※写真はイメージです 忙しいビジネスパーソンの間で広がるAI活用。時間のかかる資料づくりや、取引先へのメール作成といった業務を、ChatGPTなどのAIに任せる人が増えている。なかには、仕事の悩みや愚痴まで、AIに話す人もいるという。
実際に筆者も、AIに日々の悩みを吐き出しているひとりだ。しかし、AIは基本的に“否定してこない”ため、「本当にこれで正しいのか? 間違ったアドバイスをされているのでは?」と不安に思うときがある。
「AIに悩みを話すこと」は、本当に大丈夫なのか? 頼りすぎると、メンタルや考え方に悪影響を及ぼす可能性もあるのではないか。
こうした疑問を解消すべく、早稲田メンタルクリニックの院長・益田裕介氏に、AIを相談相手として使うメリットやリスクについて話を聞いた。
◆AIを仕事や日常で使うメリット
AIを生活や仕事に使ういちばんのメリットは、「物事が整理されて脳の容量負荷が減ること」だと、精神科医の益田氏は語る。
「何かを考えたり記憶したりする行為は、脳にすごく負荷がかかります。そのうえ、頭の中が情報や悩みなどでぐちゃぐちゃしていると、不安を感じやすいし、疲れやすいんですよ。AIを使って整理することで、思考疲れが起きにくくなります」
「考える」という作業の一部をAIに任せることで、“思考疲れ”が減る。たとえば仕事のプランニングを立てるときにも、AIを使って整理すれば“やるべきこと”が可視化されるため、行動に移しやすいそうだ。
「時間をかければ自力でできることを、AIを使ってスピードアップさせ、時間と脳の負担を減らす。そんな使い方が理想的です。仕事の成果物にAIを使う場合は、頭の中にある情報をAIに整理してもらい、生成されたものを自分でブラッシュアップしていく作業が必要です」
実際にSNS上では、「プレゼン資料の8割をAIに作ってもらい、仕上げは自分で」といった使い方をしている人が多い。
一方で、AIのアドバイスに頼りすぎると、「主体的な判断能力が低下するリスクがある」と益田氏は指摘する。
◆AIに頼りすぎる危険性
「AIに頼りすぎて自分の頭で考えられなくなったり、思考の幅が狭くなったりすることもあるでしょう。ただし、それはAIに頼らない状況下でも起きうることです。人間はひとりで作業したり行動したりする時間が増えれば増えるほど、視野が狭くなりますから。もうひとつのリスクは、『AIは間違ったことを、もっともらしく提示してくることがある』という点です」
ChatGPTなどのAIは、「LLM(Large Language Model=大規模言語モデル)」という技術に基づいている。過去に学習した大量のデータから、「次に来る言葉」を予測し、文章を生成しているのだ。
ここで知っておきたいのは、AIはあくまで“言葉のつながり”を連想しているだけで、物事の本質を理解しているわけではないという点だ。
「たとえば、『昔むかし』という言葉に対し、『おじいさんとおばあさんがいました』『川に洗濯に行きました』といったフレーズを連想しているだけです。連想ゲームでそれっぽい回答をしているだけ。だから、“もっともらしいウソ”を言うこともあります。仮に、『雨が降ればラーメン屋が儲かって、そば屋の売上は下がると言われているけど、どうしてですか?』と聞くと、そんな事実も根拠もないにもかかわらず、それらしく回答してしまう。そうした性質を理解せずに使っていると、誤った情報を信じてしまう危険があります」
さらに、AIを「相談相手」とする場合には、機械ならではの限界があることも理解しておかなければならない。
「AIは基本的に、『あなたは間違ってないよ』って言いがちなんですよ。だから悩みを相談すると、『頑張りましょう』『医師に相談してみましょう』と、あたりさわりのないアドバイスを返してくれる。でもそれが、必ずしも適切とは限らないんです」
たとえば、家庭内での虐待やDVのような深刻なケースで、本来なら「警察に通報すべき」という判断が求められる場面でも、AIは「一度ご家族としっかり話してみるのがいいかもしれません」といった無難な対応にとどまることがある。
これは、AIが「過激なことを言わないように」設計されているからだ。結果として、現実的な解決策ではなく、表面的に無難なアドバイスしか出せないという問題がある。
「話の本質を理解できないから、一般論ばかりになりがちです。本質を突いたアドバイスは人間しか言えない。だからこそ、本当に大事な判断が必要なときには、AIではなく、人間の力を頼るべきです」
◆AIをうまく使うには論理的思考力が必要
では、AIを使いこなすためには、どのようなコツが必要なのだろうか。
「AIを上手く使いこなすには、それなりのスキルや知識が必要です。たとえば、『情報を論理的に整理してほしい』とAIに頼んだとしても、自分自身が“ロジカルに分ける”とはどういうことか理解していなければ、出てきた答えが正しいのか判断できません。ただ情報を要約しただけなのか。重要な要素を削ってしまっていないか。その違いを見極めるには、ユーザー側にも論理的思考力が求められます」
益田氏によれば、知的能力に問題を抱えている人がAIを使うと、回答の意味や文脈が掴みにくく、上手く活用できないケースも少なくないという。
使い手の理解力や思考力に応じて性能が左右されるツールだからこそ、AIを活用するうえでは、「自分の問いの立て方は妥当か?」「この答えは論理的に正しいか?」と、常に自分で考える視点が欠かせないそうだ。
◆医師がすすめるAIの上手な活用法
ここで益田氏に「おすすめのAI活用法」を聞いてみたところ、日常で使える方法を教えてくれた。
「まずはAIに、『今から話す内容を聞いてください』と送信し、音声入力機能を使って思いのままに話しかける。すると、『こういうことで悩んでいるんですね』と共感の言葉が返ってきます。次に、『喋った内容を整理して』と頼むと、気持ちを丁寧にまとめてくれて、『あなたはこんなことを考えているんですね』と、寄り添うように返してくれる。こうしてAIと対話することで、『自分はこんなことに悩んでいたのか』と、頭の中が少し整理されていきます。これは、精神医療の分野で『指示的精神療法』と呼ばれる手法と同じです」
さらに、“考える作業”がつらいときにも、AIは頼れる存在になる。
「たとえば、『今日の夜はカレーにしようと思うけど、食材が切れている。お風呂掃除もしたいけど、洗剤も買わなきゃいけない。何から行動したらいいか、まとめて』とAIに向かって喋ると、『スーパーに行って食材と洗剤を買いましょう。カレーを作ってからお風呂掃除をしましょう』と、順序立てて整理してくれるんですよ」
この方法は、筆者も日常で多用している。「今日は〇時から取材で、〇時までに病院にも行かないといけないが、どうしたらいいか」など、“自分で考えればできるけど、考えるのがしんどい”ときに、行動の指針を出してもらうのだ。そうすると、スッと動きやすくなって、気持ちが楽になりやすい。
「ベッドやソファーに寝転がりながら、スマホに向かって喋るだけで、勝手に計算してくれる。疲れてるときや、頭が回らないときには、良い使い方だと思います」
◆これからのAIとの付き合い方とは?
考えることに疲れたとき、“判断の代打”になってくれるAI。しかし、世の中にはまだまだAI否定派も多い。だが益田氏は、「これから先はAIを積極的に使っていったほうがいい」と語る。
「すでに手にしてしまった便利な道具を、僕たち人間はもう手放せない。人類とAIの共存は決定事項でしょう。早く慣れてしまって、どう使えば自分の幸福度が上がるかを考えるべきですね」
リスクを理解した上で、自分に最適な使い方を考えていく。それがこれからの時代のAIとの付き合い方のヒントかもしれない。
<取材・文/倉本菜生>
【倉本菜生】
福岡県出身。フリーライター。龍谷大学大学院修了。キャバ嬢・ホステスとして11年勤務。コスプレやポールダンスなど、サブカル・アングラ文化にも精通。X(旧Twitter):@0ElectricSheep0、Instagram:@0ElectricSheep0