エムバペ加入の「シン・レアル・マドリード」手綱を握るのは「新8番」バルベルデ

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2024年09月16日 07:10  webスポルティーバ

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西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第14回 フェデリコ・バルベルデ

日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回は名将カルロ・アンチェロッティ監督のもと、今季のレアル・マドリードのキーマンになるであろう、フェデリコ・バルベルデを取り上げます。

【レアル・マドリードの新しい8番】

 レアル・マドリードはよく「戦術がない」と言われる。

 戦術が、あらかじめ決められた約束事だとすれば、確かにレアル・マドリードには戦術がないのかもしれない。あらかじめの決め事を作るのは主に監督の仕事であり、それが機能するとフィールド上に何らかの規則性が表れる。ところがレアル・マドリードの場合、そうした規則性は伝統的に希薄なのだ。

 ないわけではない。というより、ここ数年は確実に規則性があった。ただ、そのあり方が多くのチームとは違っていた。簡単に言うと、レアル・マドリードにあった規則性はルカ・モドリッチとトニ・クロース(昨季引退)が作ったものだ。

 右にモドリッチ、左にクロース。ふたりが散開することでビルドアップが始まっていた。モドリッチとクロースは似て非なるMFで、ふたりの奏でるリズムは異なっていたが、ふたりがあえて距離をとってプレーすることでふたつの音色が混在することはなく、互いに共鳴してトータルで非常にバランスのとれた状態になっていた。

 これは監督やコーチングスタッフがあらかじめ用意できるものではない。

 そもそもあらかじめ用意して選手たちに仕込む戦術がすくいとれるものは、広大なフィールドで起こることのごく一部でしかなく、その瞬間にいかにプレーするかの大半は選手に委ねられている。レアル・マドリードはその厳然たる現実から目を背けたことはなく、1950年代から今日に至るまで可能なかぎり最高の選手を集めることを大方針にしてきた。

 つまり、選手が先なのだ。それぞれの時代で最高クラスのスター選手を獲得し、その人を中心に戦い方を決めていく。監督があらかじめ決めたことをやり、不足しているコマを補強していくというような、多くのチームがやっていることとは違っていて、そのため戦術の定義が一般とは違っている。

 偉大な選手ほど替えは効かない。レアル・マドリードの戦術は常に選手とともにあり、したがって選手とともに失われる。アルフレッド・ディ・ステファノ(1950〜60年代に活躍)の後釜は存在せず、ジネディーヌ・ジダン(2000年代に活躍)の役割を果たせる者もいなかった。今季はクロースという「戦術」を欠損した状態でスタートしている。

 クロースの背番号8を受け継いだのはフェデリコ・バルベルデだった。

 ただし、26歳のウルグアイ人はクロース2世ではない。バルベルデはバルベルデのやり方で新しい8番になるしかなく、違う資質、個性で新たなレアル・マドリードを作り上げていくことになる。

【名シェフ・アンチェロッティ監督のキーマン】

 レアル・マドリードの監督に求められるのは、獲得してきたスーパースターを活かしきること。そのためのバランスを構築することだ。

 カルロ・アンチェロッティ監督は素材を的確に料理するスペシャリストで、つまりレアル・マドリードの監督に最適の人物である。

 昨季はジュード・ベリンガムを得て、ベリンガムをトップ下に据えた4−4−2をごく短期間で仕上げた。カリム・ベンゼマ(現アル・イデハド)という「戦術」に代わって、ベリンガムが「戦術」である。戦術ベリンガムはファンにはわかりにくかったかもしれないが、おそらく監督にとってはそこまで骨の折れる作業ではなかったと思われる。

 例えば、クリスティアーノ・ロナウド(現アル・ナスル)が「戦術」だった時代(2010年代)、エースストライカーが左ウイングなので、センターフォワードのベンゼマはアシスト役に回っていた。ガレス・ベイル(昨年引退)が加入して"BBC"が結成されると、さらに脇役が必要となり、アンチェロッティ監督はアンヘル・ディ・マリア(現ベンフィカ)をその任に就かせていた。

 複数のスターが全員第一バイオリンというわけにはいかない。スターのなかにも序列を作り、チーム全体でバランスがとれるようにしなければならない。アンチェロッティ監督は自身が現役の時にローマのスターから、ミランの名脇役に転身した経験がある。そのためか脇役を見つける眼力は確かで、最終的には最適なバランスを探り当てる。

 ただ、レアル・マドリードの会長にとって脇役は脇役にすぎなかったようで、「絶対出すな」と監督が言い残していたにもかかわらず、あっさりとディ・マリアは放出されてしまった。

 それに比べると、戦術ベリンガムはハンドリングしやすかったはずだ。

 ベリンガムは脇役を必要としないハードワーカーで、バルベルデ、エドゥアルド・カマビンガも同類のスターだったからだ。ヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴも守備を怠けるタイプではなかった。

 誰かが誰かの尻ぬぐいをするのではなく、全員が互いを補完できる。誰もが自由に攻撃し、誰もが献身的に補完する。アンチェロッティ監督の仕事は、その自由度を保証しながら混乱しないためのルールを作ること。これまでよりストレスは少なかったのではないか。

 しかし、レアル・マドリードはやはりレアル・マドリード。クロースが抜けた今季、やって来たのは念願のキリアン・エムバペだ。とびきりのスター。火力倍増が期待できる。その半面、司令塔クロースを失ったまま、新たなバランスを探る難題が課せられたわけだ。

 今のところ、アンチェロッティ監督の救世主はバルベルデである。

【無尽蔵のスタミナとスピード。強烈無比のミドルシュート】

 バルベルデはウルグアイのペニャロールで育成され、17歳でレアル・マドリード行きが内定(翌年正式加入)。Bチームのカスティージャではボランチ、センターバックとして起用されたが、ペニャロールではトップ下だった。デポルティーボへの貸し出しを経て、レアル・マドリードのトップチームに合流した時にはマルチプレーヤーとなっていた。

 レアル・マドリードでの4シーズン目、アンチェロッティが監督に就任すると、バルベルデは右ウイングに起用される。すでに名脇役として目をつけられていた感がある。

 昨季はベリンガム・システムの中盤右を担当。無尽蔵のスタミナ、大きなストライドで駆け上がるスピード、正確なボールコントロールと戦術眼。そしてアンチェロッティ監督が「君の足には石がついている」と評した強烈無比のミドルシュート。バルベルデの能力は遺憾なく発揮されていた。

 昨季チャンピオンズリーグとラ・リーガの二冠を獲ったチームにエムバペが加入した今季、まだ最適解は探り当てられていない。

 いつもレアル・マドリードは1回弱くなる。

 エムバペ、ビニシウス、ロドリゴ、ベリンガムの後方にバルベルデとオーレリアン・チュアメニを配置した結果、ただバルベルデの仕事量が増大した。必死にパスをつなぎ、敵のカウンターアタックを全力疾走とタックルで止めるバルベルデがいなければ、最適解の前に崩壊が先だったかもしれない。

 さらに大きな問題はクロースの穴だ。攻撃力と献身性を兼ね備えた昨季のアタッカーたちも、クロースの交通整理なしには機能しなかっただろう。バルベルデはクロースに代わって手綱を握らなければならない。クロースとは違ったやり方で。

 ボールを完全に静止させるクロースのやり方とは、おそらく真逆になるかもしれない。バルベルデの資質はボックス・トゥ・ボックスであり、スティーブン・ジェラード(元リバプールほか)やポール・ポグバ(現ユベントス)がよく引き合いに出されるように、静的なクロースとは対照的な、動的なプレースタイルだからだ。

 想像の域を出ないが、バルベルデの8番は自ら動くことでカオスを加速し、それを自ら回収するという、前代未聞のスペクタクルになりそうな気がする。クロースのやり方を踏襲するのが無難かもしれないが、それではレアル・マドリードらしくないし、バルベルデらしくもない。

 壮大な自作自演で、世界最大級の火力に点火するクレイジーな8番に期待したい。

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