<インタビュー>
フィギュアスケート男子でアイスダンス転向を発表した島田高志郎(23=木下グループ)が、決断に至った経緯を明かした。5月9日には23年全日本ジュニア選手権女子2位の櫛田育良(いくら、17=木下アカデミー)とのカップル結成を発表。このほど日刊スポーツの単独インタビューに応じた。シングルでも22年全日本選手権で2位となったトップ選手の1人が、新種目に挑戦する理由に迫った。【取材・構成=松本航】
◇ ◇ ◇
176センチの長身を生かした、ジャンルを問わない表現力。島田のアイスダンス転向はオフの大きな話題となった。9月で24歳。ひっそりと描いた構想だった。
「実は何年も前から周りに『どう?』と言われていました。その時は『自分には無理だ』と思いました」
|
|
男女2人1組で滑るアイスダンス。「氷上の社交ダンス」とも呼ばれ、要素にジャンプはない。肝となるスケーティング技術に自信が持てずにいたが、興味はあった。1つの契機が22年12月。全日本選手権で宇野昌磨に次ぐ2位になった。
「『もっと上を目指す気持ちが生まれてくるかな』と思いましたが、実際は1つの満足になりました。あの年で(競技者を)やめようとすら思っていました」
周囲にはシングル選手として、さらに世界へ羽ばたくステップに見えた。だが、近年は股関節の痛みにも悩まされた。本来、大事にしたい感情が欠けていた。
「シングルで得られなかったことに五輪や世界選手権という場での、達成感があります。シングルでも、もっと欲深くいけば良かったけど、置かれた状況もあって自分を柔らかくしてしまった。それでも『また頑張ろう』と思えるきっかけが、アイスダンスでした」
15歳だった17年夏、06年トリノ五輪男子銀メダルのステファン・ランビエル・コーチ(40)に師事した。人口約1400人の村、スイスのシャンペリーに単身で拠点を移した。師は提示された練習をこなすのではなく、自らの意志で進むことの価値を教えてくれた。
|
|
「一言で言うと“人間”を与えられました。価値観がどんどん変わりました。ずっと人と過ごしていると、嫌な部分も見えてくるはずです。それが一切ないのがステファン。やると決めたことを、徹底的にサポートしてくれるコーチです。自分がやりたい表現、新たな世界の広がりを考えた時、より険しい道がアイスダンスでした。自分で決めたことですが、ステファンも背中を押してくれました」
6歳下の櫛田とカップルを結成し、拠点は京都に移る。約7年半過ごしたアルプス山脈の麓を離れ「すごく寂しい。一生いたい環境でした」と本音が漏れる。努力の先に、シングルでは立つことができなかった五輪や世界選手権が見える。
「相当な覚悟が必要です。ステファンからの学びで大事にしたいのは人とのつながりと情熱。何事も情熱を持っていれば、人生が豊かになると考えています」
シングルとはスケート靴も異なり、文字通り一からの挑戦となる。欲深く、険しい道に1歩を踏み出す。
◆島田高志郎(しまだ・こうしろう)2001年(平13)9月11日、愛媛県生まれ。15歳からスイス・シャンペリーが拠点。岡山・就実高を経て、早大人間科学部通信教育課程。22年全日本選手権は宇野昌磨に次ぐ2位。趣味は料理、美しい国や景色を見ること。176センチ。
|
|
◆櫛田育良(くしだ・いくら)2007年10月29日、愛知県生まれ。20年に京都・宇治市に誕生した木下アカデミーへと拠点を移す。全日本ジュニア選手権は23年の2位が最高で、24年世界ジュニア選手権5位。愛知・中京大中京高(通信制)3年。趣味はダンス。166センチ。
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 Nikkan Sports News. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。