今季F1は「近年稀に見る壮大なショー」 中野信治が熱弁するランド・ノリスの特殊能力

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2024年08月23日 10:10  webスポルティーバ

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中野信治 インタビュー 後編(全3回)

 大接戦になりつつあるF1のレッドブル対マクラーレンのチャンピオン争い。ドライバーズ選手権では4連覇を目指すマックス・フェルタッペンとランド・ノリスのポイント差は78点とまだ大きいが、コンストラクターズ選手権ではレッドブルのリードは42点差まで縮まっている。

 後半戦でタイトル争いのキーマンになりそうなのはノリスと、フェルスタッペンの僚友セルジオ・ペレスだ。王者フェルスタッペンの対抗馬に成長したノリスのすごさとは? ペレスの不振脱却のカギは? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏にキーマンについて語ってもらった。

【"目がいい"ドライバーによるタイトル争い】

中野信治 今シーズン、ドライバーズ選手権で4連覇を目指すマックス・フェルスタッペンのライバルとして成長してきたランド・ノリス。以前から言い続けていますが、ノリスはドライバーとしてマシンを走らせるセンスがズバ抜けています。

 ドライビングのデータを見ていて、スピード感覚という部分ではフェルスタッペンに匹敵しています。高速コーナーでのスロットルの開け方やラインのトレースの仕方、ステアリングの切り方などを見ていて、フェルスタッペンに唯一対抗できると感じたのはノリスだと思っていました。

 圧倒的なスピード感覚は、目がいいと言い換えることができます。マシンの限界ギリギリのところで走れるのがF1ドライバーですが、フェルスタッペンやノリスはマシンの限界を超えたところでもマシンをコントロールできる。それは目がいい、つまり圧倒的なスピード感覚がないとできないんです。これは生まれ持ったセンスというか、特殊能力に近いかもしれません。

 フェルスタッペンやノリスのような感覚を持つ選手としては、ルイス・ハミルトンもそのひとりだと思いますが、F1ドライバーのなかでもひと握りしかいません。今シーズンは、全ドライバーのなかでも飛び抜けたスピード感覚を持つふたりがチャンピオンを競い合っています。

【メンタルコントロールがカギ】

 でも彼らに弱点がまったくないわけではありません。ふたりとも感情の起伏が激しく、メンタルコントロールが完璧とは言えません。その点に関してはノリスのチームメイト、オスカー・ピアストリが上回っていると思います。

 チャンピオンを獲得したあとのフェルスタッペンはメンタル的に非常に成長したと言われてきましたが、彼はこの数年間、ある意味、ライバル不在の平穏な時間を過ごしていた。でも今シーズン、そうじゃなくなった瞬間の乱れ方が半端ないですよね。

 ハンガリーGPでは無線でチームの作戦を公然と批判していましたが、フェルスタッペンは、「俺が負けるわけがない。結果が出ないのはお前らが悪いんだろう」と思っているはず。ドライビングに関しても、前からちょっとやりすぎだなと感じる部分がありましたが、やっぱり変わっていません。

 前半戦に何度かノリスとの激しいバトルがありましたが、絶対に譲りません。「俺が行けば相手は引くだろう」というような走りでした。言葉は悪いですが、そういう"わがまま"なドライビングは最近見られなかったのですが、やっぱり戻っているなという印象を受けます。

 そんなフェルスタッペンを相手にノリスはどう戦うのか。引くのが当たり前になってはダメだと思います。第11戦のオーストリアGPでふたりは激しいバトルを繰り広げ、最終的に両者が接触する結末になりました。オーストリアGPの決勝前まで、フェルスタッペンはギリギリの勝負になったらノリスは引くだろうというイメージを持っていたと思います。

 フェルスタッペンにそういう走りをさせ続けていると、ノリスはチャンピオン争いで勝てない。ノリス本人もそう感じていたからこそ、オースリアGPで簡単には引かない姿勢を見せつけたと思います。

 オーストリアGP以降、ノリスの戦い方は変わってきました。立ち振る舞いや言動にも明らかな変化を感じます。それまでのノリスはフレンドリーな性格で、レースをすごく楽しんでいるように見えましたが、優勝争いをするようになってからは完全に戦闘モードに入っている印象です。

 もともと能力とセンスのあるドライバーが貪欲に結果を求めるようになってきて、どんどんレースに集中しているように見えます。戦闘モードに入ることで、ノリスのキャラクターのよさを若干消してしまうかもしれませんが、フェルスタッペンという強大な王者を倒してチャンピオンをつかみ獲りにいく時には、戦う姿勢が全面に出てくる必要があります。

 タイトル争いがさらにヒートアップする後半戦、ノリスが戦闘モードをずっとキープしていけるかどうか。彼はどちらかというと波があるタイプなので、自分自身でメンタルをコントロールする術を見つけられるかどうかが、チャンピオン争いの大きなポイントになるでしょう。

【もうひとりのキーマンが不振の理由】

 後半戦のタイトル争いのもうひとりのキーマンは不振に苦しむセルジオ・ペレスです。レッドブルがコンストラクターズ・タイトルを獲得できるかどうかは、ペレスの双肩にかかっていると言っていいでしょう。

 ペレスの不振の原因は明らかです。そもそもレッドブルのマシンが乗りづらいというのが大きいと思います。

 乗りづらいマシンに自分自身を合わせ込めてない、合わせ込めてないから焦る、焦るとクラッシュする、クラッシュすると自分にプレッシャーがかかり限界で走れなくなる......。そういう悪循環に入ってしまっているように見えます。ペレスが遅いとか運転が下手とか言う人がいますが、そういう次元の話ではないと思うんです。

 F1ドライバーが、いきなり運転が下手になることはあり得ません。ただ精神的な部分で今までできていたことができなくなっているという可能性は多々あると思います。

 そこに関してはチームがどれだけサポートできるかということもありますが、まずはペレスにとって乗りやすいマシンをつくること。それが彼にとってシンプルに一番のサポートになると思います。

 ペレスが今、レッドブルのマシンに"乗れていない"のはデータを見ても明らかです。高速コーナーでまったくアクセルを踏めていません。その原因は、マシンを信頼することができていないからでしょう。

 新レギュレーションが導入された2022年以前のレッドブルは、フェルスタッペン専用のマシンになっていました。レーキ角(マシンの前傾角度)がついており、リアはピーキーですが常にフロントに荷重を乗せたまま走るという、オーバーステア特性を持っていました。

 そういうマシンがフェルスタッペンの好みだったのですが、当時のチームメイトだったピエール・ガスリー(現アルピーヌ)やアレックス・アルボン(現ウイリアムズ)などが乗ってもまったく力を発揮できませんでした。あの時代と同じような状況になっていると思います。

 その時の反省もあり、レッドブルは新しいマシンレギュレーションが導入された時、誰でも乗りやすいニュートラルなマシンをつくってきました。でも、新ルールが導入されて3年目となり、徐々にチーム内でフェルスタッペンに合わせていこうという話になっていったのではないかと想像しています。

 ペレスの心中を察すると、本当にツラい。正直な気持ちを言えば、解説していても彼を責めるようなことは言えません。早く光明を見出してほしい。そのためにはレッドブルがいいマシン、乗りやすいマシンをつくるしかないと思います。

 コンストラクターズ・タイトルだけのことを考えたら、むしろペレスに合わせてマシンを開発していったほうがトータルしてポイントを稼げると思います。でも、レースに勝つことやフェルスタッペンのドライバーズ・タイトルも考慮していくと、レッドブルは結局、フェルスタッピングに合わせる判断をする可能性が高い。

 レッドブルは技術力が高いので、願わくば、ふたりのドライバーが乗りやすいと感じるマシンを開発してほしいですが、後半戦に向けてどんな方向のアップデートをしてくるのか。大きなポイントになりますので注目しています。

【ドラマのような大逆転劇が起きるのか】

 今年のF1は面白いですね。前半戦で7人のウィナーが誕生しましたが、毎回、解説をしていても本当に誰が勝つのかわかりません。こんなシーズンは久しぶりです。

 後半戦のスタートとなるオランダGPの舞台となるザントフォールトは低速コースなので、どちらかといえばマクラーレンのマシンに合ったコースとなります。後半戦のカレンダーを見ると、第17戦のアゼルバイジャンGP、第18戦のシンガポールGPも速いと思いますが、マクラーレンのマシンはオールラウンダーになっています。どのサーキットでも優勝争いに加わってくるでしょう。レッドブルが相当頑張らない限り、コンストラクターズ選手権の獲得は難しいかもしれません。

 昨年は22戦中21勝でシーズンを完全制圧し、今シーズンも開幕から圧倒的な強さを見せていたレッドブルをマクラーレンが倒したら、本当にドラマのような大逆転劇です。近年稀に見る壮大なショーが今まさに目の前で行なわれています。

 僕自身、後半戦を本当に楽しみにしていますし、ファンの皆さんも見逃さないでほしいですね。

終わり

前編<F1レッドブル失速の背景にある「弱点」とは? 中野信治が読み解くチャンピオン争いの行方>を読む

【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。

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