「ヤバい女になりたくない」そうおっしゃるあなた。有名人の言動を鋭く分析するライターの仁科友里さんによれば、すべてのオンナはヤバいもの。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、仁科さんがさまざまなタイプの「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」を分析していきます。
第109回 安藤優子
性被害を訴え出ることが難しい理由はなんでしょうか。被害の性質上、簡単に名乗り出ることが難しいことに加え、名乗り出たことで誹謗中傷などの二次被害に合うからではないでしょうか。
女性が被害を訴えた場合、ハニートラップだったんだろうとなぜか女性に非があると考える人がいます。このような誹謗中傷が許されないことは言うまでもありませんが、本人はそんなつもりでないのに、被害者を追い込んでしまい、二次被害化を招く発言というのもあります。今日はそちらについて考えてみたいと思います。
「私は知らない、聞いたことがない」
女性アナウンサーや女性芸能人に仕事を割り振る立場のフジテレビの編成幹部が大物芸能人との会食に彼女たちを誘い、その結果、女性が被害にあってしまった可能性があるのでは、という疑惑が報じられ、日本中がこの問題で持ちきりですが、1月26日放送『ワイドナショー』(フジテレビ系)にコメンテーターとして、安藤優子さんが出演しました。
安藤さんと言えば『FNNスーパータイム』『FNNスーパーニュース』のメインキャスターだけでなく、情報番組『直撃Live グッディ』の総合司会を務めるなど、主にフジテレビで活躍してきた女性ジャーナリストの草分け的存在です。
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そんな安藤さんは、17日のフジテレビのクローズドの会見について、「テレビメディアとして、自分たちの使命を全く果たしていないことになる」と短い言葉でバッサリいったあと、「一部報道であるような、性を伴う接待、そういうものについては1度たりとも、30年近く(フジテレビでキャスターを)やっていたんですけれど、一度たりとも私自身が現認したり、居合わせたり、話や噂すら聞いたことがない。そこは申し上げておこうと思う」と組織的な性接待の存在を暗に否定したのでした。
安藤さんは「知らないから、知らない」と言ったまでのことでしょう。しかし、「私は知らない」発言というのは、典型的な勝ち組の論理だなと思ったのでした。
安藤さんが性被害を聞いたこともないと言うのは、本当のことだと思うのです。なぜなら、安藤さんはフジテレビの社員ではないから。
今回のような問題が起きた場合、会社が主体となって解決していくことになりますが、フジテレビのやり方はどう見ても適切とは言えないでしょう。28日の会見によると、元フジテレビ社長・港浩一氏は女性の性被害を知りながら、コンプライアンス室には通報せず、中居さんの番組を終了させることをしませんでした。
港氏は「情報の漏洩をおそれた」「女性のメンタルケアのため」と説明していますが、こちらには問題をもみ消そうとしているような印象を受けますし、専門家も自社組織であるコンプライアンス室を信用せずに抱え込んだのは、社長の判断ミスと指摘しています。
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二次被害になって被害者を追い詰める可能性
今回のケースのように、被害を訴えたのに会社は何も対応してくれなかったとか、コンプライアンス室が名ばかりだったということは、残念ながらそれほど珍しくないことだと思います。性被害にあったと打ち明けること自体とても勇気がいることなのに、会社が対応してくれなかったということであれば、ますます言いにくい雰囲気ができあがって被害者はそれ以降口をつぐむか、場合によっては、その場からいなくなるでしょう。
当事者が語らなくなる、もしくはいなくなるわけですから「そんな話は聞いたことがない」という現象が起きるのです。それに、社員が自分の会社の不手際や不祥事を、スターフリーランスの安藤さんに話すとは考えにくいと思うのです。
もう一つ、実際に調査をしたわけでもないのに「私は知らない、聞いたことがない」と証言することは、とても危険なのです。なぜなら、この言い方が二次被害となって被害者を追い詰める可能性があるからです。
たとえば、パワハラ上司がいたとして、部下が次々と体調を崩して休職したり、辞めたりしたあげく、誰かが被害を訴えたとします。会社がこの問題と向き合あおうと、部下に「パワハラはあったのか?」と聞きとり調査をしたら、おそらく「パワハラだったかもしれないけど、自分は大丈夫だった」とか「自分はパワハラを受けていない」と答える人がほとんどでしょう。
パワハラに苦しんでやめる人がいるのに、どうして「大丈夫だった」という意見ばかりが出てくるのか。それは私たちが持つバイアス(思い込み)のせいと言われています。
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私たちは誰もが、自分のことを事実をベースに物事を判断する論理的な人間だと思っています。しかし、実際は多くのバイアスに支配されています。たとえば、ラーメン屋さんが二軒隣り合わせていて、ひとつは行列ができており、もうひとつは誰も並んでいない。こんなとき、行列のできるラーメン店のほうがおいしいに違いないと決めつけてしまう人は多いことでしょう。
これはバンドワゴン効果と呼ばれるバイアスで、どちらのラーメンがおいしいかは両方食べてみないとわからないのに、大勢の人が行列しているということは支持されている、支持されているものには価値があるという思い込みです。
“生存者バイアス”という思い込み
「会社にいる人にパワハラがあったのかどうか聞いたら、そうでもなかった、もしくはパワハラはなかった」という調査結果が出ることにもバイアスが潜んでいます。
被害を訴えて会社をやめたり、休職する人がいる一方で「パワハラだったかもしれないけど、大丈夫だった」とか「パワハラにあわなかった」と証言する人がいるのはなぜかと言えば、生活のために我慢したとか、パワハラ上司の報復を恐れてという可能性もありますが、今、会社にいる人は、パワハラがそこまで苦痛ではなかったから、会社をやめないで済んだ、つまり「大丈夫だった人の集団」と考えることもできるはずです。
「大丈夫だった人」に話を聞けば、大丈夫と答えが返ってくるのは当たり前のことです。過酷な環境を生き抜いた人たちに話を聞くと「そうでもなかった」とか「なかった」という答えが自然と集まってしまうことは「生存者バイアス」と呼ばれています。
このバイアスが働くと「私は大丈夫だった」という証言ばかりが集まるので「パワハラ的な行動はあったのかもしれないが、度を越したものではなかった」と被害そのものを矮小化したり、「被害を名乗り出た人のメンタルが弱かったため、パワハラと解釈された」というふうに被害者に非があるような結論に行き、二次被害につながっていく恐れがあるのです。
競争の激しいテレビの世界で、フリーランスの立場で二十代からずっと第一線で活躍してきた安藤さんは、運と才能に恵まれた“スーパー生存者”と言えるでしょう。報道だけでなく、現在は大学で教鞭をとられているのも、その奇跡の生存者の経験が、若い世代にとって希望であり、有用とされているからでしょう。
しかし、スーパー生存者だからこそ、見えないものもあるのではないでしょうか。テレビの中の女性の“格差"を見せつけられた気がして、やるせなくなるのでした。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」