事件後、現場付近には多数の花などが供えられていた
2025年3月14日/筆者撮影 昨年3月、東京・高田馬場の路上で動画配信中だった女性が、男に襲撃され刺殺された事件。殺人などの罪に問われた高野健一被告(44)の初公判が今年7月1日、東京地裁(井戸俊一裁判長)で開かれた。
前編では、検察側の冒頭陳述をもとに、身の毛もよだつ残忍な犯行に至った経緯などを詳報した。後編となる本記事では、弁護側の冒頭陳述と、被害女性の実母の供述調書などから、事件の背景をひもとく。
◆障害年金生活のなかで始まった“歪な関係”の実態
起訴状によると、2025年3月11日の午前9時50分頃、東京・高田馬場の路上で佐藤愛里さん(当時22歳)の顔面や首などを、ナイフ(刃体の長さ約12.4センチ)で刺して殺害。さらに、犯行に使用したナイフを含む2本を所持した、殺人と銃刀法違反で起訴されている。
検察側に続き、弁護側の冒頭陳述がはじまった。弁護側は「起訴内容は争わない」としながらも、金銭を搾取され続けた事情を述べて情状酌量を求めた。その要旨は次のとおりである。
<高野さんは統合失調症と診断され、通院しながら月7万の障害年金で生活をしていました>(弁護側冒頭陳述の要旨・以下同)
決して余裕があるとは言えない生活状況だった。しかし、好意を抱いた佐藤さんに、高野被告は大金をはたいた。
<LINEで、たわいもないやり取りをするなかで、佐藤さんは直接会うことを提案してきました。何度か(山形市にある勤務先の)お店に行き、その度に大きなお金を使いました>
佐藤さんは当時、出生地の山形県内のキャバクラに勤務していた。その初対面から1か月ほどで、佐藤さんから「お金を貸してほしい」と無心され、指定された金額を送金した。
<(貸した金銭を)すぐに返すという約束は守られませんでした。それ以降何度か「お金を貸してほしい」と頼まれました。色々な理由でしたが、高野さんはそれを信じました。しかし、すぐに高野さんの貯金は底をつきました>
◆借金までして送金…返済を求めても届かなかった訴え
高野被告の貯金では、まかないきれない金銭の要求に、断ったこともあったという。だが、佐藤さんは引き下がらなかったようである。
<しかたなく、お金を消費者金融から借りて佐藤さんに貸しました。その後、高野さんは何度も返してくれるように頼みました。佐藤さんは「大丈夫」、「返す」と繰り返しました。そのうち、返信もなくなりました>
一度だけ、高野被告の返済要求に応じて、3万円を返してきたことがあった。しかし、以後返済されることはなく、それどころか、姿を消すように佐藤さんは配信を休止してしまった……。
これを受けて、高野被告は、告発するようにSNSに佐藤さんとの金銭トラブルについて投稿。すると、当時の交際相手とされる人物からこんな申し出があった。
<「SNSで投稿されると影響がある」と言われ、今後同様の投稿をしたら違約金として300万円払うように求められました。高野さんは警察に相談しましたが、「民事には対応しない」と門前払いされました。そこで、裁判を起こすことにしました>
勝訴判決を受けた高野被告は、佐藤さんの口座を差し押さえたが、残高はわずか「160円」。もはや判決は紙切れにすぎなかった——。
◆勝訴しても戻らぬ金…法的手段でも救われなかった現実
その後も高野被告は、法的手段を尽くした。佐藤さんの財産を開示する手続きが採られた。出頭の求めに応じて、東京地裁立川支部に現れた佐藤さんだが、「『(当時所属していた)会社に借金があって返済している。そのお金を差し引くとお金がなくなる』と言われ、非常にがっかりだった」と弁護側は振り返っている。
金銭の返還が見込めない状況に陥っていた高野被告。弁護側は犯行の悪質性を和らげるように、表現に注意しながらこう主張した。
<高野さんは、前日に佐藤さんの配信を見て、会いに行こうと思い立ちました。(省略)やったことは争いません。(裁判員の)皆さんには高野さんのやったことに見合う”刑”を考えていただきます。すべての証拠を見て、”刑”にどう反映させるのが公平なのか、皆さんには考えてもらうことになります>
◆「愛してほしい」と名づけた娘…実母が語った生い立ち
高野被告の情状酌量を訴える弁護側と対極的に、検察側は被害感情などを記した実母の供述調書を朗読した。
「愛里は平成16年に生まれました。みんなに愛されてほしいし、愛してほしいと思い「愛里」と名づけました。愛里は私に一番顔が似ていて、私の生き写しのようでとても可愛い存在でした」(実母の供述調書から・以下同)
佐藤さんは高校を中退後、実家を出て山形市内のアパートで生活。交際相手との間に、長男を授かった。さらに、高野被告に金銭を無心していた時期かは定かでないが、母子で飲食をともにした際のことを述懐した。
「すごく羽振りが良い印象で、食事をおごってくれたりしました。その頃から『ふわっち』で配信をはじめていて、羽振りが良い理由を尋ねると『配信で』と説明してくれました」
◆「なんで殺したの」法廷で読み上げられた悲痛な叫び
困窮していた様子はなかったと振り返る実母だが、佐藤さんが一時入所した山形市内の母子生活支援施設から姿を消すと、こんな電話が実家にあったという。
「愛里がいなくなってから、大阪に住んでいる男性から『お金を返してほしい』と電話があったり、(支援施設にも)サトウという男性から『お金を返してほしい』と連絡があったと言われました」
実母と佐藤さんが最後に対面したのは、事件の前年の24年だった。時が経ち、「とても可愛い存在」という愛娘は遠い地で殺害された——。
「(警察からの電話で)頭が真っ白になって、涙がとまりませんでした。『なんでこんなことになっているの』という言葉しかないですし、頭が真っ白になってしまいました。火葬するときに、『もう痛くないね』、『ゆっくり休みなね』と声をかけました」
愛娘の突然の死に、高野被告への強い怒りをにじませる。
「『なんで死ななきゃいけないの』、『なんで殺さなきゃいけないの』と思うばかりです。高野さんはお金のことで悩んでいて、愛里がお金を返していないのなら、それは悪いことですし、ごめんなさい。高野さんもお金のことで苦しいと思うが、なんで殺したの。一生許さない。絶対に許さない。高野さんのことは厳しく処罰してほしいです」
◆実母の供述にも無言のまま…
法廷に響き渡る実母の嘆きを聞いても、高野被告は表情を変えずに口を結び、供述調書が映し出された、自席にある小型モニターを凝視していた。
残忍な犯行の背景にちらつく、高野被告と佐藤さんのゆがんだ関係——。投げ銭や金銭トラブルをきっかけに築かれた関係は、取り返しのつかない悲劇へと行き着いた。その責任が法廷でどう判断されるのか、今後の審理が注目される。
取材・文/学生傍聴人
【学生傍聴人】
傍聴歴7年、傍聴総数1000件超。 都内某私立大の大学院に在籍中の現役大学院生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴をはじめ、有名事件から万引き事件など幅広く傍聴している。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行なっている。