『ラストマイル』野木亜紀子作品から紐解く、社会システムが生み出す弊害

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2024年09月06日 11:21  cinemacafe.net

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『ラストマイル』©2024「ラストマイル」製作委員会
公開10日にして興行収入21.5億人を突破したという『ラストマイル』。ヒットの要因は、いくらでも考えられるが、その中のひとつとして『ラストマイル』と同じ、監督は塚原あゆ子、脚本は野木亜紀子の座組で作られた「アンナチュラル」と「MIU404」という人気ドラマの世界観を共有した“シェアード・ユニバース”であるということももちろんあるだろう。

両作品からのキャストが物語に関わりながら登場するのも楽しめたし、先日は、シークレットにされていた中村倫也の情報解禁も行われたばかりだ。

「アンナチュラル」と「MIU404」のファンであれば、更に愉しめるし、見ていなくてももちろん楽しめる。また、映画を見てから二作品を見ると、また映画を見たくなるということもあるだろう。ほかの野木亜紀子作品を見ておくと、更に楽しめるのではないだろうか。どの作品にも通底したものが流れているからだ。

今回の『ラストマイル』で筆者が思い出したのは、意外にも日本テレビで放送されていた「獣になれない私たち」だった。

この「獣になれない私たち」では、主人公の深海晶(新垣結衣)が、ECサイトの制作会社・ツクモ・クリエイト・ジャパン(偶然にも、『ラストマイル』と近いところにあるようにも思えるが、個人経営のECサイトの制作会社である)の営業アシスタントとして働いている。

しかし、この会社の社長の九十九剣児(山内圭哉)は、頭の回転が異常に早く、他人にも同じようにできるはずと期待しているため、できないと早口でまくしたて、それがパワハラになってしまい社員たちを疲弊させていた。

晶は、前職で建築会社の派遣社員をしており、その頃から実直な働きぶりが買われ、紹介を受けて正社員としてツクモ・クリエイト・ジャパンで働くことになったのである。

晶は人より早く出社し、毎日、掃除をしたり、コーヒーをセットしたり、資料を整えたりしている。それが終わったころに、ようやく始業時間となり、社長のほか、社員たちが出社してくる。

しかし、晶はやる気のない社員(その中には「虎に翼」のヒロインの伊藤沙莉の姿も!)の代わりに取引先の男性に土下座を強要され、実際に土下座をすると、今度はその男性に頭をなでなでされてしまう。リアルタイムで見ていたときは、ひえーーーと声をあげてしまうシーンであった。

こうした社の内外でのストレスに耐え切れず、晶は地下鉄のホームで電車を待っているときに、線路のほうへ引き込まれそうになってしまうのだった。

『ラストマイル』でも、巨大倉庫の中で、とにかく物流が止まらないように、そしてひとつでも多く物が売れるようにという目標に従って、何人もの人が働いている。その中には、晶のように、そんな毎日に疲弊して、どこかに引っ張り込まれるような感覚を持ってしまってもなんら不思議ではない。

二作品の舞台はまったく違っているが、効率主義に追い立てられ、疲弊し、前にもすすめず、後にも引けず、とにかくこの流れを留めてしまいたいと思う人が出てくるということに、映画を見て決して他人事とは思えなかった人は多いのではないだろう。

晶の場合は、一度ではなく、交際相手の京谷との関係性に悩んでいた最中に、仕事でもいまだストレスは貯まり、その仕事のために資料となる写真を撮影に行ったビルの非常階段で、またふと、どこかに引きずり込まれるような感覚になる。しかし、スマホの連絡帳の中から、なんとか電話をかけられる相手を探して、留まることができたのだった。

その後、晶が少しだけ強くなった瞬間があるのだが、彼女がとった行動とは、会社への辞表をいつでも胸にしのばせておくことだった。つまり、晶は(比喩であるが)懐に爆弾を抱えて毎日を生きることで、ふとこの世から消えてしまいたくなるという瞬間を克服したのだ。

『ラストマイル』では、実際に爆弾によって人の命が奪われるシーンから始まる。罪は決して逃れられるものではないが、その動機に関しては、社会のシステムに関係あり、世の中の多くの人が、このシステムに悲鳴をあげそうになっている状況が重ねられていた。

「アンナチュラル」や「MIU404」でも、同様に、工場勤務で過労死をしてしまった人や、行き場のない少女、貧困の女性や、外国人からの留学生の過酷な状況など、この世の中のシステムに悲鳴をあげそうになっている人たちがたくさん描かれていた。

聞けば野木亜紀子氏は、『ラストマイル』でも、巨大ECサイトの倉庫の中で働く無数の非正規社員のシーンについても脚本には書いていたと8月30日放送のTBSラジオ「武田砂鉄のプレ金ナイト」で話していた。時間的に今回の映画では取り扱わなかったということであるが、その話を聞いて、納得したし、いつかそんな倉庫の中の物語を期待してしまった。




(《西森路代》)

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