優秀だが昇進できない人 採用時と入社後の「評価のズレ」は、なぜ起こるのか?

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2024年09月18日 07:21  ITmedia ビジネスオンライン

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写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 「あの人は優秀だ」と誰もが認めるような人が、入社後、会社からあまり評価されないケースがあります。さほど優秀ではなかったと思われる人の方が評価されて、先に出世することもあります。


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 採用時、会社は志望者が提出したエントリーシートや職務経歴書、面接などを通して、受け答えの的確さやコミュニケーション力など、総合的観点から採用可否を判断します。その際、評価軸となるのは、当然ながら「人材の優秀性」です。どんな会社も、できる限り多くの優秀人材と出会い、優秀性を見極め、どうやって入社してもらうかに一生懸命です。


 ところが、いざ会社に入ると、冒頭に示したようなケースが往々にしてあります。このような採用時と入社後の評価のズレは、なぜ起こるのでしょうか? 理由をたどっていくと、社員マネジメントにおける日本企業の課題が浮かび上がってきます。


●トップ営業のAさんが昇進できなかったワケ


 会社は常に業績目標を追いかけ、他社との競争にさらされています。業績を向上させ、他社に勝つために優秀な人材を欲するのは当然です。しかしながら、一度会社の中に組み込まれると、組織としての成果を最大化させるための行動が求められます。


 例えば1カ月のキャンペーン期間中、顧客に必ず新製品の案内をするよう営業所長から指示が出ていた場合。2人の営業職、AさんとBさんの違いをもとに考えてみましょう。


 トップ営業のAさんは、新製品をあまり良いものだとは思っていませんでした。既存製品の方が顧客の要望に応えられると思い、キャンペーン期間中も新製品の案内ではなく既存製品を中心に提案したところ、1カ月で大きな売り上げを立てることができました。


 一方、Bさんは所長の指示通りキャンペーン期間中に周った全ての顧客に新製品を案内したものの、売り上げではAさんに及びませんでした。キャンペーン期間が終わった後、営業所長はAさんとBさんを呼び、この1カ月の営業報告を受けました。


 まずは、Aさんとのやりとり。


所長:「この1カ月の報告を聞かせてくれるかい?」


Aさん:「大口受注を2つ獲得できたので、売り上げ目標を大幅に上回ることができました」


所長:「売り上げ成績は今月もトップだったね」


Aさん:「お客さまの要望にしっかりお応えできたと思います」


所長:「新製品の案内についてはどうだい?」


Aさん:「既存製品の案内で大半の要望に応えられたので、チラシをお渡ししたのは数社です」


 続いて、Bさんとのやりとり。


所長:「この1か月の報告を聞かせてくれるかい?」


Bさん:「全ての訪問先で新製品のチラシをお渡しし、特長や特典についてお伝えしました」


所長:「反応はどうだった?」


Bさん:「受注には至っていませんが、見込みになりそうなお客さまが3社あります」


所長:「ところで、売り上げ成績の方はどうだい?」


Bさん:「厳しかったのですが、目標はギリギリでなんとか達成できました」


●「優秀さ」よりも評価される基準


 営業成績を考えると、目標ギリギリだったBさんより、売り上げトップとなったAさんの方が上です。しかしながら、営業所長の指示通り動いていたのはBさんです。もし、AさんとBさんのどちらか1人が次の昇進候補者だった場合、Bさんの方が昇進するということが往々にして起こり得ます。


 Bさんの昇進を知ったAさんとしては納得いかず、営業所長との間で以下のようなやりとりが発生するかもしれません。


Aさん:「営業成績トップの私ではなく、Bさんが昇進したのは納得できません」


所長:「昇進は営業成績だけで決めるわけではなく、総合的に判断した結果だよ」


Aさん:「会社の売り上げを一番増やしたのは私ではないですか」


所長:「キャンペーン期間に、新製品の案内を後回しにしていたよね」


Aさん:「お客さまの要望に応える上で、新製品の案内がベストとは思えなかったからです」


所長:「提案してみなければ分からないだろう。今後ヒット商品になる可能性だってある」


Aさん:「私なりに分析しました。新製品は多少興味を引くことはあっても大して売れませんよ」


所長:「それは製品開発やマーケティング担当が考えることだ。キミの仕事ではないよ」


 AさんはAさんなりに、会社や顧客のことを考えた上で行動していたはずです。また、結果的に新製品がヒットしなければ、Aさんの眼は正しくやはり優秀だったことになります。ただ、営業所長の指示に従わなかったことには違いありません。


 Bさんが昇進したということは、ギリギリとはいえ目標を達成し、かつ指示通りに行動したBさんの従順性が評価されたことになります。個人としては抜群に優秀であっても、Aさんのように指示と異なる動きをされると会社の統制は損なわれます。


 会社組織では、より上のポジションになるほど統制をとる側としての素養が求められ、会社方針と足並みをそろえられる従順性が重視されがちです。


●「公正な評価」できない会社


 能力では相対的に劣ったとしても、従順でさえあれば評価されることはあり得ます。採用された時点で、社員たちは一定以上の優秀性が認められた人材です。また、個人の能力の高低は組織力である程度カバーできます。


 むしろ、個人の能力に左右される度合いが高い組織は不安定な面もあり、組織としての成果を最大化させるためには統制が必要になります。統制をとる上で、時に理不尽と感じることがあったとしても指示通り実行してくれるような従順性を持つ社員は貴重です。特段優秀に見えないのに、なぜか重用される人材がいる背景には、そんな事情が見え隠れすることがあります。


 ただ、社員に従順性を求めすぎてしまうと、組織を蝕(むしば)む元凶にもなり得ます。黒いものでも白と言わなければならないほど強圧的マネジメントで統制をとっているような組織は、従順性至上主義になりがちです。すると、不正行為などが発覚しても、社員は正すどころか指示に従い続け、隠蔽に加担したりします。


 そんな従順性至上主義の会社では、公正な評価も行われづらくなります。表面的には成果や能力を重視しているように見えたとしても、いわゆる“鉛筆ナメナメ”で、幹部が集まる評価会議などの場で主観的な修正が加えられるようなことになりがちです。


 また、従順性至上主義の会社では「上司の指示には絶対服従」「残業や休日出勤を厭(いと)わない」「どんな仕事も引き受ける」――といった振る舞いが評価される傾向にあります。それは、会社の意思で社員をコントロールしようとする他律型マネジメントに適したスタンスです。


●「キャリア自律」の機運が高まる一方で


 ところが近年、終身雇用の継続が難しくなり、自発的な学び直しや副業の促進などと相まって、キャリアを会社任せにせず自らがデザインするキャリア自律支援の機運が見られるようになってきました。


 しかし、従順性至上主義の会社が流行を追いかけてキャリア自律支援を方針に掲げると、他律型マネジメントとの間で矛盾を抱えることになります。従順性至上主義とまでは行かなくとも、他律型マネジメント寄りの会社には、同様の矛盾が生じます。


 人口が年々減少する中、会社はかつてのように「意に沿わない人材は入れ替えればいい。代わりはいくらでもいる」という人事戦略がとりづらくなってきました。今いる人材をつなぎとめ、持てるスキルや経験をできる限り精緻に把握した上で、社員の能力を最大限活用することがより重要になってきています。


 日本郵便は、社員17万人の職務スキルや配属希望を一元管理できるシステムを構築すると報じられました。少子化が進み人材の稀少性がさらに増していく中、同様に、社内人材の優秀性を詳細に把握し、能力を生かすための工夫に取り組む動きは今後も広がっていくはずです。


 一方、働き手の価値観は多様化が進んでいます。ワークライフバランスを大切にし、テレワークなど柔軟な働き方を求め、職務内容や勤務地へのこだわりを強くしています。会社が方針として掲げるか否かにかかわらず、働き手側ではキャリア自律を求める機運が高まってきているのです。従順性至上主義の会社に顕著に見られる他律型マネジメントとは相容れません。


 社員の能力を生かそうとすればするほど、社員の志向に寄り添う必要があります。社員の能力は最大限活用したいが、黒いものを白と言う従順性も求めたいという自分勝手なスタンスの会社は、いくら優秀な人材を採用できたとしても、いずれ離れていってしまうのではないでしょうか。


(著者:川上敬太郎/ワークスタイル研究家)



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