仮想空間や出前で「居場所」提供 ひきこもり支援に企業の助成を活用

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2025年05月20日 16:20  OVO [オーヴォ]

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OVO [オーヴォ]

「居場所の出前」のイメージ(提供:楽の会リーラ)

 製薬会社ファイザーは、心とからだのヘルスケアに取り組む市民活動・市民研究を支援する「ファイザープログラム」第25回助成の募集を、6月1〜15日に行うと発表した。助成額は1件当たり300万〜50万円。昨年の第24回では14件が選ばれた。このうち、ひきこもり対策としてインターネット上の仮想空間や出前で「居場所」を提供する事業で140万円の助成を受けたNPO法人「楽(らく)の会リーラ」(東京都豊島区)の市川乙允(おとちか)理事長に、活動内容や助成の意義について聞いた。

▽経験者主体で家族が支援

——どのような会ですか?

 「ひきこもりや生きづらさに苦しむ当事者と家族を支援するNPOです。2001年に不登校・ひきこもりの子を持つ親の会『楽の会』として発足、13年に社会参加支援センター『リーラ』と統合しました。『KHJ(Kazoku Hikikomori Japan)全国ひきこもり家族会連合会』の東東京支部でもあります」

——会の名称の由来は?

 「『楽』には『親が不安や悩みを吐き出し楽になると、親を気遣う子も心の負担が軽くなる』という思いを込め、『リーラ』はサンスクリット語の揺らぎ苦しんでいる状態で本人の気持ちを表しています」

——活動内容を教えてください。

 「電話相談や個別面接、訪問支援、親の学習会などを行っています。ひきこもり経験者が主体となって運営し、家族が支援する形です。相談では、経験者と専門カウンセラーがペアを組んで対応します。現在、約200人が会員となっています」

 「毎週水曜日と金曜日の午後には、東京・巣鴨の事務所で、交流の場となるカフェ『葵鳥(あおどり)』を開設しています。ほかに『メタバース居場所』や、自治体からの委託で『居場所』や講演会、地域の集いなども開催しています」


▽安心と自由の「居場所」

——「居場所」とは何ですか?

 「ひきこもりは生きづらさから来ます。当事者は、自分の置かれている状況を話したい、聞いてほしい、それによって気持ちを安定させたい、寂しい、人とつながりたい・・・。でも胸の内を聞いてもらえず、人への不安や社会への不信感を抱えている。家族でさえ信頼できない人も多い。そんな中で信頼できる仲間をつくる場所が居場所です」

——居場所の条件は?

 「一番大切なのは『安心』で、経験者がいることがキーだととらえています。経験者でないと分からないことは多く『私もそうだった』と共感してもらえると、仲間だと分かり、信頼関係ができます」

——安心のほかに必要なものは?

 「もう一つのポイントは『自由』です。自分で判断して行動できることを目標にする。そのためには安心の上に立った自由が必要です。葵鳥でも、仲間とつながってもいい、コーヒーだけ飲んで帰ってもいい、待ち合わせの場所にしてもいい。自由です。うるさい目がなく拘束されないよう、当事者の要望に従って喫茶店スタイルにしています」


▽匿名で話のキャッチボール

——「メタバース居場所」は聞き慣れない言葉ですが。

 「ネット上の仮想空間に設けた交流の場に、パソコンやスマートフォンから、自分の分身(アバター)が参加し、匿名で会話をします。4月に第1回を開き3人が参加しました。3次元空間ではなく平面的な2次元でしたが『気持ちが落ち着く。参加しやすかった』と好評でした。6月、8月、10月にも開催予定です」

——会話の内容や進め方は?

 「テーマは特に設けず、結論を出す訳でもなく、話のキャッチボールをします。生きづらさと、それから来るひきこもりについての会話が多く、経験者同士で通ずるものがあります。会話に参加するスタッフは、同じ目線で話ができる経験者にしました」

——なぜ仮想空間なのですか?

 「相談をしてきた当事者に会の事務所に来てもらおうとしても、家から出られない人がいます。人の視線が怖く、電車やバスでの移動が困難なのです。仮想空間だと自宅から参加でき、匿名性が担保されているので安心感がある。それが対面との大きな違いです」

——仮想空間が最終形ですか?

 「長期間ひきこもっている人は、対人関係の経験が少なく、集団の中でどうしたらいいか分かりません。仮想空間で雰囲気に慣れ、現実の交流の場でつながってもらう。そこから人との関係を作り、具体的に社会にかかわるきっかけになれば、と考えています」


▽助成で新事業取り組み

——居場所の出前もしているのですね。

 「5月17日に東京・渋谷で今年の第1回を開きました。葵鳥と同じように交流、喫茶、相談のコーナーを設置し、葵鳥と同じフェアトレードで有機栽培のコーヒー、紅茶を出しました。それも安心の一つです。秋にかけて葛飾区、立川市、西東京市でも行う予定です。ほかに行政からの委託事業もあり、北区では『みんなの居場所』を月2回開催し、月に1回電話相談を行っています」

——どこのNPOも資金面で苦労しているようですが。

 「相談事業や学習会などの会費とカフェ事業などで賄っていますが、カフェの有償ボランティアに出せるのは1日500円から1000円。月例会では参加するボランティアに会費を払ってもらいました。そうしないと運営できないのが現状です」

——行政からの補助金などは?

 「居場所の委託事業で当事者が謝礼をもらった上で活動していますが、補助金はありません。ファイザープログラムの助成は、人件費のほか事務所の家賃、光熱費の補助に使えるので、ものすごく助かります。メタバース居場所などの新しい事業に取り組むきっかけになりました」


▽偏見なくし地域で「自律」支える

——今後の目標は?

 「ひきこもり経験者が自らの経験を生かせる場を作り広めたい。そのために大切なのが、経験者、家族など同じような悩みを持つ人が支え合うためのピアサポーターの養成です。経験者は正規職員として就職できない人がほとんどなので、ピアサポーターとなって委託事業などで活動し、収入が得られるようにしたい。『ピアサポート相談員養成講座』は今年で4年目に入りました。北区委託事業では、民生委員や地域包括支援センター職員などを対象に、居場所事業のサポートをしてくれる人材の育成も計画しています」

 「2番目が財源確保。さまざまな助成金の申請もしていますが、10件お願いして一つもらえればラッキーというくらい厳しいです」

——このほど厚生労働省が、ひきこもり支援強化のため自治体向けのハンドブックをまとめました。

 「ひきこもりを医療の対象として就労が目的だった従来の指針と異なり、当事者が主体的に考えて行動する『自律』を目標としています。医療モデルから社会モデルへと大きく変化しました。地域のみんなでひきこもりの家族みんなを支える。そのために、ひきこもりに関する正しい知識を持ち、偏見をなくすことから始めることが重要です」


<ファイザープログラム>
 ヘルスケアを重視した社会の実現に向け、市民団体や患者団体、障がい者団体による「健やかなコミュニティづくり」の試みを支援するのを目的に創設された。2001年からこれまでに473件のプロジェクトに総額8億8944万円を拠出。第25回助成については、5月26日(月)にオンライン公募説明会も開催する。詳しくは専用サイト。

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