「自炊してる」と言いづらいのは"食べ物がおいしすぎる”から? 自炊料理家・山口祐加さんが語る「味よりも大事にすべきこと」

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2025年06月18日 22:00  クックパッドニュース

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クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」。食や料理に熱い思いを持ち活躍するゲストを迎え、さまざまな話を語ります。クックパッド初代編集長の小竹貴子がパーソナリティを務めます。今回は、自炊料理家の山口祐加さんがゲストの後編です。

自炊に存在する“見えない壁”を壊したい

小竹:今年3月に出された佐々木典士さんとの共著『自炊の壁』ですが、すごくいいですよね。


山口さん(以下、敬称略):ありがとうございます。2年半かけて作った本なのですが、『自炊の壁』というタイトルは最初から決まっていたんです。佐々木さんの本が面白かったので、Voicyに遊びに来てくれませんかと誘ってみたのがきっかけになりました。

小竹:そんなきっかけだったのですね。

山口:対談をしたらものすごく話が盛り上がったんです。佐々木さんは「物が少ないと生活が楽しくなる」と話していて、私も「料理に使う調理道具や調味料は最低限でいい」と思っていて、そういうところがすごく似ていたんです。

小竹:うんうん。

山口:ただ、佐々木さんは料理を作ってはいるのですが、ほぼ毎日同じものを召し上がっていたので、その状況を「自炊ができる」と言ってもいいのかと悩んでいて…。自炊をしているのに、していますと言いにくいこの空気感は何なのだろうかという感じで…。

小竹:ご自身で何か課題意識などを持っていたのでしょうか?

山口:自分が食べる分は作れるけど、いざ人に作ろうとしたときに、普段自分のために作っているものはちょっと出せないみたいな気持ちがあるようです。飲みの席とかで「自炊してる?」と聞かれたときに「してるよ」と言えないのはなぜなのかみたいなところから、それは世間の空気感としてあるという話になり、そういう“見えない壁”が自炊には存在しているので、それを壊す本を作ろうという感じになりました。

小竹:挙げてみたら100個も壁があったそうですね?

山口:そうなんです。コスパの壁、レシピの壁、味の壁、献立の壁、キッチンの壁といった感じです。

小竹:味の壁のところで、「おいしすぎるとつまらない」と書いてあって衝撃だったのですが、なぜおいしすぎるものはつまらないのでしょうか?

山口:日本の外食はすごくおいしくてレベルが高い。ニュース番組とかで訪日外国人の方がコンビニのおにぎりを食べて感動しているのを見ますが、そういうのも日本特有だと思うんです。メキシコのコンビニに売っているピザとかはもう絵みたいです(笑)。とても食べ物とは思えないような見た目や油っこさで、おいしいかもしれないけど健康にはどうなんだろうみたいな…。

小竹:うんうん。

山口:でも、私たちはコンビニのおにぎりを「おいしかった!」と思うことはあまりないじゃないですか。おいしいものはそれがスタンダードになっていて記憶に残らないというか、スルーされてしまう気がするんです。「なんだろうこれ?」と感じるもののほうが心に残りやすい。

小竹:そうですね。

山口:“おいしい”を求めすぎるとキリがないんです。100点も常に更新できる100点なので、そうなってくるとつらいですよね。たまにまずいものを作ると面白いと最近思っていて、この間もクッキーを焦がしてしまったのですが、「クッキーって焦げるとこんな味だった!懐かしい!」みたいな気持ちになりました。ずっと高いところで走っていると抑揚がないんですよね。

小竹:おいしいものを作らなきゃ、おいしいものを食べなきゃというプレッシャーもありますよね。

山口:日本人はおいしいものを好きすぎるというか、おいしいもののレベルが異常に高い。食偏差値80みたいになっている。しかも、どんどんインフレしていって、すごく繊細になっていく。だからなぜつまらないのかというのは、自分の中でもまだうまく言語化できてない部分もあるのですが…。


小竹:そのおいしいものを求めるプレッシャーから逃れるのがいいということですよね?

山口:100人いたときに、本当においしいものが好きな人は5人くらいで、ほどほどに好きみたいな人が30人。それ以外の60人くらいはどちらでも大丈夫という感じのほうが幸せな気がするんです。おいしいものを異常に好きになっていくと、こだわりもすごく出てきて、にんにくとか生姜はすらなきゃいけないみたいに、こうじゃなきゃいけないというものが増えていく。それがマストになると、疲れているときには作れなくなってしまう。

小竹:作るもののレベルも上がってくるので、「私には作れない」ということにもなってしまいますよね。

山口:高級レストランで食べた料理が心にすごく残っているかというと、意外とそうでもない。すごくおいしいけど、フレンチを食べたら帰り道に疲れたと感じることもありますよね。緊張感もありますし。

毎日の食事とは“平熱で食べる”こと

小竹:日々の食事で、おいしさよりも大事にしたほうがいいものはありますか?

山口:毎日食べられたらいいくらいの感じです(笑)。自分の中で残り物を食べるハードルもすごく下がりました。1年前までは毎日違うものを食べたいという人間でしたが、3日間くらいまでは同じものを食べられるようになりました。そうすると、作ったものが冷蔵庫の中にあるので、焦らなくていいからすごく気楽になりました。


山口さんのお昼ごはん。魚の煮付けのリメイク炊き込みご飯、新玉とツナ缶のサラダ、豆腐とニラの味噌汁

小竹:残り物もおいしいと感じるようになったということですか?

山口:味自体はもう知っているので、おいしいという感覚ではなくなりました。ただ、平熱で食べるという感じです。「おいしい!」ってハイで高熱じゃないですか。南蛮漬けとかは味が馴染んでおいしくなるかもしれないですが、昨日食べたのに「今日もすごくおいしい!」という感じでは食べられない料理もたくさんある。でも、ごはんとはそういうものだなという気持ちになりました。

小竹:それが“日常”ですもんね。

山口:歯磨きをするときにテンションは上がらないみたいな感じですね。今までは毎食すごくおいしいものを食べたいというところにいたのですが、そうすると自分のこだわりとか、熱いうちに食べてほしいとか、そういうものがすごくあったのですが、冷めても大丈夫、1品少なくても大丈夫、野菜が少なくても大丈夫といった感じでレンジが広がったことで、昨日のものもすんなり受け入れられるようになりました。

小竹:私も仕事から帰って、朝作った味噌汁を冷蔵庫から出して飲むのですが、なんかほっとします。毎日の食事とはそういうことなのでしょうね。

山口:毎日の食事って本当はこうだよねということを言う人がほとんどいない。私もレシピ本などを作るときに、写真は作りたいと思ってもらうための大事な素材なのでプロのカメラマンに頼むのですが、目で見るより綺麗に撮れてしまうんです。だから逆に、クックパッドとかに載っている、普通の人たちが蛍光灯の下で撮った料理の写真が私は好きなんです。

小竹:私も大好きです!SNSでああいった日常の写真ってなかなか見ませんよね。

山口:見ないです。Instagramとかだと綺麗に整えられていて、ものすごい品数の食卓がありますよね。その品数たくさんの人たちも上手に作れたから載せているような気がしていて、毎回そんなにたくさん作れるわけじゃないから、昨日の残りを食べている日もあると思うんです。その見せていないところの一部がクックパッドでは見られるので、たまに見にいきます。おいしそうなんですけど、おいしそうが1位じゃない良さがありますよね。

小竹:「冷蔵庫にあるものでとりあえず作りました」と書いてあることも多いので、日々の食事とはそういうことだなと実感できますね。

山口:再現性がないものもあって面白いですよね。これが残っていないとできない料理だなって。私はそういったものを「流れ星みたいな料理」と呼んでいます。そういったものにたくさん巡り合えるので、クックパッドのレシピサイトは面白いです。

「自炊ネイティブ」になれたらどこでも生きていける

小竹:祐加さんは7歳から料理をしていたということですが、きっかけは何だったのですか?

山口:母親がすごく疲れて帰ってきて、「今日は祐加ちゃんが作らないと夜ご飯がないの」と言ったんです。冗談で言ったらしいのですが、私はそれを真に受けてうどんを作ったのが最初です。工作が好きだったので手を動かすことがすごく楽しかったですし、食いしん坊だったので、手を動かして楽しくておいしいものもついてくる、さらに母親が喜んでくれるという「おまけが3つもついてくる!」みたいな感じでした。

小竹:うんうん。

山口:それで、小学校の図書館で子供向けのレシピ本を探してきて、母親に「週末にこれを作りたいから材料を買ってきて」と言って、麻婆豆腐や唐揚げ作っていました。

小竹:ちゃんとした本格料理なのですね。

山口:私も『子ども自炊レッスン』という子ども向けの本を出していますが、知っている料理のほうが作りたい気持ちになると思って、みんながわかるような料理を中心に紹介しているのですが、その本もそういった感じでした。

小竹:そのときの経験から、子どもの頃から料理をすることは意味があると感じたのですか?

山口:私にとって料理をすることは生活の一部で普通のことなんです。子どもの頃から料理をしていると、料理に対するハードルがない。私はそれを「自炊ネイティブ」と呼んでいるのですが、そういう風に育ってくれたらどこでも生きていける。料理ができないと都会でしか生きていけないのでね。

小竹:そうですよね。

山口:だから、子どもがこれから育っていったときに、海外で働くという選択肢や地方で仕事をするといった選択肢も広げてあげたいと思うなら、自炊をどこかのタイミングで教えてあげたほうがその子のためになると私は思っています。

小竹:私も子ども向けの料理教室や学校で調理実習をやっていますが、子どもたちが「料理がこんなに大変だとは思わなかった」と言うので、親への感謝の気持ちが生まれたり、リクエストのハードルが下がったりすることもあるかもしれないですね。

山口:そうだと思います。私のレッスンに通っている子は、仕事が終わったお母さんから電話で「冷蔵庫にあるこれとこれを切っておいて。味噌汁も作っといて」みたいに言われて、それをやっておいて仕上げだけお母さんがやるという形みたいです。

小竹:それ、いいですね!

山口:料理をする人が家にたくさんいるほうが楽ですよね。誰かしかできないと、その人が倒れたときにできなくなってしまう。みんなが料理をできたほうがお互いに気持ちも思いやれるし、助かりますよね。

小竹:料理教室をしていて、子どもの変化を感じますか?

山口:小学校5年生くらいの女の子で、すごく料理が好きで、私のレッスンに通ってさらに好きになって、週4で家族の夜ご飯を作っているという子がいます。母親のほうが夜ご飯を作る回数が少ないという中学校2年生の女の子もいて、最近ハマっている料理を聞いたら「天津飯」と言っていて、私は天津飯を作ったことがないので驚きました。どんどん先に行っていて素晴らしいと思いますね。


山口さん主宰の子ども自炊レッスン(オンライン開催)の様子:伊野妙さん提供

小竹:楽しくなったのですかね。

山口:そうだと思います。彼女は本当に料理が好きで、料理をさせてほしいんです。させてほしい人にやってもらうのが一番いいと思うので、親である必要はない。子どもができるのだったら子どもがやるほうがいいと思います。私も7歳からやっているので料理歴が20年以上になるのですが、勝手に経験が積めるのもいいですね。

小竹:そうですよね。

山口:1人暮らしを始めた大学生くらいの頃から、一汁一菜生活に辿り着いていて、カレイの煮付けとか、かなり落ち着いた料理を大学生のときにもう作っていました。オムライスとか派手な料理は全て中学生の頃にひと通り通り過ぎましたね。

小竹:それはどうやって覚えたのですか?

山口:中学校が寮生活で3週間に1回しか実家に帰っていなかったのですが、週末になると学校から近い子は家に帰って、遠い子たちだけ残っていたんです。そのときに1人500円くらい予算が出たので、何を作るかみんなで決めて買いに行ったりしていて、15人分のオムライスとかを包んでいましたね。

小竹:私の下の子がなかなか料理に興味を持ってくれないのですが、子どもに料理に興味を持ってもらうにはどうしたらいいですか?

山口:興味を持つ子と持たない子はやっぱりいると思います。だけど、持たない子も掃除や洗濯と同じくらいのレベルでできたら十分です。お味噌汁だけ作るとか、卵と野菜を炒めるとか、その子が十分と思えるものが作れるのならいい。母親がすごく料理好きで、子どもが料理に興味を持たない場合、母親のレベルを子どもに求めてしまうと、それはまた違ってきてしまう。

小竹:それ、私かもしれない(笑)。

山口:お母さんがすごく料理上手で何品も出てくるのがスタンダードなので、自分が作ったときに品数の少なさや使う食材の少なさなどが目立ってしまうという人は、私の料理教室にもいます。だから、その子のスタンダードが何かというのをヒアリングするというか。

小竹:袋麺にもやしを入れたりすることはできるのですけどね。

山口:それで十分です。そこに卵を乗せてハムを切って入れればもう完璧。1食にたんぱく質と野菜と炭水化物が入っていればいいので、袋麺は炭水化物が多いから明日の朝の味噌汁に野菜がいっぱい入っていればいいと考えられるようになったら、もうそれは自炊ができるということ。細かくやり始めるとキリがないので、その3要素が入っているからOKみたいな感じでいいと思います。

“料理音”は料理している人にしか出せない

小竹:食べることと作ること、どちらが好きですか?

山口:圧倒的に作ることが好きです。食べることも好きですが、作りたい気持ちが大きすぎて、いっぱい作りたいから友達を家に呼んでいます。今、一時的に実家に住んでいますが、母と父にも「できるだけ家にいてください」「時間が遅くてもいいので、家のものを食べてください」と言っています。練習もしたいので、作って食べてもらうという感じですね。

小竹:海外に行っているときも作っていたのですか?

山口:米2キロと味噌を持って行って自炊をしていました。あと、お世話になったお家でおにぎりを作ってあげたり、じゃがいもや玉ねぎはどこの国でもあるので、そういうものでお味噌汁を作ってあげたりするとすごく喜ばれましたね。

小竹:うんうん。

山口:メキシコシティとかは標高が高くて、お米を普通に炊いてもちょっと固いんです。標高とかは日本に住んでいるとあまり概念として存在しないので、それもすごく面白かったです。ペルーとかは標高が高くて、みんな圧力鍋で料理をしている。スープも多いのですが、どんなものも長く煮れば火が通るみたいなのも面白かったですね。

小竹:世界を回りながら家庭の味も体験しつつ、自分もそこで作ってみるといった感じ?

山口:そうですそうです。だから、失敗もあって面白かったです。ナスの味噌炒めはどの国に行っても大人気でしたし、イワシのなめろうをポルトガルで作ったのですが、現地の人がパンを切って、その上にイワシのなめろうを乗せてタルタルソースみたいにして食べていて、そういう食べ方の違いもわかって、すごく面白かったですね。

小竹:今後やってみたいことはありますか?

山口:「聞くだけでごはんができるラジオ」というPodcast番組を最近始めたんです。料理を一緒に作る初心者向けの番組で、第1回目はかちゅー湯というかつお節とお味噌で作る即席味噌汁を作りました。毎週1個の料理を紹介して、半年後くらいには冷蔵庫にあるものでちゃちゃっと作れるようになるのではないかという希望的観測を持ってやっています。

明日からポッドキャスト番組「聞くだけでごはんができるラジオ」をはじめます!料理初心者さんや、腰が重い人たちに向けてお届けする実践型番組です。半年聞いて、一緒につくると、冷蔵庫にあるもので料理できるようになるはずです🙌🏻 聞いてもらえたら嬉しいです!またお知らせします! pic.twitter.com/8oXhrQxRRZ

— 山口祐加@自炊料理家 新刊『自炊の壁』発売中🍳 (@yucca88) May 7, 2025

小竹:うんうん。

山口:レシピ動画とかだと編集されてしまっているので、5分がどれくらいの長さなのかがわからないと思うんです。第3回目はチキンステーキを紹介するのですが、7分くらい触らないでくださいみたいな感じで、その7分を私のトークで繋ぐんです。そうしたら聞いていられるじゃないですか。肉が焼けてきたみたいなのが見られるのがすごくいいなと思っています。

小竹:本当に一緒に作って同時にできる感じですか?

山口:そうです。でも、お肉とか炒め物とかはフライパンを振るイメージが強いので、どうしても触っちゃう人も多いんです。ただ、そうすると熱源から動いちゃうので火が通らない。だから、「この間は触るな」というのができるのがいいかなと思っています。

小竹:いいですね。

山口:友達と電話をしている感じで料理ができたらいいなと思っています。実際、よく電話をする友達がいて、その彼女に冷蔵庫に何があるかを聞いて、「それとそれがあるのなら、これとこうしたらおいしいよ」みたいに勝手に相談に乗っているのですが、それを自分でやってみようと思ったんです。

小竹:音があるのはいいですよね。この番組も料理しているときの音に対して、「こういう音なんですね」と言われたことがあるんです。

山口:料理音は料理している人にしか出せないので、それはもう特権だから使おうと思っています。

小竹:楽しみです。一緒に盛り上げていきましょうね。

山口:ぜひぜひ。本当ですよ!

(TEXT:山田周平)

ご視聴はこちらから


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【ゲスト】

第32回・第33回(6月6日・13日配信) 山口祐加さん


自炊料理家/1992年生まれ。東京都出身。出版社、食のPR会社を経て独立。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。現在は料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」やレシピ・エッセイの執筆、ポッドキャスト番組「聞くだけでごはんができるラジオ」などは多岐にわたって自炊の楽しさを発信する。著書に『自分のために料理を作る―自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社/紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『自炊の壁 料理の「めんどい」を乗り越える100の方法』(ダイヤモンド社)など多数。

HP: 自炊料理家・山口祐加 Official Website
X: @yucca88
Instagram: @yucca88

【パーソナリティ】 

クックパッド株式会社 小竹 貴子


クックパッド社員/初代編集長/料理愛好家。 趣味は料理🍳仕事も料理。著書『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』『時間があっても、ごはん作りはしんどい』(日経BP社)など。

X: @takakodeli
Instagram: @takakodeli

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