まるで“ファンミーティング”な熱気 NVIDIA基調講演でフアンCEOは何を語ったのか?

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2025年05月20日 12:11  ITmedia PC USER

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ITmedia PC USER

いつもの「皮ジャン」姿で登壇したジェンスン・フアンCEO。両親も発表会場に来ていたという

 既報の通り、5月20日(台湾時間、以下同)から「COMPUTEX TAIPEI 2025」が始まった。それに先立つ5月19日、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが基調講演を行った。


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 COMPUTEX TAIPEI 2025自体は「台北南港展覧館(TaiNEX)」で開催され、多くの基調講演も同館内で行われたが、フアンCEOの基調講演はTaiNEXから少し離れた「台北流行音楽センター」という音楽ホールで行われた。どのような様子だったのか、主な発表内容と共にお伝えしたい。


●会場周辺でも大々的に告知 あちこちで記念撮影


 フアンCEOは台湾出身だ。そのこともあり、フアンCEOが台湾を訪れるとTVニュースで大きく取り上げられる傾向にある。今回の基調講演も例外ではなく、当日朝は「フアンCEOが夜市を訪れた」と前置いた上で「今日(20日)、フアンCEOが台北流行音楽センターで基調講演を行う」という報道が行われた。


 今回は、TAITRA(※1)の勧めに従って台北メトロ板南線の昆陽駅から徒歩でセンターに向かったのだが、センターの前庭に当たる箇所に「Keynote by CEO Jensen Huang」という大きな仮設看板があった。そこでは基調講演の聴講者と思われる人が代わる代わる記念撮影をするという不思議な光景が広がっていた。一企業のCEOが行う基調講演としては、今まで見たことにない光景だ。


(※1)台湾貿易センター:COMPUTEX TAIPEIの主催者


 さらに進むと、恐らく、フアンCEOの基調講演を取材するためにやってきたであろう台湾のTV局の移動中継車も待機していた。朝に見かけたTVニュースの通り、フアンCEOの一挙手一投足に注目が集まっているのだろう。


 TV中継車から視線を少しそらすと、台北流行音楽センターの北館(コンサートホール)と南館(流行音楽文化館)を結ぶ歩道橋はもちろん、その下にある路線バスのバス停にも基調講演が行われる旨の掲示がある。


 先ほどの看板も含めて、掲示はNVIDIAによる広告だと思われるが、基調講演をやることをここまで“大々的に”告知するのは見たことがない。フアンCEOの出身地であること以上に、NVIDIAが台湾に思い入れがあるということなのだろう。


 昆陽駅からセンターの前庭を抜け、基調講演の会場となる北館に向かうには横断歩道を渡る必要がある。渡った先には「NVIDIA Gear Store」なる臨時売店が設置されていた。この売店ではNVIDIAグッズを購入可能で、基調講演前から行列ができていた。


 行列の様子を見た筆者は「基調講演の後でも(買い物は)問題ないかな」と思っていたのだが、この判断は誤りで基調講演終了後は、購入まで1時間超の行列となり一部のアイテムが売り切れとなっていた。


 この売店は基調講演の聴講者以外も利用可能で、観察した限りでは基調講演に参加していない人も意外と並んでいた。日本国内でも、一部のコンサートでグッズ販売のみ観覧者以外にも開放するケースがあるが、まさにそのようなノリだ。もうちょっと大々的に場所を確保して、広々とやっても良かったかもしれない。


 売店を通り過ぎると、基調講演参加者の受付にたどり着く。参加者は大きく「NVIDIA/TAITRA関係者と取引先」「報道関係者およびアナリスト」「一般参加者」の3つに分けられており、導線が交わらないように配慮されていた。


 受付を終えると入場なのだが、正面入口に「Welcome to the NVIDIA Keynote」と書かれた仮設ながらもしっかりとしたゲートが用意されていた。海外メーカーの製品発表会ではこのような演出は珍しくないのだが、基調講演でこれとなると結構ビックリしてしまう。実際、この講演ではいくつかの新製品が発表されているので、広義の製品発表会と捉えれば理解できる。


 このゲートをくぐると、身体/手荷物検査が行われた。これは規模の大きい基調講演や発表会では珍しいことではない。


●ジェンスン・フアンCEOが語ったこと


 このように、会場外での盛り上がりが想像以上だったジェンスン・フアンCEOの基調講演だが、コンシューマー(個人)になじみ深い内容としては、5月20日発売予定の「GeForce RTX 5060」搭載グラフィックスカード(ASUSTeK Computer製)と、「GeForce RTX 5060 Laptop GPU」を搭載するノートPC(MSI製)を手に取り紹介したシーンのみ。大半はエンタープライズ(研究機関を含む法人向け)製品の内容で、とりわけ台湾を拠点とするパートナー企業への謝意が盛り込まれていた。


台湾のパートナー企業への謝意


 NVIDIAはいわゆる「ファブレスメーカー」であり、自社で設計した半導体などを受託生産を専門とする「ファウンドリー」と呼ばれる企業(工場)に生産を委ねている。最近のGPUチップであればTSMC、グラフィックスカード(Founders Edition:日本未発売)であればFoxconnといずれも台湾企業が生産を担う。


 それだけでなく、グラフィックスカードを始めとする同社のGPU/SoCを搭載する製品を設計/製造/販売する企業の多くも台湾に所在する。台湾との“付き合い”は、30年を超えるという。フアンCEOはパートナーである台湾企業に謝意を示すと共に、これからもコンピュータエコシステムの中心を担う企業として共に新しい市場を開拓し、成長したいと語る。


CUDAエコシステムの優位性


 現在のNVIDIAがGPUにおいて強いシェアを持つようになったのは、「CUDA(Compute Unified Device Architecture)」と呼ばれる並列演算技術を導入したことが一因だ。2D/3Dグラフィックスに関する演算や描画だけでなく、汎用(はんよう)的な演算にも使おうという発想はとても画期的だった。


 CUDAは2006年に登場した「GeForce 8シリーズ」で初導入されて以来、GPUアーキテクチャと歩調を合わせて進化を続けてきた。そのエコシステムは2019年に登場したソフトウェアライブラリー「CUDA-X」によってさらに広がりを見せている。


 フアンCEOはCUDAやCUDA-Xがもたらす強みを解説しつつ、さまざまな業界において応用が進み、社会のいろいろな側面に浸透していることをアピールした。


ハイブリッド(量子+古典的)コンピューティングの取り組み


 昨今、従来のコンピュータ(CPUやGPU)では時間を要する演算を、量子力学の原理を使って高速に行う「量子コンピューティング」という概念が提唱されている。


 この世界において、NVIDIAも「CUDA-Q」という取り組みを進めている(Qは量子コンピューティングを意味する)。これは量子コンピューティングに特化した演算器である「QPU(Quantum Processing Unit)」では排除しきれない演算の“誤り”を、CUDA対応GPUを使って訂正して精度を高めようという取り組みで、多くの企業や団体と協力して研究が進められている。


「エージェントAI」の次は「物理的なAI」


 NVIDIAが、GPUを使ったAI演算について取り組み始めたのは約12年前だ。ここ数年はAIのパフォーマンスが向上し、フアンCEOの言葉を借りれば「ほぼ全てのあらゆるものを、あらゆるものに変換できるように」なり、「普遍的な関数近似器や翻訳機」を手に入れた。


 しかし、現状の生成AIは大量の学習データを元に作られたものであり、「知性」と呼ぶにはまだ足りない部分もある。それは主に「理由付け」だったり、「未知の問題を解決する能力」だったり、「問題を段階的に切り分けていく能力」だったりする。


 その観点でNVIDIAが注目しているのが「エージェントAI(Argentic AI)」だ。エージェントAIは現状の生成AIでは足りない「事象を理解し、思考(検討)し、行動する」というプロセスを踏むことが特徴……なのだが、これを実現するには現状の(1つのプロンプトに対して1つの出力を行う)ワンショットAIの100〜1000倍の演算能力が求められるという。


 フアンCEOは、「デジタル時代のロボット」たるエージェントAIが今後数年間のAIにおける重要な課題になるだろうとする。


 フアンCEOは、エージェントAIの次に「物理的なAI(Physical AI)」という“波”が来ると語る。物理的というとちょっと分かりづらいが、これは「現実世界のことを理解するAI」のことだという。


 現実世界で発生する事象の結果には「慣性の法則」「摩擦(係数)」など、さまざまな物理的法則が絡む。これを推論できるAIが生まれれば、ロボティクスに対して大きな革命をもたらすことができると語る。


●AIの進化にはハードウェアの進化も欠かせない


 フアンCEOが語ってきたことのうち、ハイブリッドコンピューティングやAIに関する取り組みはより高速なコンピューティングパフォーマンスを求められる。そこでNVIDIAでは1年ごとに製品を「リズムのようにアップデートしていく」ことで、パフォーマンスの向上を図っていく方針だ。


 その一例として、2024年後半に出荷を開始したSoC「NVIDIA GB200 Grace Blackwell Superchip」について、2025年第3四半期をめどに「NVIDIA GB300 Grace Blackwell Ultra Superchip」にアップグレードするという。


 GB300はGB200と「BlackwellアーキテクチャのGPUを『NVIDIA Grace CPU』を介して2基連結する」という基本設計は引き継ぎつつも、メモリの容量を約1.5倍(1基当たり372GB→576GB)、CPUメモリの帯域幅を約2倍(毎秒480GB→800GB)に引き上げることで、推論演算の性能を最大1.5倍に引き上げたものだ。


 このGPUの登場に伴い、GB200を36基連結した水冷ラックシステム「NVIDIA GB200 NVL72」も、GB300を36基連結した「NVIDIA GB300 NVL72」に刷新される。NVL72という部分に変更がないことからも分かる通り、ラック自体に変更はなくハードウェアの設計を変えずに性能が確実に向上するという点がメリットとなる。


 NVL72でSoCの連結に使われているのが「NVLink」という仕組みだ。従来、NVLinkはNVIDIA製のGPU同士、あるいは同社製のCPUとGPUとの連結に限り使うことができたが、今回「NVLink Fusion」と銘打って一部の他社製CPUにもNVLinkを開放することになった。


 NVLink Fusionに対応するCPUはQualcommや富士通から登場する予定の他、一部のカスタム半導体メーカーにおいて本機能を組み込んだASIC(特定用途向けIC)を製造できるようになる。


 ただし、NVLink Fusionを利用できるのはNVIDIA製のNVLink対応GPUと組み合わせた場合のみとなる。


 「手元でAI演算を」という観点では、手元でそこそこの演算能力を備えるコンピュータを用意したいというニーズもある。そこでNVIDIAはタワー型AIコンピュータ「DGX Station」を展開してきた。


 従来のDGX StationはNVIDIAによって販売されてきたが、BlackwellアーキテクチャのDGX StationについてはパートナーのPCメーカーと共に展開する。また、DGX Stationよりもコンパクトな選択肢として「DGX Spark」も合わせて投入する。こちらも、パートナーのPCメーカーと共に展開する。


 DGX Sparkは手のひらで持てるほどのコンパクトさが特徴で、ピーク時に1PFLOPSのAI演算パフォーマンスを発揮できることが特徴だ。発売は7月を予定している。


 DGX Stationはより高いパフォーマンスを求めるユーザー向けのデスクトップ製品で、ピーク時に20PFLOPSのAI演算パフォーマンスを発揮する。発売は2025年後半となる見通しだ。


 両者共にそのサイズからは想像できない高い処理パフォーマンスを備えていることが特徴で、フアンCEOは「クリスマスには両者を選べるようになる」と語っていた。


 そしてエージェントAIを実現する「(エンタープライズ)コンピューティングを再発明する」ための新たな提案として、「RTX Proサーバシリーズ」を展開する。


 x86アーキテクチャのCPUを搭載することでサーバ/データセンター用ソフトウェアとの互換性を確保しつつ、内部に「NVIDIA RTX PRO 6000 Blackwell Server Edition」を8基搭載することでピーク時に30PFLOPSのAI演算パフォーマンスを確保している。グラフィックスパフォーマンスも最大3PFLOPSを確保しており「リアルタイムのオムニバースデジタルツインシミュレーションも可能」だとする。RTX Proサーバシリーズは主要なサーバメーカーから登場する予定だ。


 なお、ワークステーション向けには「NVIDIA RTX PRO 6000 Blackwell」を始めとするBlackwellアーキテクチャベースのNVIDIA RTX PROシリーズを投入しており、こちらも主要なPCメーカーから搭載製品が登場する他、主要な販売パートナーから単体グラフィックスカードも発売される。


 コンシューマー向けの発表はほとんどなかった今回の基調講演だが、会場周辺や内部の“熱気”は非常にすごかった。「台湾では(TV番組やWebメディアで)フアンCEOを取り上げると、ものすごく話題となる」という関係者の話は本当のようだ。


 台湾にとって、フアンCEOはヒーローなのかもしれない。



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