BYDの軽EVは日本で売れるのか 苦戦が予想される“これだけの理由”

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2025年06月20日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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BYDが考える“軽EV”のカタチ

 中国の自動車メーカーBYDが、日本の軽自動車の規格に合わせたEVを開発して日本市場に投入すると話題になっている。それも2年後、3年後の話ではなく、2026年中だというから相当なスピード感だ。


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 突然降って湧いたような話に、日本の軽自動車メーカーの危機感をあおるような記事を見かけるが、筆者はいろいろな意味で、この話は懐疑的に見ている。


 まず、BYDが軽自動車の生産に乗り出すのは間違いないとして、それが日本でヒットするかはかなり微妙なところだ。EVに対する捉え方や感覚が、日本人と中国人とでは違うからだ。


 それは「中国製=品質が低い」といった古い認識や「中国が嫌いなので、中国製品は買わない」といった感情論などとはまったく次元の違う、モノづくりに対する根本的な考え方の違いだ。


●軽EV開発の予兆はあった


 「BYDが軽規格のEVを開発する」予兆は年初から現れていた。2025年2月に東京ビッグサイトで開催された展示会「スマートエネルギーウィーク」で、BYDブースの隣でライバルであるCATLが軽自動車用のバッテリーパックを展示していたからだ。これを事前に知らなかったとしたら、BYD側のショックは相当なものであり、自社でも開発を急がせただろう。


 事前に知っていたのなら、元々バッテリーメーカーであるBYDは、軽自動車に搭載するバッテリーパックだけでなく、軽規格EVの開発をスタートさせていたに違いない。


 いかに日本の自動車メーカーとは開発のスピード感が違うといっても、おそらくは昨年後半には軽規格EVの構想が持ち上がり、開発がスタートしていたのだろう。バッテリーパックを展示したということは、少なくとも試作の台車(シャーシのみの実走試験車)やスタイリングの検討は進められていたはずである。


 報道によると、BYDが開発しているのは、日本の軽規格に収まる車高が高めのEVで、いわゆるスーパーハイトワゴンと呼ばれるジャンルのクルマらしい。この点については、目の付け所が良い。


 ホンダの「N-VAN e:」のように、軽貨物ジャンルに挑んでも、大きなメリットは見込めない。ある程度の価格を維持しながら、充実した装備と十分な航続距離を実現することで、ユーザーへの訴求力は高まるからだ。


 しかしBYDに限ったことではないのだが、中国の自動車メーカーは日本市場での販売における致命的な問題点に気付いていない。その問題点を問題と認識していない(もしくは解決の優先順位が低い)から、日本での成功は難しいと思うのだ。


 では、その致命的な問題点を詳しく見ていこう。


●安全性が高いバッテリーでも過信は禁物


 BYDが採用しているブレードバッテリーはリン酸鉄リチウムイオンだ。リン酸鉄リチウムバッテリーは、高性能な三元系と比べるとエネルギー密度は低いものの、材料コストが低く、安全性が高いといわれている。確かに電極や活物質の違いで熱暴走しにくい特性を獲得しており、サイクル充電回数も三元系の3〜4倍はあるのは強みだ。


 それでも安全とは言い切れない。有機溶剤を使っている以上、熱暴走しにくいだけで、発火すれば消せないのは同じである。実際、昨年立て続けにBYDのディーラーが火災に見舞われている。出火原因は不明というものもあるが、新しく建設されたディーラーで火事が起きるということは、漏電などが原因である可能性は低い。つまりブレードバッテリーでも車両火災は起こり得るのだ。


 EVが火災事故を起こしても「自分のクルマは大丈夫」と根拠のない自信(確率論から、周囲のEVが燃えることで、逆に自分は大丈夫とでも思うのだろうか)でEVを乗り続けるケースも中国では少なくないようだ。自分の身内がEV火災に遭えば心配し、不安になるだろうが、他人のクルマであれば深刻に受け止めないのかもしれない。


 世界最大のバッテリーメーカー、CATLの会長が昨年中国で開催された「2024年世界動力電池大会」において、「2023年のEVは、1万台に対して0.96台は火災が発生する可能性を抱えている」と明言した。


 これは問題解決を提唱する意図での発言だったようだが、堂々と自社製品の欠陥を認めるようなことは日本メーカーではあり得ない。そのような品質での販売は、日本のメーカーでは通常考えにくい。


●国内バッテリー工場の徹底した品質管理


 先日、日本のバッテリーメーカーの生産工場を見学する機会に恵まれた。日産/三菱車やホンダ車、マツダ車向けにリチウムイオンバッテリーを供給しているAESCジャパンの座間工場だ。同社は元々、日産自動車がリーフのバッテリーを生産するために設立したオートモーティブ・エナジー・サプライ(AESC)だったが、2019年に中国資本に売却された。


 古くからの日産車ファンなら名称から想像できる通り、旧日産座間工場の跡地の一部が所在地だ。ここでは日産車と三菱車のEVとPHEV向けのリチウムイオンバッテリーを生産している。


 AESCジャパンの松本昌一CEOの話を聞くと、中国資本になったとはいえ、従来の品質管理を徹底した姿勢を守っていることが伝わってくる。17年間で生産したEV用バッテリーは100万台規模であるのに対し、出火事故ゼロという実績が、高い品質を裏付けている。


 その生産工場内はかなりのレベルまで自動化されており、人の手で組み付けや加工する部分は確認できなかった。


 であれば、日本で生産しても中国で生産しても変わらないと考える人もいるかもしれない。しかし、実際には同じ生産機械を使ったとしても、品質には差が生じるのである。


 また、工場内を歩きながら生産工程の説明を受けた際に知ったのだが、完成したバッテリーセルは1週間はエイジングとして寝かされるという。それによって内部に不純物があれば発見しやすくなるそうだ。日産のEVの安全性の高さは、こうした取り組みが安全性の高さに寄与しているのは確かだ。


 他のバッテリーメーカーもエイジングによって特性を安定させることはあるようだが、これほど長く保存することはないという。中国の電池メーカーなどは、寝かせるよりすぐに出荷した方が生産効率が高まると考えるだろう。


●10%の不良率をどう解決するか――日本人と中国人の違い


 電池関係の展示会では、電池本体や性能・品質を評価する技術などだけでなく、製造装置も出展されていた。


 電池を生産するための装置の一つ、ローラーのメーカーと、そのローラーで送られるフィルム(セパレーターとして使われるもので、上に活物質を塗布する)の異物を除去する装置のメーカーに話を聞いた。


 それによると、ローラーの精度やフィルムの歪みを防ぐノウハウ、フィルム状の異物をエアで飛ばしながら別の部分で再付着を防ぐ除去の仕組みなど、日本のバッテリーの高品質を支える要因の一端が垣間見えた。これらの製造装置は、中国など他国の電池メーカーにも販売されているという。


 ならば品質の差はどこで生まれるのか。あるメーカーの説明員は「中国のメーカーは不良品率が10%であれば、100個の製品を送る際に、あらかじめ10個の代替品を追加して納品する」のだという。


 日本メーカーであれば、不良品率を1%以下にするよう努力し続けるが、中国のメーカーはそうした努力よりも代替品をサービスして、開発のリソースを次世代製品に注ぎ込もうという考えなのだろう。


 合理的ではあるが、現時点での製品のユーザーにとっては「壊れたら交換してくれる」よりも「壊れない製品」こそ必要なのだ。同じ製品保証でも、これほどのスタンスの違いがある。


●日本のユーザーは安全性重視


 中国のXiaomi(シャオミ)の高性能EVセダン「SU7 Ultra」がドイツのニュルブルクリンク北コースでEVセダンのコースレコードを更新したことが報じられた。今日のモーター技術、バッテリー技術、サーマルマネージメントを駆使すれば、途方もない速さを実現するのはある意味簡単だ。


 足回りとブレーキを作り込み、高性能なタイヤを履かせてスキルの高いドライバーに運転を委ねれば、ラップタイムはみるみる縮まるだろう。しかし市販車において重要なのは、そんな一発の絶対的な速さではなく、誰もがいつでも安心して走れる操縦性や信頼性、耐久性を備えていることだ。


 障害物を検知して衝突3秒前に警告を出したのちに、運転を突然ドライバーに任せるような自動運転システムを量産車に搭載している時点で、ユーザーの命を軽視しているかのような印象を与えるのは否めない。幸い日本にはまだ上陸していないが、仮に発売されたとしても、販売台数はBYD同様に限られるだろう。今は中国や韓国でユーザーが信頼性や耐久性のテストをしていると思えるような状況だ。


 したがって、BYDが軽規格EVを作っても、その品質に対する姿勢がこれまでのEVと変わらなければ、日本市場ではそれほど売れることはないだろう。


 いかに高性能でリーズナブルであろうとも、他社には真似できないほどのノウハウがなければ、見えない部分で手抜きをしていることになる。そうでなければ不当なダンピングをしていると考えられる。


 外貨を稼ぐために中国政府が補助金政策によって価格競争を仕掛けてきたとしても、日本のユーザーは安全性重視。それを日本の自動車メーカーは十分に理解している。時間はかかるだろうが、海外でも日本ブランドのEVの安全性が評価される時代がきっと来るはずである。


(高根英幸)



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