なぜ、1000円超の分度器が人気なのか 測定メーカーがこだわった「4つのポイント」

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2025年10月10日 09:50  ITmedia ビジネスオンライン

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高価な分度器が話題に

 小学生が使う「分度器」といえば、100円ショップなどでよく見かける。分度器だけでなく、コンパス、三角定規、物差しなど、いろいろ購入しなければいけないので、保護者はできるだけ出費を抑えたいところだ。


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 にもかかわらず、1000円を超える高価格帯の商品が話題となっており、予想以上に売れている。精密測定機器メーカーの新潟精機(新潟県三条市)が開発していて、今年の7月に発売したところ「保護者からの問い合わせが多い」(同社の担当者)という。


 商品名は「両面分度器 快段(かいだん)目盛」(半面1320円、全面1980円)。大きな特徴は4つある。


 1つめは「両面タイプ」であること。表面は時計回りで、裏面は反時計回りである。2つめは「色分け」していること。表面の数字はピンク色で、裏面は水色である。3つめは「0度を合わせやすくした」こと。本体の下部に段差を付けていて、基準となる「0度」を合わせやすくしている。


 4つめは「快段目盛」であること。分度器をよく見ると、目盛が階段状になっている。目盛の長さが「短→長」になる方向と角度が「小→大」になる方向を統一することで、読み取りやすくしたのだ。


●1000円超の分度器が気になる


 「なるほど、いろいろこだわっていることはよく分かった。でも、なぜこの分度器が売れているのか、よく分からないなあ」といった人も多いかもしれない。筆者も子どものころを振り返ると、算数が苦手であった。


 「分度器の細かい目盛を正確に読めない」といった基本的なことだけでなく、そもそも角度の意味をよく理解していなかったようだ。「150度と75度の違いは、どのくらい?」と聞かれても、よく分からないまま授業が進んでいて、道具の使い方を覚えようとしていた記憶がある。


 ということもあって、1000円超の分度器がとても気になるのだ。高価な道具を使っていれば算数の点数はもっとよかったかも……といったタラレバの話ではなく、なぜ新潟精機はこのような分度器を開発したのか。その背景について、 HC事業部営業課の村岡昭彦さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンライン編集部の土肥義則。


●なぜ開発したのか


土肥: 新潟精機は1960年に創業して、今年で65年目。製造業や建設業向けの測定器などを扱っていて、その数は3万点を超えるそうで。そもそもどういったきっかけで、1000円超えの分度器を開発したのでしょうか?


村岡: ちょっと前の話になりますが、2011年に、スケール(物差し)用として「快段目盛」を開発しました。これは、1度ごとに目盛の長さが階段状に変化し、さらに偶数(2度、4度……)の先端には小さな丸印を付けたものです。老眼で小さな文字や数字が見えにくくなる人でも使いやすいように工夫しており、快段目盛を採用したスケールとして発売しました。


 老眼の人に使いやすいということは、ほかの人にとっても使いやすいのではないか。そんなことを考えていると、「線を引くのが苦手な子どもがいる」「目盛や数字が多くて、使いにくい」という声を聞きました。であれば、快段目盛を付けた物差しを開発できないかと考え、2021年に「0基点定規」を発売しました。


土肥: どのような特徴があるのでしょうか?


村岡: 線を引き始める「0」のところをL字にしました。線を引くのが苦手な子どもは「0」からではなく、少し右であったり、少し左から引くことがあるんですよね。でも、「0」の位置をL字にすれば、基点に鉛筆を置くだけで、線が引きやすくなります。


 さらに、先ほどご紹介した「快段目盛」を付けることによって、目盛をより読みやすくしました。


土肥: 「便利そうだなあ」という印象がありますが、こうした物差しは過去にもあったのでしょうか?


村岡: 以前、他社でも同じような物差しをつくっていたようですが、いまはございません。ただ、学校の先生や保護者はそうした物差しの存在を知っていて、「つくってくれませんか」「ほしいです」といった声がありました。


●両面タイプにした理由


土肥: 新潟精機は製造業や建設業向けの製品を扱ってきましたが、「0基点定規」で初めて子ども向けの文具を発売したわけですね。「定規の次は分度器がいいかな」といった流れで開発したのでしょうか?


村岡: 測定メーカーとして、「子どもたちには『測定』でつまずいてほしくない」という思いがあるんですよね。2021年に「0基点定規」を発売したところ、「分度器をうまく使えない」という子どもが多いことが分かってきました。


 一般的な分度器は、左に「0」があって、右に向かって数字と目盛が並んでいる。一方、右にも「0」があって、左に向かって数字と目盛が並んでいる。子どもたちにとっては「数字の情報が多すぎるのではないか」「読み違えてしまうのではないか」と感じたんですよね。


 実際、話を聞いてみると「混乱している」「苦労している」という声が多かった。ある保護者は、見やすくするためにドライバーなどで、内側の数字と目盛を削っていたんですよね。また、ある保護者は「0」のところに色を付けて、分かりやすくしていました。


 分度器を使うのが苦手な子どもに、どうすれば使ってもらえるのか。どうすれば間違えずに読み取れるのか。保護者の苦労している姿を見て、「なんとかできないか」と考えました。


土肥: で、両面タイプにしたのでしょうか?


村岡: いえ、最初は違ったんですよね。左からも右からも「0」がある。「この数字は必要だ」という固定観念があったので、それぞれに色を付けてはどうかと考えました。例えば、左側の数字をピンク、右側の数字を青にする、といった具合に。こうすれば見やすいかなと思って、試しにつくってみたものの、しっくりこなかったんですよね。


 色を付けても、たくさんの数字と目盛は並んでいる。「子どもたちにとっては、まだちょっと使いにくい」と感じたので、他社の商品を分析したり、現場の先生から話を聞いたり、保護者から子どもの悩みをうかがったり。


 さまざまな話を聞いた結果、「数字を最小限にできないか」という考えにたどり着きました。であれば、両面にするのはどうかと。表面には時計回りの数字だけを、裏面には反時計回りの数字だけを配置しました。


土肥: 両面タイプにしたのはユニークだと思うのですが、構造はシンプルですよね。であれば、他社からも同じような商品があってもよさそうですが、少し調べたところ、見当たりませんでした。なぜでしょうか?


●これまでになかった分度器


村岡: 「分度器を使っている人」の発想でつくってきたからではないでしょうか。左からも「0」で始まり、右からも「0」で始まる。この点に不便を感じなければ、見やすさを求めようとは思いませんよね。


 むしろ、45度のところに「45」の数字を入れたら、使いやすいのではないか。50度のところも「50」の数字を、55度のところも「55」の数字を……といった具合に、便利だと思って数字をどんどん増やしていく。でも、分度器が苦手な人にとっては、どんどん使いにくくなっている。そのことに気付いていない人が多かったのではないでしょうか。


 あと、分度器を苦手にする人向けに、商品を開発しても、それほど売れないかもしれない。両面にすれば、どうしてもコストがかかってしまう。そうなると、単価を上げざるを得ません。「安ければ、安いほうがいいよね」という発想が一般的なので、逆に「そうではない分度器を開発しました」とは、提案しにくいんですよね。


土肥: 両面タイプを開発するうえで、苦労はあったのでしょうか?


村岡: 表の「0」と裏の「0」の位置を、きちんと合わせるのが難しかったことですね。「0」だけでなく、表の「90」と裏の「90」の位置も同じでなければいけません。何度つくっても微妙にズレてしまって。正確でなければ、商品としては使えないので、ぴたっと合わせるのに苦労しました。


土肥: 分度器の開発に携わって、何か気付きはありましたか?


村岡: 市場のこと“ばかり”を考えていたら、この商品は生まれなかったかもしれません。売り上げ、利益、コストといった数字はもちろん大切ですが、困っている人は誰か。その人たちをどうすれば助けられるのか。その視点がなければ、これまでになかった分度器は完成しなかったでしょうね。


(終わり)



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