MVPを選ぶ基準は何? ベテランライターが振り返る「メジャーリーグ個人賞」記者投票の葛藤

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2024年09月09日 17:00  webスポルティーバ

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今季のメジャーリーグも終盤を迎え、ポストシーズン争いと共に本塁打などの個人タイトル、MVPなどの個人賞争いにも注目が集まっている。MVP部門ではナ・リーグは大谷翔平、ア・リーグはアーロン・ジャッジが最有力候補として挙がっているが、その基準とはどのようなものなのか。

ここでは2021年までメジャーリーグの個人賞投票に参加していたベテランライターに、過去の事例を挙げながらその過程、そして投票する側が抱える葛藤などについても触れてもらう。

記者投票はいかにして行なわれるか?〜前編〜

【チームへの貢献度を示すWAR】

 筆者はBBWAA(全米野球記者協会)の一員として、2021年まで毎年公式戦終了時にMVP、サイ・ヤング賞、新人王、監督賞、いずれかの投票に参加していた。投票者はナ・リーグとア・リーグそれぞれのフランチャイズの置かれている都市から記者2名ずつが指名され、投票するシステムである。

 2017年のアーロン・ジャッジ外野手(ニューヨーク・ヤンキース)の新人王獲得時のように満票のケースもあれば、自分が選んだ選手が受賞できなかったことも少なくなかった。投票は記者の主観に基づくものであり、正誤の問題ではなかったが、自分の見解が多数と一致しなかった理由についてはほかの記者と意見交換し、次回の投票に活かすように努める。このプロセスは毎年欠かさず繰り返していた。

 例えば、2012年のナ・リーグ新人王の投票を振り返ってみると、アリゾナ・ダイヤモンドバックスの先発左腕ウェイド・マイリーと、ワシントン・ナショナルズのスーパールーキー、ブライス・ハーパー外野手が有力候補のなか、筆者は、16勝11敗、防御率3.33のマイリーが、打率.270、22本塁打、18盗塁のハーパーよりも新人王に相応しいと判断した。しかし、結果としてはハーパーが1位票で16対12とマイナーを上回り、総合ポイントでもハーパーが112点、マイリーが105点と、僅差でハーパーが勝利した。

 投手と野手の比較は難しい。そんななか、2012年の選考はWAR(Wins Above Replacement/代替選手に対してどれだけ勝利を上積みしたかを示す指標)が注目されるきっかけとなった年だったと記憶している。この年、ア・リーグMVPでは打率、本塁打、打点の三冠王を獲得したデトロイト・タイガースのミゲル・カブレラと、ロサンゼルス・エンゼルスのマイク・トラウトが競い合ったが、トラウトのWARはデータサイト『ファングラフス』によると10.1で、7.3のカブレラを大きく上回った。このため、MVPにどちらがふさわしいかを巡って論争が起こった。打撃成績はカブレラが上だったかもしれないが、走塁と守備においてはトラウトの方が圧倒的に優れており、トラウトのほうがチームにとっての価値が高いという主張が強い説得力を持ったからだ。

 結果的にカブレラが22人の1位票を獲得し、トラウトの6人を圧倒したが、この年を契機に三冠王の打率や打点を重視する記者が減り、WARがより重要な指標として扱われるように変わった。そして前述のナ・リーグ新人王の選考でも、『ファングラフス』のWARではハーパーが4.4、マイリーが3.9と、ハーパーが上回っていた。今振り返ると、筆者は当時、勝敗、防御率、打率、本塁打、盗塁といった数字にまだこだわっていたと思う。

 2021年のア・リーグ新人王選考では、タンパベイ・レイズのランディ・アロザレーナ(外野手)が22人の1位票を得て124点で受賞した。一方、筆者はアロザレーナの同僚であるワンダー・フランコ(遊撃手)を選んだが、フランコはわずか2人の1位票で3位だった。

 筆者の決定に影響を与えたのは、新人王選考基準に対する考え方の変化だった。新人王は単にその年の成績だけでなく、将来性を重視して選ぶべきで、そこがMVPやサイヤング賞との違いと考えるようになっていた。

【投票に影響を与える記者を取り巻く環境】

 例えば、2010年にはサンフランシコ・ジャイアンツのバスター・ポージー(捕手)がシーズン途中のデビューにもかかわらず、108試合の出場で新人王に選ばれた。フルシーズンを戦い、142試合に出場したアトランタ・ブレーブスのジェイソン・ヘイワード(外野手)は、WARなどの数字ではポージーを上回ったが選ばれなかった。そして2012年にハーパーがナ・リーグ新人王になったのは、彼の将来性も加味された結果だと後になって気づかされた。

 2021年のア・リーグ新人王選考に話を戻すと、20歳のフランコは6月に昇格し、最初は苦戦したものの、8月以降は打撃で存在感を示し、終盤には3番打者に定着した。一方、アロザレーナは前年のポストシーズン20試合で10本塁打と歴史的な大活躍をしており、ア・リーグ優勝決定シリーズではMVPに選ばれた。筆者はその全試合を現場で取材していたし、大舞台であれだけ打った選手を、翌年新人扱いすることに抵抗があった。しかしながら2021年、明らかに筆者の考え方は少数派だった。

 また、2020年のア・リーグMVP選考では、シカゴ・ホワイトソックスのホセ・アブレーユ一塁手が21人の1位票を獲得し、374点で受賞。一方、私が選んだのはクリーブランド・インディアンズ(現・ガーディアンズ)のホセ・ラミレス三塁手で、8人の1位票を得て303点で2位だった。新型コロナによる短縮シーズンでのWARはラミレスが3.1、アブレーユが2.9、OPS(出塁率+長打率)もラミレスが.993、アブレーユが.987と差はなかった。両チームは勝敗数も同じで、ともにポストシーズンに進出した。私がラミレスを選んだ理由は、ペナントレース終盤での活躍が決定的だったから。特に9月22日の試合では、ホワイトソックス相手に10回にサヨナラ本塁打を放ち、劇的にポストシーズン進出を決めた。

 BBWAAでは「MVP/MOST VALUABLE PLAYER」の定義は明確でなく、「価値」が何を意味するかも定かではない。そのため、投票者は独自の基準で選べる。ベースボールダイジェスト誌の年間最優秀選手などとは異なり、主観を反映されて良い。シーズン中の安打数や打点数の多さからアブレーユがマジョリティの1位票を得たようだが、筆者は終盤の活躍に重きを置いた。

 私は、記者は多様な考え方や意見を持ったほうがいいと信じている。

 例えば、2018年のナ・リーグのサイ・ヤング賞では、筆者はニューヨーク・メッツのジェイコブ・デグロムに投票し、30人中29人が同じくデグロムを選んだ。デグロムは217イニングを投げ、防御率1.70、10勝9敗、269奪三振を記録し、WARでも9.0でトップだった。一方、ライバルのナショナルズのマックス・シャーザーは220.2イニングを投げ、防御率2.53、18勝7敗、300奪三振で、WARは7.5だった。セイバーメトリクス(野球を数字でデータ分析し、統計学的根拠を加えて選手の評価を行なう手法)が今ほど浸透していなかった20年前であれば、シャーザーの勝ち星の多さが評価されていた可能性が高い。しかしながら、近年では投手の勝ち星は運に左右され、必ずしも投手の実力を正確に反映していないという考え方が定着している。

 2010年にはシアトル・マリナーズのフェリックス・ヘルナンデスが13勝でサイヤング賞に選ばれた。とはいえ2018年のデグロムはそれよりさらに少ない10勝でほぼ同数の9試合に負けがついた。シャーザーの勝ち星や奪三振数を考慮すると、もう少しシャーザーに票を入れる記者がいてもよかったのではないかと思っている。

 最近は個性的というか、突飛な主張はやりづらくなっている。SNSの影響だ。個々の記者が誰に投票したかが明らかになるため、気に入らない投票に感情的になったファンからヒステリックに攻撃される恐れがある。さらにスター選手の契約に、投票の結果に絡んだ付帯条項が付いていることが少なくないため、投票が選手の報酬を決めてしまう。

 取材する記者と取材される選手の間で、投票が原因で軋轢や摩擦が生まれたのでは本末転倒だ。報道倫理の問題でもあり、取材活動に影響が出る。そもそも記者の仕事はニュースを報じることで、ニュースを作ることではない。だからBBWAAにも投票を断る記者もいるし、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ワシントンポスト』紙、『ロサンゼルス・タイムズ』紙などは、記者を採用する時点で、契約書に「投票はしない」という項目を入れている。

つづく〉〉〉

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