「子育てへの理解など、労働条件がいい。転職すべきなのか、迷います」(村上さん)賞与の時期に浮かぶのは笑顔ばかりではない。大量リストラ、納得のいかない査定、不祥事のしわ寄せ……。今年も「夏のボーナス」は企業の本音をあぶり出す。話題になった企業に勤める社員たちはいくらもらい、何を思ったのか。その“実額”を調査した──。
◆賃上げしたはずなのに「年収が50万円減った」
「去年までは、3月に出る決算賞与が100万円近くありました。しかし、今年から決算賞与を廃止にすると会社から通達があり、550万円あった年収が50万円も減る計算なんです」
そう話すのは、東北地方に本社を構える中小食品メーカーで営業職として働く村上亜希さん(仮名・32歳)。納得がいかない村上さんは、会社の上層部に決算賞与廃止の理由を問いただしたという。
「上司の説明では、若手社員の定着を促進するためだという話でした。基本給や夏と冬のボーナスの評価制度を見直し、決算賞与がなくなった分をベースに分配することで額面を増やして採用や定着につなげたいという考えのようです」
◆決算賞与は唯一の“頑張り分”の還元だったのに…
村上さんは営業成績の優秀な稼ぎ頭で、会社への貢献度は十分。今回の若手優遇の給与体系への変更に納得ができるはずもない。
「ウチの営業は歩合もインセンティブもないので、決算賞与が唯一の“頑張り分”の還元でした。基本給は3000円だけ上がりましたが、カットされる決算賞与の金額が大きすぎて雀の涙。しかも、新入社員には高卒や専門学校卒のコも多く、敬語がほとんど使えなかったり、電話やメールの対応もまったくできないようなレベルもザラ。そんなコたちの給料が上がって、年収が下がった私が教育しなきゃいけないのか……」
2児の母でもある彼女。中学受験も検討しており、年収減は死活問題だ。
「これから教育費もかかるし、会社は副業も禁止。これ以上若い世代への優遇が加速するなら、転職もやむを得ないと思っています」
完全な会社都合による若手優遇の煽りを受けた中堅の嘆きは止まらない。
◆リストラ・不祥事企業の中で賞与額に差が出る理由
上述の村上さんのケースに限らず、賞与額の増減を見ていくことで、賞与を調整弁に全体の賃金構造を見直そうという会社側の意図が透けて見えてくる。では、大量リストラを発表した企業や不祥事が発覚した企業の賞与事情はというと、各社に独自色がある。この違いについて、東京商工リサーチの原田三寛氏が解説する。
「直近の相次ぐ大量リストラは、’00年以降で最多だった’09年を上回る勢いで進んでいます。ただ実は、こうしたリストラを進めている企業の多くが黒字なんです」
実際、希望退職者募集を実施した上場企業のうち8割以上が東証プライム上場で、6割以上が直近決算で黒字だ。とはいえ各社の内部状況は、まったく異なる。
「ある大手家電メーカーの大量リストラは利益を確保しながら株主への説明責任を果たす『資本効率重視』のもの。一方、ある自動車メーカーのリストラは、切羽詰まった固定費削減の必要性に迫られた防衛的な整理で、懐事情がまったく違う。後者の場合、前年度の業績を反映した今夏のボーナスはまだよくても、今冬のボーナスがどうなるかはこれから次第でしょう」
◆“ゾンビ企業”が相次ぎ倒産
一方、同社の調査によると、賞与の増額に踏み切った中小企業の割合(45.3%)が、大企業の数値を8.8ポイントも上回ったという。
「中小企業は基本給を大きく動かすのが難しい分、賞与で調整する傾向があるからです。一方、大企業は制度改定の時間軸が長く、賞与も制度設計の一環として硬直化しやすい。規模の違いによって、賞与額の動かしやすさが分かれます」
そして今危ぶむべきは、コロナ禍の助成金で延命した“ゾンビ企業”の相次ぐ倒産だという。
「助成金を食いつぶしてしまった企業は、もともとガバナンスが悪く倒産率も跳ね上がっています。今、国の支援は『売り上げ100億円企業を目指せる会社』にある。いわゆる資金繰り補助から生産性支援へのシフトです。そこに気づけない経営者から脱落していくでしょう」
賞与という制度の中に、企業の体力・方向性・危機意識のすべてが透けて見える。
【東京商工リサーチ 原田三寛氏】
同社情報本部・情報部長。大学卒業後、横浜支店調査部で企業信用調査に従事。’15年から現職。帝京大学元非常勤講師
取材・文/週刊SPA!編集部
―[不祥事&リストラ企業[夏のボーナス]大調査]―