あまりにも深すぎる「退職代行サービス」ブームの闇

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2025年06月22日 08:30  週プレNEWS

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2980円の激安業者から、音楽系YouTuber監修をアピールする業者まで、今やその数100以上!

本人に代わって、会社に退職の意向を伝える「退職代行サービス」が何かと話題だが、少し調べただけでも100以上の業者が見つかるほどその数をやたら増やしている。

中には、相場よりもはるかに低価格でサービス提供を行なうところもあり......。同業種のトップランナー、「モームリ」の代表にも話を聞きつつ、空前の"退職代行ブーム"の内実を取材した!

【写真】退職代行サービス「モームリ」を運営する谷本慎二氏

■「500円」の業者も?

新年度が始まってから話題が絶えないのが、「退職代行」にまつわるエピソードだ。

労働者本人に代わり、代理人や弁護士が会社に退職の意思を伝えるサービスで、2017年に東京の「EXIT」という企業が日本で初めて専門の事業を開始した。

本来はブラック労働に苦しむ「会社を辞めたくても辞められない人」が利用するサービスといったイメージだったが、徐々に認知度が上がるにつれ、利用者も多様化。今では就職1日目での利用まであるという。

この1、2年で利用者の数だけでなく、退職代行ビジネスを掲げる事業者も急増。ざっと調べただけでも全国で100以上が存在している。

それら退職代行の運営主体は民間業者、労働組合、弁護士(法律事務所)の3種類に分けられる。それぞれ運営主体によってサービス内容が異なり、民間業者は原則的に退職意思の伝達しかできない。

というのも、法的に会社との交渉ができるのは弁護士に限られており、その資格がない者が未払い残業代や退職金の請求交渉などをするのは違法だからだ。

一方、労働組合が運営している場合は依頼者が臨時的にその組合に加入することで、組合の団体交渉権に基づいた交渉が可能になる(ただし、慰謝料請求などの訴訟案件には対応できない)。

つまり、退職代行では弁護士が最も幅広い対応が可能であり、次に労働組合、そして伝達のみに対応する民間業者という順番になっている。

ただし、費用面では民間業者が最も安価となり、1万円台での対応をうたっているところも少なくない。労働組合は2万円から3万円、弁護士になると5万円から10万円程度が相場となっている。

この中で事業者の数が圧倒的に多いのは民間業者であり、参入者が増え続けている。価格競争も熾烈で「業界最安値」を掲げる業者が次々と登場しているのが現状だ。

取材の時点で確認できた最安値は「退職あんしん代行」という業者で、ホームページには「2980円で即日対応」と記されている。しかし、過去には「500円」という衝撃の価格でビジネスを行なっていた業者もあったという。

月平均で約2500件の依頼を抱える「退職代行モームリ」を運営するアルバトロスの代表取締役・谷本慎二氏がこう話す。

「以前からむちゃな金額で事業を始める会社はたくさんありました。さすがに500円を掲げた会社はその1社だけでしたが、1万円以下というケースならば何社も誕生してはひっそりと消えていっています」

今回、「即日対応2980円」をうたう業者に取材を申し込んだが、期日までに返事はなかった。

■新規参入組は儲からない

ちなみに「モームリ」の利用料は2万2000円(依頼者が正社員の場合)で、民間業者の中では平均的。数千円の格安業者はその半分以下でビジネスを行なっていることになる。果たして、それで儲かるの?

「難しいと思います。そもそもモームリと同じような金額だったとしても、今からの新規参入は厳しいでしょう。その理由は退職代行の市場規模が小さいからです。

弊社の試算では、退職代行の市場規模は10億円程度しかない。しかも、近年の働き方改革によって、退職代行がない時代よりも格段に職場の環境は良くなっています。それなのに退職したい、しかもそれを言い出せないという人が増えていくでしょうか。

そうした中で退職代行の業界では、認知度でも実際の利用率でも、うちが大半のシェアを占めています。だから、新たに参入しても大きな成長は見込めない、とみています」

こうした市場規模だけでなく、退職代行というビジネスの構造からも、新規参入者には厳しい現実がある。

「退職代行はサービスが認知されなければ、まったく依頼が来ないタイプのビジネス。そうした中で新規参入者が追いつくためには、低価格で話題を集めるくらいしかできることがありません。

大企業のように資本力があるところは退職代行自体にネガティブな印象があるため、現実的に参入するのは難しい。実際、うちも含めて退職代行の事業者は中小企業ばかりですが、そういった規模の会社が市場平均以下の価格で事業を継続していくのは不可能です」

あるいは話題を集めるため、価格以外の工夫を凝らす事業者もいるという。

「インフルエンサーなど著名人を起用して宣伝してもらうケースはいくつかあります。ただ、そうした企業が順調に成長しているといった声は聞こえてきてはいないので、どこも実情は厳しいのではないでしょうか」

インフルエンサーが退職代行に関わっている事例でいえば、元迷惑系YouTuberのへずまりゅう氏らが昨年8月に「ブラックブロッカー」という退職代行の運営会社を設立。しかし、現在はホームページの更新が行なわれている形跡もなく、事実上のサービス停止状態にあるようだ。

また、昨年10月には音楽系YouTuberの鈴木ゆゆうた氏も「JITAI」という退職代行サービスをプロデュース。こちらは今も事業を継続しているが、自身の配信でも「退職代行はモームリの占有率が圧倒的」と言及しており、大きなシェアの獲得までには至っていない。

■劣悪な業者に注意

退職代行はブームであるものの、どの業者も儲かっているというわけではない。それならば、なぜ新規参入は絶えないのか。谷本氏が続ける。

「臆測にはなりますが、やはりモームリの成長が大きいのではないでしょうか。僕らがマスコミでサービス開始から3年ほどで年商が数億円だと公言しているのを見て、楽に儲かるビジネスだと勘違いされたのだと思います。

退職代行というサービスは、依頼者の意思を企業側に伝えるだけであれば、とても簡単に始めることができます。極端な話、携帯電話があればできる。だからこそ、本当はサービスの質が問われるわけですが、そこには目を向けず、はやっているからと飛びつく方が多いのでしょう」

退職代行業者の中には、谷本氏も驚くような姿勢の業者もいるそうで......。

「これはモームリの利用者の方から聞いたのですが、依頼者に暴言を吐いたり、嫌みを言ってきたりといったこともあるそうです。あるいは、『24時間対応可』とうたっておきながら、夜になると返信が来ない。

退職代行を利用する人は、仕事が終わった後の時間に連絡される方がほとんどですから、夜間に対応できないのは致命的です。

ただ、夜間対応するためにはある程度の数のスタッフを確保しなければならず、それだけのスタッフを抱えるには一定の売り上げが欠かせない。そういった意味でも低価格でのサービス展開は現実的ではありません。決して『携帯電話さえあればいい』というビジネスではないのです」

とはいえ、そもそも退職代行は批判の多いビジネスでもある。特に弁護士や労働組合からは、「会社と交渉権のない民間業者に任せても、いざトラブルになったときに対応してもらえず、安物買いの銭失いになってしまう」といった指摘が常にある。この点についてモームリはどう考えているのか。谷本氏が答える。

「モームリでは会社に電話して終わりといったサービスはしていません。まず依頼者から退職の通知書として、弊社が用意したフォーマットで勤務先に向けた退職届と要望書を書いていただき、それを送付してもらいます。その上で僕らが退職の意思をあらためて企業側に伝えるという流れです。

ケースとして多くはないですが、万が一、企業側が書類すら受け取ってくれない場合でも、書類を郵送したり、配達記録付きのレターパックで送ったりといった対応をしています。退職の意思を一方的に伝達するだけでなく、それが確実に企業に伝わるようサポートするのが、僕らの仕事だと定義しています」

だから、弁護士や労働組合が運営するサービスとは、「根本的にターゲットが違う」と谷本氏は話す。

「僕らのターゲットはあくまで『辞めたくても、それが言えない』という人であり、退職を巡るトラブルが見込まれる場合は、最初から弁護士にお願いしたほうがいいと明確に伝えています。

例えば、もし未払い残業代の請求などをしたいのであれば、弁護士に頼むべきです。モームリですべて解決できるわけではなく、むしろ積極的にすみ分けをしていくべきと考えています」

■管理職も利用する弁護士の退職代行

では、退職代行サービスを提供する弁護士は、現在のブームをどう見ているのか。

著書に『退職代行』(SB新書)があり、18年から退職代行サービスを提供している弁護士の小澤亜季子氏が次のように語る。

「私が退職代行を始めた頃は、労働相談の延長で『仕事を辞めたいけど辞められない』という方の対応をすることがたまにある程度でした。それをEXITさんが"退職代行"と名づけ、一気にサービスとして知られるようになったという認識です。

ただ、弁護士は民間業者と比べて費用が高いこともあり、退職代行がブームとなっても、大きく依頼者の属性や数が変わったわけではありません」

実際、モームリの利用者は20代以下が全体の6割以上を占める一方、弁護士である小澤氏のサービス利用者は、「20代が3割、30代が3割、40代以上が4割」とまったく異なる比率となっている。依頼者には管理職もおり、基本プランの費用は7万1500円、管理職の場合は11万円と高額に設定されている。

「民間業者とは違い、弁護士には通知だけで退職できるような依頼は少なく、会社との交渉を必要とする難しい案件が集まる傾向にあるため、こうした料金設定にさせていただいています」

しかし、仕事に対して不安を抱えやすい若者だけでなく、管理職などそれなりの地位にいる人からも、なぜ退職代行の依頼があるのだろうか。

「メンタルの問題はありますね。激務の中で疲弊してしまい、自分から伝えることが困難になってしまう。しかも、長く勤めていると社内の人間関係もありますから、よけいに言い出しにくい。

かといって損害賠償請求などのリスクもあるため、民間業者には頼めない。それで弁護士に相談といったケースは多いです。

ほかに管理職の場合は、昨今の人手不足も影響しています。例えば、本人は転職したい、あるいは次の転職先が決まっているのに、『後任が見つからないから』と延々と引き留められてしまい、弁護士に頼らざるをえなくなったという方もいました。

決して会社側に悪意があるわけではなく、そうでもしないと業務が回らないから、必死に引き留めようとするわけです。

退職代行が話題になるほど、利用者の無責任さを非難する声も上がりますが、こうした事例は、むしろ責任感があるために辞めたくても辞められないケースだと言えます。ただ、地味だからマスコミでも報じられにくいのです」

しかし、管理職だった人が退職代行を利用したことで、転職で不利になるといったリスクはないのか。

「仮に会社と守秘義務を結んだとしても、人の口に戸は立てられないですから、もちろん退職代行の利用がバレる可能性はあります。

しかし、相談者の方にそのようにご回答しても退職代行の利用をやめるという方はほとんどいません。かなりの覚悟を持って相談に来られる。そのぐらい追い詰められている方が多い印象です」

だから、退職代行とは「最後の駆け込み寺」なのだと小澤氏は言う。

「確かに退職代行の利用にはデメリットはあります。社会的な評判も悪くなるかもしれません。しかし、仕事を辞められず、追い詰められて死ぬよりはマシです。結局、退職代行の存在意義はそこにあると思っています」

玉石混交の退職代行の業界だが、少なくとも仕事に追われて苦しむ労働者がいる限り、そのニーズがなくなることはなさそうだ。

取材・文/小山田裕哉 イラスト/服部元信 写真/PIXTA

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  • 普通の考えなら自分でやるのが当たり前だし、誠意だと思うけど、相手が人ならざるバケモノだった時は対抗として代行があるのかもしれない。貞子に伽椰子をぶつける的な
    • イイネ!28
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