日本語教師はなぜ「スパイ」だと疑われたか ツッコミどころ満載のニュース番組

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2024年09月13日 09:31  ITmedia ビジネスオンライン

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ベラルーシで日本人が拘束されていた

 9月5日、ベラルーシで7月に邦人が拘束されていたことが判明し、騒動になっている。


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 この邦人は、ベラルーシの大学で日本語教師などをしていたベラルーシ在住の中西雅敏氏(52)だ。地元の国営テレビは9月5日、中西氏が日本の情報機関のスパイであり、ベラルーシとウクライナの国境近くの軍事施設の撮影をするなど、情報活動をしていたと報じた。


 そしてその翌日には、16分ほどの長さのニュース番組が国営放送で放映され、YouTubeでも配信された。その動画には長野県の企業関係者も登場し、なぜかその会社のトップがスパイのハンドラー(スパイを運用する諜報員)として描かれていた。


 まだこれから事態が進展する可能性もあるが、これまでの経緯を見ると、日本の企業関係者やビジネスパーソンも、国外でいつスパイ関係組織として扱われる事態に見舞われるか分からないというリスクを再確認できる。そこで今回はこの騒動をさらに深掘りしてみたい。


 これまで世界各地のスパイ機関関係者やスパイ絡みの事件、歴史などを取材してきた筆者としては、今回のニュース番組はツッコミどころが満載すぎるずさんな内容という印象だった。根本的な事実誤認も見受けられる。


●なぜスパイだと疑われたのか


 まず番組内では、中西氏のPCなどの情報から、日本に帰国した際に「国家公安委員会」に訪問する予定だったと示唆している。国家公安委員会は日本の警察を取り仕切る組織であると紹介されており、彼が情報当局のスパイだったと言わんばかりの見せ方になっている。


 さらに日本の情報機関が中西氏に「使い放題」のクレジットカードを渡していたとして、カードの複写まで見せている。筆者は日本や世界の情報機関を取材しているが、クレジットカードを使い放題にして海外で活動できる情報機関は日本にはないと言える。少なくとも、ベラルーシ国内の情報は日本にとってそれほど重要なものではない。


 日本の情報機関には、警察当局、法務省の外局組織である公安調査庁、外務省の国際情報統括官組織、政府には内閣情報調査室、防衛省・自衛隊には情報本部などがある。こうした組織は基本的に、日本国内で情報活動を行っているが、なかには海外にいる邦人などに情報提供の協力を依頼している組織もある。ただ、いわゆるスパイ工作のような大々的な組織的情報工作をさせることはほとんどない。そうした活動には法的な根拠もなく、協力者が拘束されるような場合には邦人保護もままならないのが実態だ。


 もちろん、中西氏がそうした組織の関係者と帰国時に会うなど、何らかの協力をしていた可能性はゼロではないだろう。


 ベラルーシ国営テレビのニュース番組では、日本の「軍の情報機関」のハンドラー(諜報員)が、中西氏をベラルーシで運用してスパイ工作をさせていたと示唆している。そのLINEのやりとりのスクリーンショットが紹介されているが、内容はスパイとハンドラーのやりとりを感じさせるようなものではない。


 そもそも日本には「軍」は存在しない。さらに中西氏は「国家公安委員会」と関係があるかのように指摘されているのに、なぜそこに「軍」が出てくるのかも不明だ。


●「諜報員」とされた男性は顔写真まで公開


 この出来事から、特に日本企業の関係者も注意すべきことがある。誰でもいつでもこうした疑惑に巻き込まれる可能性があるということだ。「軍」のハンドラーとされた男性は、アップの顔写真まで番組で公開され、「表の顔は会社経営、実際は諜報員である」と指摘されている。


 長野県で会社を営むこの「ハンドラー」男性に接触したところ、「中西氏の妹とかつて婚姻関係」だったというが、2022年2月以降はLINEですら連絡していないと主張する。筆者はこの男性に話を聞いた。以下はそのやりとりである。


――日本の情報組織と関係があるのですか?


 全く何もないです。日本のいかなる組織とも関係はないです。僕は普通の人ですから。情報機関に属していたら、普通の仕事はできないじゃないですか。警察も番組に登場していますが、報道後に日本の警察から問い合わせは来ていません。


――ベラルーシにビジネスとして進出したかった?


 僕の企業は西側の国々とも取引があります。社長という立場なので「ビジネスチャンスがあるかも」と思って、ベラルーシに進出を考えたわけです。ごく普通のことですよね。最初は、ベラルーシにはどんな産業があって、日本企業はあるのか、というところから始まってやりとりしていただけです。


――今回の件を受けて、国内外の仕事に支障は出そうですか? 信用問題にも発展しかねないのでは?


 顔写真も出て、取引先などが怪しむことになりますよね。信用問題になりかねず、仕事に支障が出ますよ。ですので「一切無関係であること」を自分の言葉で発信していく必要があると感じています。報道後、すぐにマスコミなどから問い合わせが殺到していて、対応に追われました。


●海外での「写真撮影」には注意


 男性は、ビジネス的にも大変な迷惑を被っていると述べていた。それもそのはずだ。国内外でビジネスを展開している経営者が、海外在住の元身内が拘束されて、そのスマホから昔のやりとりが見つかったからといって、突然「軍の諜報員」とされてしまうのである。


 もっとも、元身内でなかったとしても、海外で暮らす知り合いにビジネスチャンスを見据えて現地の事情を聞くだけでも、同じような事態に直面するリスクはある。野心的なビジネスパーソンほど危険にさらされかねない。


 それが国営放送のニュースとして、YouTubeで全世界に配信されるのだから、スパイに「でっち上げられた」側は悲惨だ。しかも番組側から確認のための取材も来ていないので、反論のしようもない。また、ベラルーシの同盟国などに訪問したら、「軍の諜報員」として拘束されてしまう可能性すらある。


 特に、日本や欧米と価値観を共有しないような国が絡むと、そのリスクはさらに高くなるだろう。ちなみに、ベラルーシはロシアと国境を接し、旧ソ連諸国の中でも有数の親ロシア国家だ。情報機関が協力をしながら両国の国益のために動いているため、ロシアの思惑が背後にある可能性も考えられる。2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、日本はロシアに対して厳しい姿勢を示しており、経済制裁も科している。言うまでもないが、北方領土を巡る問題も抱えている。


 今回の件は、仕事で海外に行くビジネスパーソンだけでなく、一般の旅行者にも教訓となるだろう。特に注意が必要なのは、写真撮影である。


 特に日本と友好関係のないような国では、どこに政府機関や軍事関係の建物があるか分からない。街中で写真撮影をしていたら、たまたま重要施設が映り込んでしまい、スパイ容疑などで拘束されてしまう可能性すらある。ガイドブックに載っている観光地なら問題ないだろうが、それ以外ではむやみやたらに写真を撮るのは控えた方がいい。


 これまでなら、もし写真撮影が問題になったとしても、その場で写真を消せば許してもらえることもあったが、最近は自動でクラウドサービスに同期されてしまうこともあるので注意が必要だ。大抵の場合、そうしたクラウドのサーバは国外にあることが多いため、写真を撮影した瞬間に海外に持ち出してしまうことになる。西側諸国なら問題になることは少ないと思うが、そうではない敵対的な国ではそれを根拠にスパイ扱いされてしまう可能性も否定できない。


 中西氏が裏で日本などの情報組織とやりとりしていたのかは現時点では分からない。だがここまで見てきた通り、西側諸国と対立しているような国では、情報共有や写真撮影なども気を付ける必要があるということだ。拘束されたら、スマホやPCの中身まで過去にさかのぼって見られてしまうのである。


 そうしたことを意識しておかないと、スパイ扱いされてプロパガンダ目的で拘束されてしまう可能性もある。ビジネスであっても、海外とやりとりする際には注意が必要だ。


(山田敏弘)



このニュースに関するつぶやき

  • ┓(のんの)┏ 去年放映したTBSの「あのドラマ」を額面通りに捉えたのとちゃうか?(笑) 共産とか独裁国家のってその割には情弱なとこあるから。
    • イイネ!3
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