ジェネシス・マグマ・レーシングのレーシングアドバイザーを務めるジャッキー・イクス ル・マン24時間レースにおいて6度の総合優勝を果たし、モータースポーツ界のレジェンドとしていまなお数多くのファンを持つジャッキー・イクス。2024年からは韓国・ヒョンデのプレミアムブランドであるジェネシスのブランドアンバサダーを務め、今季はWEC世界耐久選手権のジェネシス・マグマ・レーシングにアドバイザーとして帯同している。
まもなくル・マンにデビューを飾る新型ハイパーカー『ジェネシスGMR-001』のプロジェクトや、彼自身の現在の役割などについて聞いた。
■険しい山で奇跡は起こらない
──ジェネシスの一員としてハイパーカーのフィールドに立ってみて、どう感じられましたか?
ジャッキー・イクス(JI):まずはやっとスタートラインに立つことができた。WECへは学びの場として参戦させてもらっていて、これから険しい山を登り始めるんだよ。我々はまだ谷底にいるけれど、成功に必要な要素はすべてそろっていると確信している。
個人的には、WECのプログラムすべてをイチから作り上げたヒョンデ・モータースポーツ代表のシリル・アビテブールとプロジェクトメンバーの仕事にはとても満足している。まったくのゼロの状態からスタートし、500日や1000日というごく短期間で、WEC参戦を実現させるところまで持ってくることができたのだからね。
順調にプロジェクトは稼働していると言えるが、これはまだ始まりにすぎない。WECのイモラでデビューし、2戦目のスパで勝てるなんて誰も思ってもいないし、そんな奇跡は起こりやしないよ。
──あなた自身はル・マンを6度も制した名実ともにレジェンドですが、WEC/ル・マンで成功を収めるためには、何が最も必要とされると思われますか?
JI:情熱と人間力だ。ひとりのレーシングドライバーとして時にさまざまなことを思い起こすと、自分の成功はひとりでは成し遂げられないことに気づく。つい「自分ひとりで成し遂げた」と言いたくなる誘惑に駆られるが、それは大きな間違いだ。
現実には、ドライバーの成功の陰に隠れて支えてくれる人々と深い結びつきがないと成しえない。スポットライトを浴びる栄光の裏には、必ず彼らをそこのポジションまで持ち上げてくれた隠れた人々がいることを忘れてはいけない。多大な尽力と支援を与えてもらってきたからこそ、私が成功できたと思っている。
ジェネシスがWECの開幕戦を迎えるまでのここ数カ月、特に何度も繰り返してきたことだが、要所要所の決断を成功させるためには、チームの結束力が何よりも重要だった。つまり、成功に向けては人間的な側面が鍵を握るんだよ。
■過去の成功を懐かしむことはない
──あなたは1991年にマツダがル・マン24時間レースで総合優勝を果たした際にスーパーバイザーを務め勝利に大きく貢献されましたが、ジェネシスでも同様のポジションを担っておられるのでしょうか?
JI:確かに、私は1991年にマツダとともにル・マンを戦った。しかし、スーパーバイザーとはちょっと大げさだな。別の言葉を使う必要があるかと思う。私はマツダのチームの一員となり、チームのみんなと力を合わせて戦った。私はストラテジストとして、レース戦略において、マシンをトップに導くために過去の経験から知りうることをすべてマツダに伝え、なんとかうまくいった。それだけだよ。
当時、オレカがマツダ787Bに関与していたし、このジェネシスGMR-001も偶然にもオレカ製だ。そして、マツダとジェネシスは他にもさまざまな共通点があって、なんだか1991年当時のことを思い出して感慨深いね。
私自身はジェネシスではレースアドバイザーというよりは、どちらかというと傍観者だと思っているんだ。もちろん、いくつかコメントをすることもあるけれどオブザーバーとして何かを発言をするとすれば、それはひとりの経験者としてのもので、実際にレースで戦略を立てたりする役割は担っていない。
──今季からジェネシスの一員としてWECやル・マンへ足を運ばれる際に、あなた自身の過去を振り返ることはありますか?
JI:正直言って、私には過去を懐かしむ気持ちも、輝かしい過去を振り返ることも一切ない。私はいまを生きている──。
確かに私は、良い経験をたくさんしたと思う。でも、成功を懐かしむ気持ちはない。もう随分と過去のことで、いったい誰がそんな昔のことを覚えているだろうか? 私にとって唯一懐かしさを募らせるのは、過去に出会った人々なんだ。
昔のことを思い出した際に、私の人生において大きな役割を果たしてくれる人が何人もいたことに気付く。その人々に当時もっと多くの愛情や感謝を注ぐことができたはずだったと気づき、後悔をする。栄光や名誉なんかより、それが一番大切なことなんだよ。
だから今日を、いまを生きるんだ。過去に出会った人々への恩や感謝を込めてね。
もう80歳を過ぎたが、いまのところ幸いにも健康だ。若かりし頃よりも多く経験を積み、より深く物事に取り組むようになったという実感もある。現在、私は非常に高い目標を持つジェネシスのプロジェクトの一員として、ゼロから成長していく姿を側で見届けるという特権に恵まれているんだ。だから、過去の栄光なんて振り返っているヒマはないんだよ(笑)。
■ハイパーカーの“嬉しい誤算”
──あなたの現役時代の数々のマシンと比べて、ハイパーカーはまったくの別ものですが、あなたはそれをどう見ていますか?
JI:ハイパーカークラスを見ていると、挑戦を恐れていないことを示していると感じている。つまり、厳格なレギュレーションの下、どのメーカーも切磋琢磨し、試行錯誤しながら最高レベルへ持っていくために尽力している。そこへ到達するための策はたくさんあるが、見つけるのは容易ではない。だからこそ、挑戦したくなるのではないだろうか。
──ジェネシスに続き、マクラーレンとフォードも来年ハイパーカークラスへ参戦予定です。しかし、その一方でポルシェはWECから昨年末をもって撤退しており、アルピーヌも今季を最後に撤退予定で、ランボルギーニは休止状態が続いています。ハイパーカーの世界で生き残るために不可欠な要素は何だと思われますか?
JI:長い歴史の中で覚えておくべきことは、ル・マン24時間レースとという存在がすでに奇跡であるということだ。100年以上前から続く奇跡だ。開始した当時は、誰が100年後もこの大会が続いているなんて思っただろう。
私がル・マンに参戦し始めた頃はフォード対フェラーリ、そしてフェラーリ対ポルシェ、ポルシェ対フォード……その頃はせいぜい2〜3のメーカーの戦いだったし、時には少し増えていたが、せいぜい4つのメーカーの争いだった。
ここ10年ほどの間、LMP1の終焉を目の当たりにして『時代は変わった』という事実と現実が突き付けられ『耐久レースは生き残れないだろう』などと言われていたし、誰もがそんな予感を抱えていたのではないだろうか。長いル・マンの歴史を見ても、誰かが参入し、誰かが去る、その繰り返しだ。
しかし、それは大きな嬉しい誤算でもあった。ハイパーカーの最初期こそはごく少数メーカーで始まったものの、いまでは9や10ものブランドが参戦している。これまで、ル・マンのトップカテゴリーがそんな賑わいを見せたことはなかっただろう。
2メーカーが撤退し、新たに2メーカーが参入する。それでも残った8つのコンストラクターが常に高いレベルの競争を繰り広げているというのは、非常に珍しいことであり、現状を喜ぶべきなのかもしれない。
──あなたとはとても近しい友人でもあるアンドレ・ロッテラーはこのジェネシスのハイパーカーのプロジェクトのエースドライバーを担っていますが、彼の起用にはあなたが関与されているのでしょうか?
JI:アンドレはアウディやポルシェで豊富な経験を持っているだけではなく、数々の勝利を収めていることが、アビテブールによって選ばれた理由だった。
事前に彼からアンドレの起用を打診された際には、ジェネシスへの参加はプロジェクトにとってすべて有益だろうと私はコメントし、支持した。実際にアンドレは豊富な経験を持っているだけではなく、チームを築き上げる能力も兼ね備えており、チームの結束を高める役割も持ち、チームに素晴らしく貢献しているよ。
──ジェネシスのハイパーカープロジェクトは始まったばかりですが、今後の目標は?
JI:まだWECの2戦が終わったばかりで、これから初めてのル・マンを経験する。我々は本当の新参者だ。謙虚さを持ちながら、一歩ずつ目標へ向かうという考え方を受け入れなければならない。私はジェネシスとともに1ラップごとにあらゆることを吸収し、向上していくプロセスの中にいて、新たな発見の連続だよ。
いまのところすべては順調に進んでいると断言できる。目標は戦闘力を高めること。今後のチームの成長をぜひ見守って欲しい。ヒョンデ・モータースポーツはWRC世界ラリー選手権で頂点を飾った。次に選んだ大きな挑戦はこのハイパーカーで、ここで勝つことがどれだけ困難なことかは誰もが知っている。輝かしい歴史を持つフェラーリをはじめ、数多くの強豪たちと競わなければならない。
しかし、それこそがこのWECやル・マンの楽しいところだ。ジェネシスは韓国メーカーとして初めてル・マンへ参戦し、新たな歴史を作り出す。
[オートスポーツweb 2026年06月03日]