
京都市左京区の元ラーメン店主の男性が各地の市民マラソンを巡り、47都道府県全てのレースを完走する「全国制覇」を果たした。58歳の時に初マラソンを走り、10年がかりで達成。3月上旬にチャレンジを終え、「ようやったなあというのが正直なところ」と実感を込める。
金子知拓さん(69)=左京区=。長年京都障害者スポーツ振興会の事務局長を務め、毎年京都市内で行われる全国車いす駅伝を裏方で取り仕切った。
マラソンとの出合いは2013年。競技経験はなかったが周囲の勧めもあり、その年の神戸マラソンに出場した。途中で膝が痛くなり最後は右足を引きずりながらゴールした。
この「大失敗」を糧にトレーニングに励み、毎朝鴨川の河川敷などを10キロ前後走るようにした。15年の京都マラソンで4時間23分33秒の自己ベストをマークした。
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同振興会を17年に退職後、叡山電鉄元田中駅(左京区)の近くにラーメン店「麺屋とも」を開店した。店頭に立ちながらマラソン練習を続け遠方の大会にも参加するように。レースでは店のTシャツを着用した。
転機は23年2月。開店から5年を迎え、一緒に店に立っていた妻悦子さんの体力的な不安もあり店を閉めた。金子さんは「時間ができるし、没頭できるものを」と市民マラソンの全国制覇を計画。定めた基準はハーフマラソン以上の距離で、あと37県残っていた。
「行きにくい場所から」と1年目は東北や北信越、翌年は九州や沖縄の大会を中心に参加。2週間おきにフルマラソンを4本連続で走ったこともある。遠征費をうかすため極力京都からマイカーを運転して行った。
思い出深いレースは数知れない。山形県のマラソンでは、さくらんぼ農家がとれたての「佐藤錦」をふるまってくれた。秋田県のレースでは遠方からの参加で特別表彰され、5キロのお米をもらった。
47都道府県目のレースは3月9日に愛媛県で行われたハーフ。初マラソンから88レース目での達成だった。ほぼ毎回同行した妻からは「おつかれさん。よく頑張ったね」とねぎらいを受けた。
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とにかく完走すること。金子さんは無理のない範囲で長い道のりを楽しんできた。「タイムは遅いですけど88レース全てで途中棄権もなくゴールできた。これだけは自慢」と笑顔を浮かべ、次の目標に「100(回)マラソン」を掲げた。
(まいどなニュース/京都新聞・国貞 仁志)