
自分は運がない気がする、と感じたことがあるママはいますか? 大きな不幸があるわけではないのに、なぜかタイミングが悪い。あと少しだったのにチャンスを逃す。人と比べると、いつも“もっていない側”に回ってしまう……。そんな感覚は、積み重なるほどため息に変わります。
『運のない人っているよね。運が悪いとはまた違って、運がないというか間が悪いというか、なんでいつもこうなってしまうのかなあ……みたいな感じ。自分のことだけれど』“運が悪い”というより、“間が悪い”。この表現に、「わかる」と共感したママがいました。
「なんで自分だけ?」もう来世に賭ける
まず目立ったのは、偶然とは思えないほど運の悪さが重なるとの体験談でした。
『並んでいたら目の前で終了』
『おみくじでいつも凶を引く友だち。海外旅行したとき、その子の荷物だけ届かなかった』小さなことかもしれませんが、こうした“ズレ”が続くと、「またか」と感じてしまうのでしょう。なかには、かなり深刻に受け止めているママもいました。
『姓名判断すら良くなかった。私は致命的で生まれつき運なし人生みたい』
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『昔、近所の人に悪いことばかり続いて「ご先祖様何かしたのかな?」って言っていた。そのときは偶然でしょう! と思っていたけれど、自分もいろいろ重なって、そう思うことが増えた』
『運がいいのも才能っていうくらい。いいことなんか、そうそうないと思っている』偶然が続くと、「もともとそういう星のもとに生まれているのでは」と考えてしまう気持ちもわからなくはありません。とくに、努力してもうまくいかない経験が重なると、“自分ではどうにもできないもの”に理由を求めたくなるのでしょう。
『実力以外の運や、その場の流れ要素が大きい場面で成功できるか、失敗で終わるか、みたいな』たしかに、同じ実力でも“流れ”に乗れる人と、そうでない人がいるのかもしれません。
ずっと悪いわけではない?
一方で、「運の悪さは固定ではない」という意見もありました。
『うまくいかないことが重なるときはある。あ、今日はダメなサイクルだ、ってなる』
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『ここぞというときは抜群に運がいい。ここぞというときのために運をためているんだねってことで納得している』“運をためている”という考え方には、少し気持ちが軽くなるかもしれませんね。実際、「運がいい人」に見える場合でも、失敗や不運がないわけではないのでしょう。筆者の知り合いに、「募金など少しいいことをする」という人がいました。幸運は回ってくるものだと考えるよう。人に親切にすると、気分もまた変わるのかもしれません。
運ではなく「段取り」かも?悪いことが起きても軌道修正できると強い
コメントのなかには、「それは運ではなく準備不足では」という厳しめの声もありました。
『算段が甘い、段取りの時点で抜けが多いとかも含まれていると思う。そういうのは努力で補える』
『未来予測をするのが嫌いなタイプは、貧乏くじを引きがち』たしかに、先回りして準備するのが得意な人は、大きな失敗を避けやすいものです。逆に、“なんとかなる”で動くタイプは、タイミングの悪さに巻き込まれやすいこともあるでしょう。
『良くないことはみんな起こるけれど、途中で気づいて軌道修正するから最終的に「運が悪かった」になりにくい』
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“運がない人”なのではなく、そう感じやすい人?
ものは考えようとするママもいました。
『ネガティブ思考かポジティブ思考かできまる』もちろん、誰にでも落ち込む日はあります。ただ“運がない”と感じている人ほど、実は日々の悪いことをまじめに受け止めすぎているのかもしれません。ときには「今日は流れが悪い日だっただけ」と軽く流してみることも大切なのでしょう。運の良し悪しは誰にも完全にはコントロールできません。ケ・セラ・セラ、なるようになる。自分を責めすぎず、小さく軌道修正しながら進んでいく。そんな姿勢が、“なんだか最近ツイているかも”につながっていくのではないでしょうか。
文・岡さきの 編集・あいぼん イラスト・Ponko
