製造現場の「AIアレルギー」をどう払拭? 日立・新卒デジタル人材「3カ月奮闘記」

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2026年06月13日 14:00  ITmedia ビジネスオンライン

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日立製作所 品質保証本部の愛甲隆史さん(左)と、同社デジタルアナリティクス推進部の禹周賢さん

 「AIに何ができるのか分からない」――。伝統的な製造現場に、新しいIT技術を持ち込む際、最大の壁となるのがこうした現場の戸惑いだ。


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 日立製作所は、AIやデータ解析の専門スキルを持つ新人データサイエンティストを、製造現場へと送り込んでいる。2021年から展開する独自の研修プログラム「モノづくり実習」では、新人データサイエンティストをモノづくりの現場に3カ月にわたって配属。作業員へのヒアリングを通じた課題発見から、データの標準化と分析、さらには現場の実態に即した解決策の提案までを一貫して担わせる。


 この施策には、机上のデータ分析にとどまらず、現場との対話を通じて組織を動かす「ビジネス力」や「提案力」を備えた、日立ならではの「IT×OT(制御・運用技術)×プロダクト」を活用できる人材を育成する狙いがある。2025年度の同実習は、新幹線や国内外の鉄道を支える制御装置を製造する水戸事業所の品質保証部門で実施した。


 日立は、いかにして現場の「AIアレルギー」を払拭し、現場とのコミュニケーションを通じて業務時間を短縮する生成AIツールを定着させたのか。「現場密着型DX」の実践プロセスについて、実習に参加した若手女性データサイエンティストの禹周賢(ウ・ジュヒョン)さん(デジタルアナリティクス推進部)と、受け入れ先の現場担当者にインタビューした。


●30年前の部品とバラバラの報告書 工場に漂う「AIへの半信半疑」


 水戸事業所の品質保証部門が直面していた大きな課題の一つは、鉄道事業者から不具合として戻ってくる「返送品」の調査業務だった。鉄道部品は長期間使用されるため、時には30年前の古い部品が戻ってくることもある。しかし、過去の図面や報告書は保存ルールが統一されておらず、ファイル名や記載の粒度も人によってバラバラで、データが散在している状態だった。


 現場で実習生を受け入れた品質保証本部の愛甲隆史さんは、当時の苦労を「散らばった資料を確認しに行って、中身を見るという作業の繰り返しだった」と振り返る。1回の調査で数十件にも及ぶ報告書に目を通し、必要な情報を探し出すだけで1時間以上かかることも日常茶飯事だった。この調査業務を効率化し、顧客にいち早く原因を報告して製品を返すことが、品質保証部門の長年の悲願だった。


 この課題に対し、モノづくり実習生として派遣された禹さんは、生成AIを活用した解決策を模索する。過去のデータをAIに読み込ませ、必要な情報を瞬時に引き出せる探索ツールを開発しようとする試みだ。しかしプロジェクトを始めた当初、障壁となったのはテクノロジーに対する現場との認識のズレだった。


 愛甲さんは「生成AIツールがあることは知っていたものの、使い方がよく分かっていなかった」と、当時の率直な戸惑いを明かす。同部門の前田慶介部長も「今まで自分たちが書いてきた言葉をAIが拾えるのだろうか。期待と同時に恐らく難しいのでは……と思っていた」と振り返る。現場にはAIに対する「半信半疑の空気」が漂っていたのだった。


●紙とペンを持ってベテランの横へ 分析者から「現場の仲間」に


 禹さんも、この見えない壁に苦心することになる。


 「現場の方々は『AIに何ができて何ができないのか』ということが明確でない状態で、認識が合いませんでした。テキストや資料だけで説明するのは、とても難しかったですね」(禹さん)


 そこで禹さんが取った行動は、現場に深く入り込むことだった。現場の作業員と机を並べ、紙とペンを手に取り「この時はどう動くのか」と一つ一つの業務フローを泥臭く書き出した。現場と「同じ目線に立つ」姿勢が「外部からの分析者」だった禹さんを、現場の「仲間」へと変えていったのだ。 


 「現場にいるからこそ、何度も足を運んで説明し、一つ一つのフローを整理して『これは間違っている』『これは合っている』と確認することができました」(禹さん)


 ヒアリングを進める中で、業務の呼び方やタスクの定義が担当者によって異なり、暗黙のルールの下で属人的に業務が進行している実態も浮き彫りになった。


 禹さんは「人によってタスクを実行するタイミングや方法が違っていたので、それをフロー化し、構造化するところが難しかった」と当時の苦労を語る。


 最先端のAIを導入して現場に定着させるためには、まず現場で使われている言葉やプロセスを泥臭く整理し、構造化する作業が不可欠だった。禹さんはこのプロセスを通じて現場との対話を重ねていく。


●1時間→5分に短縮 「87%の有用性」で勝ち取った確かな信頼


 現場の言葉やプロセスを構造化した禹さんは、いよいよ生成AIを用いた独自の「情報探索ツール」の開発に着手した。禹さんが目指したのは、単なるキーワード検索システムではない。現場の意図を汲み取り、必要な資料を優先度順に提示して要約する仕組みだ。


 その開発過程で禹さんが腐心したのは、現場の熟練者が持つ暗黙知をいかにしてAIに落とし込むかだった。


 「単純に現場の方に『どれが優先度が高いですか?』と聞いても、答えは出てきません。そこで十数件の報告書を私の手元で準備し、『この顧客の場合はこれが先』『この不具合の場合はこれ』といったように判断のプロセスを一つ一つ文章化していきました」(禹さん)


 現場のリアルな業務フローに即して設計したこのツールは、大きな成果をもたらした。従来、問い合わせがあるたびに1時間以上かけて40〜50件の報告書を開き、中身を確認していた情報収集作業を、わずか「5分」にまで短縮したのだ。


 そして禹さんは、この結果に満足するだけでなく「現場の日常業務で本当に機能するか」を、定量的に検証するというステップを踏んだ。開発したアプリ内に、現場担当者の質問とAIの回答を、自動的にログとして収集する機能を実装し、実証実験を実施したのだ。


 現場の担当者6人に実務を想定した約50問のテストを実施したところ、AIの回答の87%が「有用」だと評価された。 禹さんによるこの定量的な検証が、AIへの信頼を促したのだ。


●「生成AIは人だと考えればいい」 専門用語ゼロで職人の心をつかむ


 禹さんが製造現場に与えた影響は、優れたツールを開発しただけでは終わらなかった。最新技術を現場の日常業務に定着させるために、週1回のペースで「生成AI勉強会」を開催したのだ。


 オンラインと対面を交えて毎週30分、全10回にわたって実施したこの勉強会には、品質保証部門の約4割になる40人以上の社員が参加した。そこで禹さんが徹底したのは、AIの専門用語を使わず、実務に徹底して寄り添うことだった。


 「品質保証部の業務を現場で学んだからこそ『報告書の作成であれば、生成AIにどういう感じで聞いたらいいか』といったように、業務に合わせた形で説明ができました。専門的な知識を教えるというよりも、現場にいるからこそ聞こえてくる日常的な困りごとをベースに内容を作っていきました」(禹さん)


 この「現場の言葉に翻訳すること」は、テクノロジーに戸惑っていた社員たちの心を確実につかんだ。受け入れ側の愛甲さんも、勉強会の効果を評価する。 


 「『生成AIって何だろう?』というのが、分かっているようで全く分かっていなかったのです。禹さんが『生成AIは人だと考えればいい。こういう性格だから、こういう風に聞けばこういう風に書いてくれるよ』と細かく教えてくれたことで、使い方のイメージが湧きました」(愛甲さん)


●技術力だけでは定着しない ITと伝統をつなぐ「翻訳者」の価値


 この地道な草の根活動は、現場に意識的な変化をもたらした。従業員自らがAIのプロンプト(指示文)のアドバイスを求めに、禹さんのところに相談に訪れるようになったのだ。「報告書作成にかかる時間が4分の1になった」と話す社員も現れた。


 前田部長は、モノづくり実習の成果について語る。


 「われわれの強みは、モノづくりにおけるさまざまなデータがあることです。データサイエンティストの方々がモノづくりの現場を学んでくれることで、われわれもデータへの新しいアプローチの仕方に気付かされ、Win-Winの関係になっていくと感じています」(前田部長)


 製造現場のDXを成功に導く鍵は、高度なITの技術力だけではない。最新のAI技術と現場の間に立ち、泥臭い対話を通じて双方の言葉を結びつける「翻訳者」の存在こそが不可欠だと言える。テクノロジーの社会実装においては、現場との対話を通じて導入から定着までを担う人材をいかに育てるかが、今後も課題になりそうだ。


(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)



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