
『産む気もないのに生理かよ!』を上梓した月岡ツキさんは、主体的に子供を持たない選択をし、現在は夫婦ふたりで充実した日々を送っている。しかし、"子なし"夫婦に対する風当たりは、決して穏やかとは言えない。特に社会は「母親」という存在に強い関心を寄せ、それがよけいなプレッシャーや視線を生んでいる。
本書は、30代女性の心と体、そしてそれを取り巻く社会について、ユーモラスかつ鋭く綴ったエッセー集だ。
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――「子供を持つ素晴らしさ」や「子供を持って大変だったこと」を書いてきたエッセーはあったと思いますが、「子供を持たないこと」をフィーチャーしたエッセー集はこれまでにあまりなかった気がします。どのようなきっかけで書かれたのでしょうか?
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月岡 そもそも自分自身、子供を持つことや母親になることについてずっと悩んできました。それで、同じような悩みを持つ人の話を求めて書店に足を運んだのですが、そういった本はなかなか見つからなくて。
強いて言えば、韓国の女性たちの声を集めた『ママにはならないことにしました――韓国で生きる子なし女性たちの悩みと幸せ』(晶文社)くらい。
日本にもきっと同じような思いを抱えている女性たちはいるはずだと思い、自分の話がひとつのサンプルになればと考えて、一冊の本にまとめました。
――読者からの反響は?
月岡 「少子化を助長してけしからん!」みたいな批判が来るかも、と不安もありましたが、想像していたよりずっと好意的な反応ばかりで、正直ほっとしました。
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男性の読者からも、「自分も父親になることを素直に喜べない」「結婚したら子供を期待されることへの違和感がある」「女性の体のことは理解しきれないけれど、共感できる部分も多かった」といった声が届いています。
――本書では「子供を持たない夫婦は全体の12%」という調査結果が紹介されていました。そこには女性だけでなく、同じ数の男性もいるわけですよね。
月岡 そうなんですよね。この本で私は女性として自分の迷いや悩みについて書きましたが、読んだ男性が自分の気持ちを整理したり言語化したりする助けになればうれしいですね。
――とはいえ、夫婦関係や出産といった話題は、SNSなどでは炎上しやすく、話し合うことを忌避されがちなテーマでもあります。
月岡 そうですね。特にSNSは断片的な情報が拡散されますし、極端な主張や断言ばかりが注目される場所です。
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一方、この本では、「ああかもしれない、いや、こうかもしれない」と気持ちが揺れ動く様子をそのまま書いています。
「絶対に産みたくない」というわけではないけれど、「結婚したらすぐ子供を」と当然のように言われることには疑問を感じる。そうしたグラデーションのある気持ちを表現したかったんです。
それこそ、先日、辻希美さんが5人目を妊娠したニュースが話題になりましたが、ネットの反応が絶賛一色だったことには、いろいろと考えさせられました。
もちろん辻さんご夫婦は立派だと思います。でも、誰もが辻さんのようになれるわけではないし、「子供がたくさんいる女性は素晴らしい」という声が大きくなると、「そうじゃない女性は?」とプレッシャーを感じる人もいるかもしれないと思うんです。
――ひと昔前の辻さんは、ネット上で理不尽なバッシングを受けていた印象です。
月岡 手作りのお弁当の写真を上げたら皆が揚げ足を取ろうとする"一億総姑"状態でしたよね。それが今では「辻ちゃんは立派に子育てしてすごい! 理想の母親だ!」となっている。
でも、かつて叩いていた人も、今称賛している人も、「母親」という存在に対して必要以上に注目していることに変わりはない。それはアンバランスですし、怖いことだと思います。
この背景には、社会構造の問題があると思います。そもそも、今の社会では「母親」が押しつけられている役割があまりにも多い。
――社会に「母親はこうあるべき」という規範が強く残っているから、ママタレントの生活と自分を比べてしまったり、引け目を感じてしまったりするわけですね。
月岡 そう。そして多くの場合、女性同士のねたみそねみという単純な構造の問題として片づけられて、「女の敵は女」とメディアも消費してしまう。
でも、家庭の問題は女性だけの問題ではないはずで、「母親」に注目するような社会をつくってきた側、つまりマジョリティ男性たちの責任は問われない。ただ、最近は「男性優位社会の問題だ」という認識が少しずつ広がってきたと感じます。
――しかし、そんな社会の変化に、戸惑う男性も少なくないように思います。
月岡 そうですね。ジェンダーやフェミニズムの話題になると、たじたじになってしまう男性も多い。こちらが何も言っていないのに、「今は女性のほうが強い時代ですからね〜」と先回りして萎縮してしまったり。
――先回りたじたじ、心当たりがあります。一見「配慮」しているようで......。
月岡 でもそれって、結局、自分が傷つきたくないから逃げてるんですよね。
本当にわからないなら、「ここがわからないから、どうしたらいいか教えてほしい」と正直に聞いてほしい。そこから対話が生まれて、それぞれが自分の考えを開示しやすくなると思います。
――ジェンダーやフェミニズムには、わかりやすい正解があるわけではないですしね。
月岡 私だって完璧なわけではありません。無自覚に誰かを傷つけているかもしれないし、誰だって差別的な発言をしてしまう可能性はある。
人間はコンピューターじゃないから、ボタンひとつで「アップデート完了!」とはいかない。
大事なのは、逃げずに「何がダメだったのか」を考え、反省し、対話し続け、学び続けることだと思います。
――結論を急いだり、論破を目指したりするのではなく。
月岡 そう。人間って多面的な存在ですよね。一見マッチョに見える人も、一対一で話せば繊細な一面を持っていたりする。属性や立場にかかわらず、もっと対話できる社会になってほしいと思っています。
■月岡ツキ(つきおか・つき)
1993年生まれ、長野県出身。大学卒業後、Webメディア編集やネット番組企画制作に従事。現在はライター、コラムニストとしてエッセーやインタビュー執筆などを行なう。働き方、地方移住などのテーマのほか、"既婚・DINKs(仮)"を自称し、子供を持たない選択について発信している。既婚子育て中の同僚と、Podcast番組『となりの芝生はソーブルー』を配信中。マイナビウーマンにて『母にならない私たち』を連載。note主催「創作大賞2024」にてエッセーが入選
■『産む気もないのに生理かよ!』飛鳥新社 1760円(税込)
子供を持たない生き方を選んだ著者が、自身の葛藤や社会への違和感を率直に綴ったエッセー集『産む気もないのに生理かよ!』。「結婚=出産」という空気や、理想の母親像を押しつける社会通念に疑問を投げかけながら、揺れ動く感情を丁寧に描写する。極端な意見が目立つ現代にあって、答えの出ない悩みに向き合う姿勢が共感を呼び、世代や性別を超えて幅広い読者の支持を集めている一冊
取材・文/藤谷千明 撮影/佐々木 里菜