アイドルフェス仕掛け人に聞く コロナ禍明けのライブ・エンタメの展望

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2024年09月09日 15:41  ITmedia ビジネスオンライン

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「@JAM EXPO 2023 supported by UP-T」の様子

 新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが2類から5類となってから1年が経過した。5類化に伴い、政府の方針は「法律に基づき行政がさまざまな要請・関与をしていく仕組みから、個人の選択を尊重し、国民の自主的な取組をベースとした対応」に変わった。


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 コロナ禍においてライブ・エンターテインメント市場は壊滅的な影響を受け、数多くの音楽フェスが中止や規模を縮小して開催されていた。最新のぴあ総研の調査によると、2023年の市場規模は、対前年増減率21.3%増の6857億円となり、コロナ禍前の2019年の水準を上回り(対2019年増減率では8.9%増)過去最高となっている。


 そんな中、9月14〜16日の3日間にわたり、230組のアイドルグループが出演する日本有数のポップカルチャーフェス「@ JAM EXPO(アットジャムエキスポ)」が横浜アリーナで開催される。


 2014年にスタートし、2020年のオンライン開催を除くと、今年が10周年記念の開催だ。テーマには「原点回帰」と「新たな挑戦」を掲げる。同フェスの総合プロデューサーを務めるソニー・ミュージックエンタテインメント/ライブエグザムの橋元恵一さんに、コロナ禍明けのライブ・エンターテインメントの実情や最近の変化、@JAM EXPO開催の裏側を聞いた。


●パンデミック明けのライブ・エンターテインメント(フェス)市場


 2024年のライブ・エンターテインメント市場は、パンデミックを乗り越え、再び大規模なイベントやフェスが活況を取り戻している。観客動員数はコロナ禍以前の水準を超え、特に若年層の参加が増えているようだ。一方、ジャンルによっては観客の高齢化も進む。これに対応するため、異なる年齢層に向けた新しい企画やイベント形式が求められている。


 2024年のフェスでは、ジャンルを超えた柔軟な構成が主流となっており、従来の「ロックフェス」や「アイドルフェス」といった明確な分類分けはしづらく、曖昧だ。多様な音楽スタイルが共存する新たなフェス文化が形成されつつある。


 例えば「SUMMER SONIC」では、ロックやポップスに加え、K-POPやEDMなどの新興ジャンルのアーティストを積極的に採用した。K-POPを好む若年層を含めて幅広い世代の観客を引きつけている。かつてはロック中心だった「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」も、今回はアイドルやJ-POPのアーティストも起用した。一方「FUJI ROCK FESTIVAL」は、依然として伝統的なロックフェスの姿勢を守り、新しい音楽スタイルの採用には慎重だ。


 このようなフェス市場の多様化の中で、@JAM EXPOはアイドルシーンにおけるプラットフォームの役割を担う。3日間で230組ものアイドルグループが参加する、業界にとっては重要なイベントのひとつだ。


●アイドルフェス:コロナ後の回復と新たな課題


 橋元氏によると、ライブの観客数はコロナ前の水準に戻り、多くのファンが再びライブの現場に足を運んでいるという。一方、運営面では新たな課題も浮上した。それは、制作コストの大幅な増加だ。特に人件費が大幅に上昇しており、今年の@JAM EXPOでは「アルバイトだけでも5000万円以上の人件費がかかる」と話す。これがイベント全体の運営に影響を与えている状況だ。


 一般的なイベントでは、チケット完売額の70〜80%程度を損益分岐点としており、こうしたコスト増加に対応するため、@JAM EXPOでも全体の価格調整をしているという。特にVIPチケットは、イベント運営の重要な収入源であり、収益を確保するための手段だ。VIP S席(3日券 13万7000円)、VIP席(3日券 12万6000円)など特に熱心なファン層からのサポートを引き出している。ファンの一人ひとりの価値を最大限に引き出し、収益の安定化を図るのが狙いだ。


 ここで重要となるのがファンマーケティングである。ファンマーケティングとは、ファンとの深い関係を築き、ブランドやイベントに対するロイヤルティーを高めることで、長期的な支援を引き出す戦略だ。VIPチケットの設定や特典の充実は、ファンに特別な体験を提供することによって、リピーターとなるファンを増やし、LTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)を向上させることを目指す。


 @JAM EXPOの収益構造は、チケット収入と協賛収入によって成り立っている。橋元氏によれば、収益の比率はチケット収入が約8割、協賛収入が約2割だという。協賛企業の支援はイベント運営を支える重要な要素であり、今回は第一興商やUP-T(運営元:丸井織物)などが協賛として参加した。これらの企業は、チケット販売やグッズ制作の面でも協力していて、イベント全体の運営に貢献している。協賛企業のサポートを活用しながら、収益の多様化を図ることで、イベントの運営を安定させ、さらなる成長を目指す構えだ。


●プロモーション戦略の進化とSNSの役割


 現代のアイドルフェスにおいて、SNSを活用したプロモーションは欠かせない要素である。特に、TikTokやYouTubeなど若年層に人気のあるSNSは、アイドルプロモーションの主戦場となっていて、これらのプラットフォームを活用することで、広範なファン層にリーチしている。橋元氏は「プロモーションの中心はTikTokやYouTubeだが、イベント広報には依然としてX(旧Twitter)に優位性がある」と話す。各SNSがそれぞれ異なる役割を果たしている点に注目している。


 @JAM EXPOでは、ファンマーケティングを強化するため、月額500円の有料会員制度を導入した。この制度では、会員限定のコンテンツや優先チケット販売を提供し、ファンとの関係を強化している。この仕組みによって、ファンのLTVを向上させ、イベントの収益を安定させるだけでなく、ファンとの長期的な関係構築を狙う。


 ファンマーケティングの目的は、単なるチケット販売や商品購入にとどまらず、ファンがブランドやイベントに感じる愛着を深め、継続的な支援を得ることだ。@JAM EXPOではこの手法を駆使し、ファンに対してより深い関与を促すための取り組みを実行している。ファンはイベントを単なる一度の体験とせず、継続的に参加し、ブランドやアーティストとのつながりを強められるのだ。


 さらに@JAM EXPOでは、データドリブンなマーケティングを活用している。チケット購入者の基本属性データや、SNSでの行動データを分析し、ターゲット層に対してより効果的なプロモーションを展開。これにより、ファン層に対してよりパーソナライズされたアプローチが可能となり、プロモーション効果を最大化する構えだ。


●供給過多のアイドル市場におけるブランディング戦略


 現在、アイドルシーンは供給過多の状態にある。都内だけでも3000以上ものアイドルグループが活動していると言われ、対バンライブなど複数グループが参加するイベントが毎週末に開催されているようだ。平日や日中にも連日イベントが開催され、業界全体の競争は激化している。このような状況では、各グループやフェスがいかにして差別化を図り、独自のブランドを築くかが重要な課題となる。


 @JAM EXPOでは、他のフェスとの差別化を図るため、アイドルグループ同士のコラボレーションを積極的に展開している。今年は26のコラボ企画が予定されていて、ファンに新たな驚きと体験を提供することを目指す。2025年初頭のライブを最後にアイドルグループとしての活動を終える「でんぱ組.inc」は、@JAM EXPOとの長年の関係を通じ、特別な体験を提供する予定だ。このような特別企画は、既存のファン層だけでなく、新しいファン層を引きつける重要な施策でもある。


 フェス市場の競争が激化する中で、各フェスはそれぞれ異なるブランディングを強化している。@JAM EXPOも、アイドルシーンにおける独自の存在感を維持しつつ、ファンとの深い関係を築くためにファンマーケティングの手法を活用し、今後も成長を続けることが期待されている。


●アイドルフェスの未来と新たなパラダイムシフト


 開催10回目を迎える@JAM EXPOは、アイドルシーンにおける未来を見据えた「新たなパラダイムシフト」を示すイベントだ。橋元氏は「今年はキャスティングに苦戦したが、コラボや特別企画を多く取り入れたことで、ファンにとって特別な体験を提供できる」と話す。


 この10年を振り返り、アイドル業界全体を見ると、@JAM EXPOがスタートした2014年には地方のご当地アイドルが活況を呈していた一方、現在では都内にアイドルグループが集中し、競争がますます激化しているという。2024年で10年一区切りを迎える@JAM EXPOでは、2025年以降に向けた新たなステージに進むため、幅広い層へのアプローチをとる予定だ。


 特に、ライト層といわれる新規ファン層を取り込むことや、既存ファン層のロイヤルティー維持が重要な課題となっている。今年は、業界全体におけるパラダイムシフトが進行する中、その未来を見据えた試金石の年ともいえるだろう。今後、アイドルシーンがさらに活況を迎えるために、@JAM EXPOがどのように進化し、新たな時代に適応していくかが注目される。


●成功をつかむ新しい顧客アプローチ


 デビュー直後からSNSを積極的に活用し、短期間で幅広い層にリーチしたFRUITS ZIPPER(フルーツジッパー)というアソビシステムが手掛けるアイドルグループがある。代表曲「わたしの一番かわいいところ」はTikTokで9億回再生を突破。2023年の日本レコード大賞、最優秀新人賞にも輝いた。


 橋元氏に日本武道館での同グループの公演について聞いた際、ファン層が従来のアイドルとは明らかに異なる点に注目していた。成功の背景には、これまでのアイドルグループとは一線を画したSNS戦略があったと言えるだろう。


 橋元氏との取材を通じ、FRUITS ZIPPERの急成長が、新たなマーケティング手法によるものであることをあらためて認識した。エンタメの世界にも少しずつだが、確実な変化の兆候が見られる。


 アイドル業界での成功法則には、エンタメだけにとどまらず、企業が顧客との関係を深め、LTVを最大化するための重要なヒントを含む。橋元氏の取り組みから学べるのは、時代のニーズに応じて柔軟に戦略を進化させる大切さだ。旧来の手法にとらわれない新たな顧客体験を提供することが、どの業界でも成功の鍵となるだろう。


(がん情報サイト「オンコロ」コンテンツ・マネージャー 柳澤 昭浩)



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