレファレンスを即座に取り出せる状態にある。溝端のような旧来型の教師からすると、下らない思惑や慣例が通じない相手である。
かといって高圧的なわけでもない。知識をひけらかす感があるにはあるが、嫌らしいわけでもない。あらゆることに興味があり、誰も知らないような動物の話題をさっとタブレットに出して、ほとんど一方的だが、簡潔な解説を披露する。私生活もよくわからないが、食事は霞ヶ関のいきつけで中華屋か夜はコンビニ弁当。すべてがコンパクトに整頓された人物像である。
◆俳優としてのセルフイメージが明確
小栗忠順の略歴に戻ると、さらに「花や酒には目もくれず治水について語り続け、周囲をあきれさせるようなオタク気質」とざっくりキャラクター設定が説明されている。御上と同一人物とまではいかないが、オタクレベルはかなりの近似値。近年の松坂桃李が演じるキャラクターは、あまり遊興を好まない折り目正しいオタクが多い気がする。
それに対して松坂はキャラが決してブレないように工夫している。キャラクターの内面と外面のバランスを完璧に保ち、その均衡状態をコントロールするような役作りを心がけているように思う。
俳優としてのセルフイメージが明確なタイプである。そのくせ、あのくしゃっとした特有の笑顔をどの役にものぞかせて、松坂印をしっかり刻印している。その松坂スマイルの塩梅と偏差で器用に役柄を識別してもいる松坂は、折り目正しいオタクキャラだけを得意にしているわけではない。
◆ぐうたら演技こそが松坂桃李のイメージ
近年の注目作で、職業的に官僚と近しい政治家を演じたのが、Netflix配信ドラマ『離婚しようよ』(2023年)である。松坂演じる東海林大志は、有名政治家の3世、体たらく極まりない世襲議員。失言とカメラ前での謝罪会見はセットが当たり前。
人気女優である妻・黒澤ゆい(仲里依紗)がいながら、女性アナウンサーとの路上キス写真をすっぱぬかれ、世間からは非難轟々。以来、ゆいとの夫婦生活は冷えきっている。大志は反省しているのか、どうなのか。ゆいが帰宅すると、靴下はおろか、パンツまで脱ぎ散らかして、ソファでいびきをかいている。
撮影で疲れているゆいの気持ちを考えるまでもなく、これは頭にくる。でも憎めない。なぜか。折り目正しいオタクキャラの一方で、同作の東海林大志役のような、さわやかからっぽ一本勝負でも松坂の演技はピカイチ。
ソファでぐうぐう寝ている場面をよーく観察してみよう。長い手足を何とも器用にソファの各部分に位置させている。ぐうたら演技に余念がない。全体としてはぐうたらで脱力しいるようだが、松坂の演技は、手足の先まで神経を張り巡らしているようにピンとなって美しい。まるで均衡と不均衡すれすれでオブジェ化した彫刻作品のようなぐうたら寝相である。
折り目正しい官僚役ばかりが松坂桃李ではない。むしろ愛すべきぐうたら演技こそが松坂桃李のイメージである。うーむ、これは大河ドラマでもちょっとした細部にぐうたら名演を加味して、さらなるイメージをねらってくれないものかしら。などと勝手に楽しみになってくる。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu