なぜ「2リットル」だけを製造? ミネラルウオーターの“ドル箱”をあえて狙わない、小さな会社の独自戦略

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2024年09月12日 12:31  ITmedia ビジネスオンライン

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2リットルのみを製造する安曇野ミネラルウォーター、なぜ?

 市場規模が伸び続けるミネラルウオーター業界において、2リットル製品のみに注力する企業がある。長野県安曇野市に本社を置く「安曇野ミネラルウォーター」だ。創業当初は赤字に苦しみながらも、独自戦略でポジションを築き、2024年10月には25億円を投じた新工場も稼働する。同社はなぜ、2リットルにこだわったのか。これまでの道のりと今後について代表の新井泰憲氏に聞いた。


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 ミネラルウオーター業界では、長らく500ミリリットル製品が主流となっていた。背景には輸送効率と売価の問題がある。例えば、同じスペースなら500ミリリットルが24本積載できるのに対し、2リットルではわずか6本だ。にもかかわらず、売価はほぼ同じため、多くのメーカーは利益の見込める500ミリリットル製品に注力してきた。


 業界の常識に逆行するような戦略を選択したことについて、新井氏は「2リットル製品から撤退する企業もありチャンスと感じた」と説明する。


 さらに、同社の躍進に大きく寄与したのが、2014年から始まったファミリーマートのPB商品の製造だ。当時、ファミマは東日本大震災を機に、社会的インフラとして水の安定供給を目指し、新たな調達先を探していたという。


 そこで、津南(新潟県)と霧島(宮崎県)に次ぐ商品として、創業間もない安曇野ミネラルウォーターが選択肢のひとつとなった。


●国際規格も取得し製造ラインを整備


 「安曇野は東西からのアクセスが良く、大量の水がありながらも山奥ではない。巨大な盆地の下にアルプスから流れ込んだ水がたまっており、物流面でも優位性があった」と新井氏は選定された理由について分析する。


 しかし、創業2年目の同社にとって、大手コンビニチェーンとの取引は大きな挑戦だった。大量生産や販売経験がほとんどなかったことから、当初はファミマ側の反応も厳しかったという。


 この大型案件獲得に向け、同社は食品安全マネジメントシステムの国際規格「FSSC22000」の認証取得に取り組んだ。約半年をかけて工場の仕組みを変えながら準備を進め、認証を取得。無事にファミマの監査にも合格し、2014年10月からPB製品の生産を開始した。


 創業2年目でファミマとの契約を結んだものの、同社の経営は依然として厳しい状況が続いていた。創業期は困難の連続だったと新井氏は振り返る。


 資金不足から海外製の安価な機械を導入せざるを得ず、当然ながら修理時にも簡単に日本へは来てくれない。モーターが故障した時には、製造元がある現地へ交換用品を取りに行くなど、対応に追われた。


●創業から6期連続で赤字続き


 資金面での逼迫(ひっぱく)も深刻だった。創業から6期連続の赤字が続き、ファミマとの取引が始まった2年目でさえ、設備投資負担から資金繰りは厳しく、毎月末の支払いに頭を悩ませたという。


 しかし、これらの困難を乗り越えた同社は、2022年5月〜23年4月までの1年間で売り上げ18億円を達成。2023年5月〜10月までの半年間で13億2314万円を記録するなど、年商20億円を超える勢いで成長している。


 業界全体が苦戦したコロナ禍においても、成長を維持した。同社は「外出自粛で自宅での飲料水需要が増加し、2リットル製品の販売が伸びた」と分析する。


 さらに、近年の気候変動に伴う災害増加も需要を後押ししている。「異常気象や自然災害が増えたことで、非常時の備蓄需要も高まっている。2リットル製品市場には追い風が吹いている」


 売り上げが伸びていく中で、安曇野ミネラルウォーターは第2工場を建設する。第1工場の生産能力は1分間に150本だが、第2工場では250〜300本と、ほぼ倍増する。新井氏は「生産のキャパシティーから需要に十分応えられていない状況が続いていたが、新工場の稼働により安定供給体制が整う」と期待を寄せる。


●新工場には「巨大アート」を設置


 新工場の目的は、単なる増産だけではない。日本市場の厳しい品質要求に応えつつ、従業員の働きやすさも追求している。自動化を進めることで、生産ラインの人員を増やすことなく生産能力を倍増させた。


 これにより、従業員は機械操作よりも品質管理により多くの時間を割けるようになるという。


 新工場には、高さ約8メートル×横幅3面合計で約50メートルの巨大アートを設置した。この独特な取り組みについて、新井氏は「働くスタッフたちが誇りを持てる環境づくりを追求した結果だ」と説明する。同アートは制作会社のOVER ALLs(オーバーオールズ、東京都)が描きあげ、安曇野の豊かな水資源、自然への敬意、水資源利用の責任などメッセージを込めた。


 「日本の工場は効率性を重視するあまり、働く人の心理面への配慮が不足しがち。このアートを通じて、従業員に仕事の意義を日々感じてもらいたい」(新井氏)


 新工場では従業員の休憩スペースにも力を入れた。「イノベーションルーム」と名付けられた空間は、リラックスできるだけでなく、従業員同士の交流を促す設計となっている。効率だけでなく、従業員の幸せを追求することが、結果的に会社の成長につながるという考えが背景にある。


 「家以外で一番長くいる場所が職場。その環境をより快適にすることで、従業員の創造性やモチベーション向上につながると考えた」


●2023年から植樹活動を実施


 新工場の建設と並行して、安曇野ミネラルウォーターは事業の根幹である水資源の保全にも力を入れている。2023年6月から長野県大町市で植樹活動を開始。アルプスの水源上流に位置するこの地域で、オオヤマザクラやカエデなどの広葉樹を植樹している。


 同社が汲(く)み上げる水は、北アルプスの雪解け水が森林を通して地下水となったものだ。「上質な水を届けることは、私たちの使命。そのためには、水を育む森林の保護が不可欠」と話す。


 同社は自社で山林を所有し、今後も定期的な植樹と森林整備を行う予定としている。継続的な森林管理を行うことで、長期的な視点での環境保全を目指す。


 新工場の稼働を控え、安曇野ミネラルウォーターは次なる成長に向けた準備を進めている。単なる規模の拡大ではなく、質を重視した「最適化」だ。生産量の増加だけでなく、従業員の幸福度や地域への貢献も含めた、バランスの取れた成長を目指す。


 また、社員のワークライフバランスや給与水準の向上にも注力する。生産性向上と従業員満足度の両立が、持続可能な成長につながるという考えだ。


 新井氏は今後について、「ミネラルウオーターと言えば安曇野ミネラルウォーター」と呼ばれるブランドになることを目指すと同時に、長野県を代表する優良企業としての評価も獲得したいと展望を語る。


 安曇野の水の価値を広めることで、地域の発展にも寄与し、限りある水と人という資源を生かし、守りながら事業を展開する。この戦略が、安曇野ミネラルウォーターの未来をつくっていくことになりそうだ。


(カワブチカズキ)



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