限定公開( 17 )

「私は日本でモデルとテレビのお仕事をたくさんした後、今は日本の伝統文化を支えながら、新潟の山奥で農業することに夢中になっています」
6月11日にYouTubeチャンネル「TEDx Talks」で公開された動画で、こう語ったのはタレントのローラ(36)。’25年3月に新潟で農業を学ぶことをインスタグラムで宣言し、今年5月にも田植えを終えたことなどを報告していた。
人気絶頂期はテレビに引っ張りだこで、“バラエティ女王”とも呼ばれていたローラ。しかし、テレビで見せていた笑顔の裏では苦悩があったようで、動画で明かした“壮絶半生”に衝撃が広がっている。
ローラは日本人の母とバングラデシュ人の父の間に生まれ、両親は1歳のときに離婚。5歳までバングラデシュで親戚に育てられ、6歳のときに来日したという。
日本で父が再婚した中国人の継母とは言葉の壁があったようだが、「一緒に食べた後にお皿洗いを一緒にやることの大切さ、そして、お洗濯物を一緒にやることの大切さをしっかりと教えてくれて。それは今でも生かされているので、とても感謝しています」と振り返っていた。
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そんななか、人生の転機となったのは16歳のとき。東京・渋谷でスカウトされたことをきっかけにモデルとなり、20歳になるとテレビの仕事も始めたという。
ローラは「テレビの撮影もすっごい楽しくて、1年に200本以上番組に出るっていうことが何年も続きました」と振り返り、「あまりにも楽しいから、あんまりお休みも取らずにいっつも、いっつもお仕事していたら、ある日突然、朝起きた時にワクワクしなかったのです」と告白。
気付いたら自然に笑うこともできなくなったといい、当時の生活をこう語ったのだ。
「夜はどんどん眠れなくなり、毎日、強い睡眠薬を飲まないと眠れない状態になり、モデルとして“食べたら太る”という変な先入観で、食べても吐いてしまうをずっと繰り返す拒食症にもなり、そして歯医者に行くと、夜中の強いストレスの歯ぎしりで、歯にいっぱいヒビが入ってしまってて、“このままだと割れてしまって危ない”ということで、上の歯をほとんど取ってしまいました」
日常生活に支障をきたすようになり、「最後は人混みに行くと、なんだかドキドキして怖くなっちゃって、目の前が真っ暗になるというパニック障害も始まり、“もうこのままでは危ない!どうしよう”と思い、もう自分のことを誰も知らないアメリカに行こうと考え始めました」と打ち明けたローラ。
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心身の回復を求めて渡米したものの、はじめは疲労感や無気力が続く日々だったという。ローラは「私は今、うつ病になってるんだということが分かりました」と述べ、「もしかしたら私は今まで、自分のことよりも周りのこと、周りの期待に合わせようと思い、完璧にしすぎてしまって、自分の心の声を無視して、自分自身を大切にできていなかったのかもしれません」と分析していた。
だが、友人の誘いで始めた運動を継続するうちに、「気持ちが少しずつポジティブになっていった」と変化が――。
ローラは「今まで髪の毛も明るくずっと染めていて、カラーコンタクトもしていて、肌も焼けないようにしていて、自分じゃない誰かになろうとしていました」と省みるとともに、アメリカで暮らす多種多様な人々が自由に生きる姿に魅了されたという。その上で、自信を取り戻したことをこう語っていた。
「染めていた髪の毛を止めて、自分の本来の自然な黒髪を生やして、そしてカラーコンタクトも止めて、そして肌も太陽に思いっきりあたって、この自然な小麦肌を楽しむようになって。自分が本来持っているありのままの姿がどんどん好きになってきました」
その後、断捨離によって部屋を整理することで“自分の好きなもの”を明確化し、茶道をたしなむことで集中力を養ったという。ローラは茶道について、「日本を越えて世界中の人たちの心を優しく包み込み、人間として美しく自然とともに丁寧に生きる“型”というものを見せてくれるような、心の学校だと感じています」と表現していた。
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そうした影響から自分の食生活にも関心を持ち、日本の食料自給率が低いことにも危機感を抱くように。現在取り組んでいる農業について、「アメリカで取ったばかりのグリーンカードを手放して、私の母の故郷である新潟の、そしてその山奥に、自分でお米作りや農業を学びたいと思い、引っ越してきました」と説明していた。
明るい笑顔を崩すことなくスピーチを終えたローラだが、波乱万丈なエピソードに心を打たれた人も少なくないようだ。動画のコメント欄では、次のような声が上がっている。
《辛い時期もしなやかな強さになったんだね。感動しました》
《あんな笑顔で楽しいローラの後ろにそんな苦しみがあったなんて… 回復してくれてよかった 戻ってきてくれてありがとう》
《インスタグラムで変化を見ていたけど、こんな理由があったなんて知らなくて、涙が溢れました》
《テレビで活躍していた頃は想像できませんでした。そんな辛いことがあってアメリカに… 黒髪で自然なローラさんは一層輝いていますね》(すべて原文ママ)
ある芸能関係者は言う。
「ローラさんは’17年に当時所属していた事務所との契約トラブルが表面化し、一時は不安定な時期がありました。しかしLAに拠点を移してからは、生活スタイルに変化が見られるように。’18年にはワークアウト専用のSNSアカウントを開設し、環境問題についても積極的に発信していましたね。’20年に所属事務所から独立しましたが、大手事務所からの移籍オファーを断っていたといいます。いま振り返れば、自分らしさを取り戻す大切な時間を過ごしていたのでしょう」
ありのままの姿で日常に向き合うローラ。彼女を応援するファンはますます増えそうだ。
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