「甘酸っぱい初恋」の象徴だったカルピスが、“甘いだけ”になりつつある理由

33

2025年06月18日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

99.7%が飲んだ“国民的飲料”に異変!

 ブランド誕生から106年、メーカー調べでは日本国民の99.7%が飲んだことがあるというカルピスに、ほんのわずかだが「異変」が起きている。


【その他の画像】


 カルピスといえば創業当初の商品コピー「初恋の味」からも分かるように、乳酸飲料ならではの「甘酸っぱさ」が特徴だ。それが最近、「甘酸っぱい」よりも「甘い」を強調するようになっている。分かりやすいのは、生クリーム専門店「MILK(ミルク)」とのコラボ商品だ。


 カルピスファンなら常識だが、カルピスと同店は2023年以降、限定コラボを続けており、2025年5月には第三弾が出た。その商品名を時系列に並べてみよう。


・2023年11月発売:北海道産生クリーム&カルピス


・2024年11月発売:生クリームチーズケーキ風味のカルピス


・2025年5月発売:カルピス SWEET PREMIUM 北海道生クリームのプリン風


 いかがだろう。年を追うごとに「甘いもの感」を強めてきてはいないか。最新のコラボに関しては、プレスリリースで「甘い物好きの皆さまも満足できる濃厚で滑らかなくちどけで、まさにスイーツのような味わいに仕上げました」とアピールするなど、カルピスファンだけではなく、スイーツファンも取り込もうとしていることがうかがえる。


 実際、「カルピス SWEET PREMIUM 北海道生クリームのプリン風」を飲んでみると、確かにプリンのような甘さをまず感じて、後味としてカルピスらしさが広がる印象だ。2024年のチーズケーキ風味よりも心なしか甘く感じる。


 というと、カルピスファンから「一つの限定のコラボくらいで勝手に決めつけるんじゃない!」というお叱りを受けるかもしれないが、「甘いアピール」に舵(かじ)を切っていると感じるのは、これだけではない。


●MILK以外にも人気店とコラボ


 カルピスはファンマーケティングの一環で、MILK以外にもさまざまなブランドや有名店とコラボをしている。2025年7月には、多くのスイーツファンから愛される有名店の看板商品と初めてコラボする。


 銀座コージーコーナーのジャンボシュークリームだ。


 1948年創業、今や全国で約420店舗(2025年6月時点)あるコージーコーナーのスイーツの中でも人気の1、2位を争うのがジャンボシュークリームである。大きなシュー皮にカスタード、ホイップ&カスタード、塩チョコがたっぷり入って200円以下という価格で、TBS系の番組『ジョブチューン』で取り上げられた際には、有名パティシエも高く評価した。


 そんなコージーコーナーの看板商品がカルピスと初コラボして7月4日に発売するのが「ジャンボシュークリーム カルピス」である(一部店舗では6月27日に発売)。


 人気スイーツとコラボするとあって、これまでのコラボ商品のように「カルピスを加えたホイップクリームを入れました」というだけではない。


甘ずっぱく爽やかなカルピスの味わいを表現しつつ、カスタードクリームが自慢のジャンボシュークリームらしさも損なわないように、アングレーズソース(卵黄のソース)を配合(コージーコーナーのプレスリリースより)


 お菓子づくりをしている人なら分かると思うが、アングレーズソースはカスタードソースとつくり方もそれほど変わらない甘いソースだ。つまり、ここでも先ほど紹介した「プリン風カルピス」と同様、「甘さ」をしっかりとアピールしているということだ。


●なぜカルピスはスイーツに寄せてきているのか


 では、なぜ「甘酢っぱいおいしさ」を訴求してきたカルピスが、ここにきて「プリン」や「シュークリーム」という「甘さの塊」のようなスイーツに寄せてきているのか。


 個人的には「日本人の中で“甘酸っぱい”よりも“ガッツリ甘い”を好む人が増えている」ことが大きな理由ではないかと考えている。


 マイボイスコムが2025年1月、全国10〜70代の9043人を対象に「好きな味」「つい選んでしまうような味」について質問したところ、1位は「甘い」で47.3%。つい選んでしまうのも「甘い」が14.5%とダントツに多かった。ちなみに、カルピスの特徴である「甘酸っぱい」は29.8%で8位にとどまった。


 この結果は、読者の皆さんもうなずけるのではないか。スーパーやコンビニに行けば、プリンやシュークリームなど多種多様なスイーツが売っているし、観光地や商業施設でも人気スイーツ店は大混雑。テレビなどのメディアでも毎日のように新しいスイーツを紹介している。


 昔はケーキなどが好きなのは、子どもや女性が多いというイメージもあったが、今やおじさんが1人でパフェを頬張っていることなど、ちっとも珍しくない。


 では、なぜこんなにも日本人は「糖分」を求めるようになったのか。いろいろな見方があるだろうが、この30年で日本人の食べ物から「酸味」が減ったことも大きいのではないかと思っている。


●生活から消えていった「酸味」


 昭和世代の方ならば共感していただけると思うが、われわれが子どものときは「酸っぱい食べ物」もしくは「甘酸っぱい食べ物」がそこら中にあった。例えば、駄菓子屋に行けば、「さくら大根」「カットよっちゃん」「都こんぶ」「梅ジャム」などが人気で、梅ジャムを吸いながらかくれんぼなどをした人もたくさんいるはずだ。


 食卓や弁当には、頼んでいないのに「梅干し」が出てきたものだ。たくあんやぬか漬けなどの“発酵漬物”もおかずの定番だった。マンガやアニメの登場人物もよく「日の丸弁当」を食べていた。


 しかし、この20〜30年でそういう「酸味」がわれわれの生活からどんどん消えていった。例えば、梅干しの消費量は激減している。総務省家計調査で2022年における1世帯当たりの年間消費量は650グラム。これは20年前と比べて約4割減っている。


 駄菓子屋では「うまい棒」や「ブラックサンダー」「きなこ餅」などが人気で、何だかよく分からない「酸味料」を用いた、甘酸っぱいお菓子の存在感は薄れている。


 そして、そんな「酸味の減少」を最も象徴している現象が「果物離れ」である。


 最近の米を巡る過剰な反応で「日本人が米を食べなくなったのが悪い」的な責任転嫁をするコメンテーターもいるが、食べなくなったといえば、果物もかなりのものだ。


●「果物離れ」が進んでいる世代


 厚生労働省のデータを見ると、1995年の1人1日当たりの果実摂取量は133グラムだった。それが2023年になると93グラムまで落ちてきている。つまり、オレンジやレモンという「甘酸っぱさ」が持ち味のかんきつ系フルーツも、30年前と比較して消費量が減っているということだ。


 では、どの世代の人々が「果物離れ」をしているのか。データを見ると、10〜40代の落ち込みが激しい。これを聞いて、ピンとこないか。


 この世代は最もコンビニやスーパーでシュークリームやらプリンやらというスイーツを買っている世代でもある。つまり、今の日本人の多くは、フルーツの「甘酸っぱさ」よりも、スーパーやコンビニのスイーツの「分かりやすい甘さ」を求めている人がかなり増えてきているということだ。


 こういう時代の変化を踏まえれば、カルピスもブランド戦略を見直さなくてはいけないことは言うまでもない。最大の特徴である「甘酸っぱいおいしさ」は、必ずしもレモンのようなかんきつ系のものではなく、ましてや梅干しのようなものでもない。ただ、「分かりやすい甘さ」を好む消費者からすれば、「酸っぱさ」というところでは同類なのだ。


 このマーケティング上の課題を、いかに現代的に乗り越えるか、と考えた結果が、シュークリームやプリンとのコラボだったのではないか。


 生洋菓子を製造販売するモンテールが毎年発表している「スーパー・コンビニスイーツ白書2025」によれば、スーパーやコンビニで人気のスイーツは18年連続で「シュークリーム」と「プリン」がトップ2になっている。


 つまり、人気者の甘さパワーに便乗して、消費者に「カルピスも皆さんが思っているよりも甘いんですよ」というイメージを訴求しようとしているのではないか。


●カルピス離れの「兆し」も


 「いやいや、そんなの関係ないだろ。私はスイーツも大好きだけど、カルピスもよく飲んでいる。甘さアピールなんかしなくたって、これからも飲み続ける」という人もおられるだろうが、そういう人は「カルピスファン」なので、そもそもこのマーケティングの対象外だ。


 もっといえば、この問題は、目先のファンよりも中長期的な「危機」の回避に重きが置かれている。今後も日本で「甘いもの」を好む人たちが増えていく中で、「カルピス=甘酸っぱい」イメージのままだと、「最近飲んでないけど、たまには買ってみようか」という「リピーター」が減ってしまう恐れがあるのだ。


 その「兆し」も見えてきている。アサヒ飲料のファクトブック2024年を見ると、2019年の乳性飲料は4887万箱だったが、2024年は4245万箱と642万箱減少している。同じ時期の炭酸飲料と比較すると、1472万箱増えているにもかかわらず、だ。


 もちろん、事業にはポートフォリオがあるので、「規模縮小=カルピス低迷」という単純な話でもない。ただ、月別の販売動向を見ると厳しいときがあるのも事実だ。


 例えば、2024年8月のアサヒグループの販売動向を見ると、三ツ矢サイダー、カルピス、ワンダなど、6つのブランドはすべて前年比121%だった。


 しかし、カルピスだけ前年比91%なのだ。


 他にも6ブランドが総じて販売が振るわない月でも、カルピスはさらに低調だったこともある。何らかの「テコ入れ」が必要なのは間違いない。


●老舗ブランドを「死」に追いやる人々


 さて、こういう話を聞くと必ず「数字的には大変かもしれないが、安易に時代に迎合せず、100年前から続くあの味を守ってほしい」とか言い出す保守的な人がいる。


 ただ、老舗企業や老舗ブランドを取材してきた立場で言わせていただくと、そうした部外者の声が、結果的にブランドを苦境に追いやることもある。


 成長している老舗企業や老舗ブランドの経営者の中に、そういう保守的なことを言っている人は少ない。「伝統とは時代の変化に合わせて革新を続けること」という老舗企業ならではの戦い方を、経験に基づいて理解しているからだ。


 そして、実はそれを体現してきたのが、経営危機を乗り越え、味の素やアサヒ飲料グループの傘下で100年事業を存続させてきたカルピスだ。


 1908年、創業者・三島海雲が開発したカルピスは、原液を水などで薄めて飲むタイプの商品だ。これこそがカルピスの原点であり、魂と言っていい。当然、昔ながらのファンや顧客はこの原液カルピスを「未来永劫(えいごう)守ってほしい」と言う。しかし、その通りにやっていたら、とっくにカルピスは市場から姿を消していただろう。


 原液カルピスだけで勝負して会社が傾いたことで、カルピスウォーター、カルピスソーダ、濃いめカルピス、カルピス THE RICHなど次々と新しい商品を開発していった。最近では、「睡眠の質改善」をうたう「PLUSカルピス 睡眠・腸活ケア」のほか、乳酸菌や腸内フローラがうつ症状と関係があるという研究が進んできたことで、機能性表示食品「メンタルサポート ココカラケア」なども発売している。


●カルピスが100年生き残れたワケ


 つまり、時代の変化に柔軟に対応し、変化を恐れずに攻め続けてきたからこそ、原液カルピスを100年も守ることができたのだ。


 カルピスには根強いファンがいる。しかし、それを守るだけでは新たなファンが増えず、いずれ先細りしてしまう。老舗和菓子店が常連客の高齢化で廃業に追い込まれるのと同じだ。


 だから、本当の老舗は新しいチャレンジを続けていく。「お、なんかおいしそう」と新しい客を取り込んで、リピーターとして定着させる。こうしたサイクルを回し続けてきたからこそ、老舗として生き残れたのだ。世の中には「守り」で事業継続できる殿様商売はそんなに多くないのだ。


 そう遠くない未来、われわれのイメージを一新するような新しいカルピスが登場するかもしれない。そのとき、「こんなものはカルピスじゃない」「定番で十分、こんな邪道なのは買いません」などをボロカスに叩くファンがたくさんあらわれるはずだ。


 だが、それは本当にカルピスブランドの成長と価値を考え抜いたうえでの戦略なのか。ネットやSNSでの反応に一喜一憂する前に、企業としてのブランド長期維持と消費者ニーズの本質を改めて見つめ直すことが求められている。


(窪田順生)



このニュースに関するつぶやき

  • 甘いの嫌いだからカルピス=甘いという印象しかない
    • イイネ!1
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(23件)

ニュース設定