【GGP展望】「どうすればいいですか?」世界記録保持者マフチクが親交ある戸邉直人にした“自身の武器”に関する意外な質問

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2025年05月14日 17:13  TBS NEWS DIG

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TBS NEWS DIG

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5月18日に東京・国立競技場で開催されるゴールデングランプリ(以下GGP)に、女子走高跳世界記録保持者のヤロスラワ・マフチク(23、ウクライナ)が出場する。5月13日には東京都内で男子走高跳日本記録保持者の戸邉直人(33、JAL)との対談イベントが行われ、若い世代へのアドバイスをしたり、走高跳に向き合う姿勢などを語り合ったりした。2人はエージェント(選手に代わって試合への出場を主催者と交渉する人間)が同じということもあり、同じ場所で練習することもある間柄。戸邉にマフチクの強さについて語ってもらった。

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対談中にマフチクから戸邉に意外な質問

対談中、助走スピードについて2度、話題になった。1つは走高跳の難しさを対談イベント出席者から質問されたとき。2人は異口同音に次のように話した。

「前に跳ぶ走幅跳と三段跳は、助走スピードが速くなれば記録も伸びますが、高く跳ぶ走高跳はその時の体力に合った助走スピードを探す種目なんです。自己記録に挑戦するときなど、気合いが入ってスピードを出したくなりますが、それを抑えて、思い描く助走をすることが重要になります」

もう1つは対談中、マフチクから戸邉に質問があったとき。その内容が戸邉には意外だったという。

「彼女の特徴は大きいカーブを描く助走を、速いスピードで走ることです。弧が大きいので最後はバーに平行に近い角度で走って踏み切ります。スピードを出すから大きな弧で内傾ができるのですが、ゆっくりでも上手く内傾するにはどうすればいいか、を質問してきたことに驚きました」

戸邉とマフチクはエージェントが同じ。戸邉は22年の日本選手権でアキレス腱を断裂したため近年はできていないが、それ以前はダイヤモンドリーグを連戦する選手だった。ヨーロッパではエージェントが拠点とするエストニアの首都タリンを、遠征中のトレーニング拠点としている。冬期トレーニングもタリンで行うことがあり、今年も1月後半から約1か月間、同地で練習を行った。同じメニューを行うわけではないが、マフチクも同じ場所で練習を行うことが多いという。

「助走スピードにはこだわりがあるみたいで、助走のスタートから踏み切りまでのタイムを毎回、コーチが測っています」

助走スピードを武器に世界記録も跳んでいるマフチクであっても、スピードを抑える助走について考えている。マフチクをよく知る戸邉だからこそ、「安定性につながらないジレンマがあるのかもしれません」と、世界記録保持者の内面を感じ取っていた。

アベレージが高くない理由とは?

マフチクには、記録が安定していない課題がある。
2m09の前世界記録保持者、ステフカ・コスタディノワ(ブルガリア)のセカンド記録は2m08で、サード記録は2m07。2m06以上を10試合で跳んでいる。コスタディノワほどではないが、世界歴代上位の選手は同様に、自己ベストから1〜3cm以内の記録を何度も跳んでいる。それに対してマフチクのセカンド記録は2m06でサード記録は2m05と、自己記録から少し開きがある。10番目の記録は2m03で、コスタディノワより3cm低い。

コスタディノワは1987年ローマ世界陸上で2m09に成功したが、世界陸上前2か月半で2m05以上を3試合で跳んでいた。それに対しマフチクは、昨年のダイヤモンドリーグ・パリ大会で2m10を跳んだが、パリ大会前2か月半では、2m01を1試合で跳んだだけである。世界記録を出す前の時期は、ハムストリング(大腿裏)をケガしていた影響もあったかもしれない。

23年世界陸上金メダリストで注目はされていたが、世界記録は正直意外だった。いきなり記録が上がる要因として戸邉は、「絶対にそうとは言い切れませんが」と前置きをした上で、次のように分析した。

「助走スピードが速い分、踏み切りが難しくなっているのだと思います。そのスピードに耐えられる踏み切りができれば、スパーンと跳べるのですが、上手く踏み切れないことも多いのではないでしょうか」

マフチクは世界記録を出した昨シーズン、助走歩数を2歩増やして11歩にしている。記録は安定していないが、新しい助走が上手くできたことで世界記録を跳ぶことができた。

GGPでは2m05の日本国内最高記録更新も

今年の屋外シーズンに入ってダイヤモンドリーグで2連勝。記録は1m97、2m00と今ひとつだったが、5月9日にドーハで行われた試合では2m02の今季世界最高をクリアした。

GGPに出場する他の選手たちの自己記録は1m95〜92。昨年マフチクが1m95以下だった試合は12試合中2試合だけ。GGPでマフチクが負けることは、脚を痛めるなどのアクシデントがない限り、考えられない。マフチクは対談中にGGPの目標を「ドーハより高く、シーズンベスト(2m03以上)を跳びたいと思います。一歩一歩上がって行きたい」と話した。

戸邉の分析を踏まえると、会心の跳躍ができないときの記録を徐々に上げていくことが、マフチクの狙いと思われる。今季世界2位記録はパリ五輪銀メダルのニコラ・オリスラガース(28、豪州)の2m01、昨シーズンの世界2位はオリスラガースの2m03、23年はマフチフとオリスラガースが2m03でシーズン世界1位。GGPを含め2m03を跳び続ければ、9月の東京2025世界陸上も負けない確率が上がる。

今回のGGP出場も、戸邉によれば東京2025世界陸上の会場などを下見する目的もある。GGPがなくても来日することも考えていたという。目標はシーズンベストだが、もう少し上の記録も期待できないわけではない。助走スピードの速さに耐えられる踏み切りができれば、昨年の世界記録のときのように一気に記録が上がるからだ。日本国内最高記録は、91年東京世界陸上のハイケ・ヘンケル(ドイツ)ら、4人が2m05を跳んでいる。それ以上の記録もGGPで期待できるのではないか。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

※トップの写真はタリンの練習場所でのマフチク選手と戸邉選手(写真は戸邉選手提供)

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