黒いレザージャケットを着た5人の男たち〜ハンブルク【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

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2025年05月24日 10:30  週プレNEWS

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ビートルズがデビューしたライブハウス「インドラ・クラブ」。イギリス・リバプール出身のビートルズだが、1960年8月、ドイツのハンブルクでデビューした

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第111話

筆者の数少ない趣味のひとつが「ビートルズの聖地巡礼」。ハノーファーでの仕事を終え、飛行機の乗り継ぎのためにハンブルクへ。出張の「空き日」のハンブルクでは洗濯をして、ビートルズ・デビューの地を訪れる。

【写真】ビートルズがデビューしたライブハウス「インドラ・クラブ」

* * *

■ドイツ鉄道の妙

ハノーファーでの研究集会(110話)を終えて、ICE(ドイツの新幹線みたいなもの)で一路、ハンブルクへ向かう。

ちょっと調べてみると、ハンブルクは、ベルリンに次いでドイツ第2の都市とのこと。ミュンヘンやフランクフルトの方が大きいのかと思っていたので、これはちょっと意外だった。

――と、これはドイツにかぎったことではないのかもしれないが、それにしてもドイツ鉄道、である。出発や到着が遅れることはまあ海外ではよくあることなのでまだしも、乗車予定の電車の到着ホームが直前になって変更になる、予約しているシートに平然と誰かが座っている、YouTubeでハードロックを爆音で流し続ける人がいるなど、今回のカオス具合は今まで乗った海外の鉄道の中でも指折りのものだった。

そんなにいろいろな国の鉄道に乗ったことがあるわけではないが、ドイツはヨーロッパの中ではきっちりしてそうなイメージがあるのに、経験上、ドイツ鉄道のカオスさはなかなかのものである。2023年1月にパリからフランクフルトに向かう時(74話)には、ひとつのホームにふたつの電車が同時に乗り入れ、それぞれが別々の方向に出発する、という離れ業もやってのけていた。

いまだに自動改札もなく、券売所には長蛇の列。客が並んでいるのに同僚とのおしゃべりを平然と続けて、時間通りに電車の運用もできないような国に比べて、なぜ我が国の経済はうまく回らないのか? いつも不思議な気持ちになる。いろいろなことをきっちりちゃんとこなしているのに、その分の効率はいったいどこに消えているのだろうか? 国民の頑張り具合の差では絶対にないような気がするのだけれど。

■長旅の途中でしなければならないこと

今回の出張はここまで、おしなべて天気があまり良くない。雨が降るというのでもなく、とにかくほとんどずっと曇天である。ハノーファーの研究集会で会った人たちは、ハンブルクではエルベ川のクルーズを薦めてきたが、こんな天気ではとてもそんな気分にはならない。そんな天気などにも引きずられてなんとなくどんよりとした気分が抜けないので、気晴らしも兼ねて、ホテルで洗濯をすることにした。

1週間を超える長旅の場合、どうしても途中で、洗濯などの身の回りのことに時間を費やす必要がでてくる。移動日や週末(参考:用務がまったくない日は、出張日当が出ない「空き日」となるのです)などは、だいたいそういう雑務に充てることにしている。

コインランドリーがホテルや近くにある場合には、それを使って溜まった汚れ物をすべてごっそり洗うのだが、ハンブルクではあいにくそれが叶わなかった(コインランドリーが近くになかった)。こういう場合は、パンツや靴下といった下着類や薄手のTシャツなど、部屋干しでもすぐ乾くようなものだけを、ホテルの部屋の洗面所で手洗いする。日本ではまずやることはない面倒事ではあるが、長い海外出張の中だと、これが良い気晴らしになったりもする。

CNNを流しながら、洗面台に立つ。下着類を濡らし、ボディーソープで適当に泡立てて手もみして洗い、水ですすぐ。それらをよく絞って、バスタオルに包んで、足で踏んで脱水する。あらかた水気が抜けたら、それを部屋干しする。直木賞作家の角田光代さんも、旅エッセイ『世界中で迷子になって』で同じようなことを書いていたが、こうやって洗面所で下着を手洗いしているときが、異国を旅していると実感する瞬間だったりもする。

ハノーファーで、ラヴィたちと飲みに繰り出したときに着ていたTシャツ(109話)についたタバコのにおいがなかなか取れず、これだけは別に数回洗い直した。数年前まで私がタバコを吸っていた頃、周囲の人たちはいつもこれを黙って我慢してくれていたのかと、なんともいたたまれない気持ちになった。

■ビートルズ聖地巡礼

私の数少ない趣味のひとつに、「ビートルズの聖地巡礼」がある。イギリス・リバプールで生まれた彼らであるが、ビートルズは65年前の1960年に、ここ、ドイツのハンブルクにある、「インドラ・クラブ」というライブハウスでデビューしたのである。

私はビートルマニアだが、特に後期ビートルズが好きなので、初期の曲は普段はほとんど聴くことがない。しかしここではせっかくの機会なので、「ツイスト・アンド・シャウト」や「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」などを聴きながら、レーパーバーンの目抜き通りをひとり練り歩いたりした。

――それにしても、である。ここでどさ回りライブをしていたわずか5年後に名盤『ラバーソウル』を発表したのかと思うと、改めてその進化の速度に度肝を抜かれる。そしてそれからさらに5年後の1970年には解散である。わずか10年でこれほどまで劇的に進化するものかと、レーパーバーンにあるバーのテラス席でビールを飲みながら、しみじみと思ったりもした。

■エルベ川沿いでのひととき

ビートルズの出身地であるリバプールと同じく、ハンブルクも港町。2週間前に訪れた、白亜の巨大な建物がずらっと並んでいたウィーン(97話)とは対照的に、赤レンガの建物がエルベ川沿いに並ぶ。束の間の晴れ間を縫って街に繰り出し、川沿いのカフェのテラス席で、ビールを飲みながら食事をとることにした。

選んだメニューは、ハンブルク名物である「ラプスカウス(Labskaus)」。目玉焼きの下にある生肉のタルタルのようなものは、コンビーフとジャガイモとビーツのミンチを混ぜ合わせたもの。写真左手にあるのはニシンの塩漬け。どちらもなかなかおいしかった。

――と、あれ? ビートルズつながりでリバプールのことを考えていたら、不意にひとつ思い出したことがあった。

リバプールには、「スカウス(Scouse)」という名物料理があるのである。スカウスは洋風の肉じゃがみたいなもので、ハンブルクの「ラプスカウス」とは似ても似つかない。名前が似ているはただの偶然だろうか?

港町なだけあって、カモメの鳴き声が辺りに響いている。ラプスカウスを食べ終えた後、ビールを飲みながら、テラス席でそのまま書き物をしたりする。

ビートルズゆかりの地でカモメの鳴き声を聴いていると、ふと、ビートルズの名盤『リボルバー』に収録されている、最後の曲のイントロが想起されたりもする。今回の旅も、この辺でそろそろ折り返しに入る。

文・写真/佐藤 佳

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