企業における広報、またはPR(パブリックリレーションズ)と呼ばれる職種にどのようなイメージをもつだろうか?
【画像】アルバイト全員がタイミーユーザーで構成された「THE 赤提灯」店内のようす
メディアの取材対応や公式SNSでの情報発信などが主な仕事と思われがちだが、それは業務全体の一部でしかない。広報活動が、企業の経営全体にもたらすインパクトとは何か。著書『小さな会社の広報大戦略』の執筆を手掛け、広報支援を伴走型で行うリープフロッグ代表の松田純子氏が「経営に効く広報」の在り方について解説する。
●著者プロフィール:リープフロッグ合同会社 代表 松田純子(まつだ・じゅんこ)
早稲田大学卒業。求人広告のコピーライターを経て、2007年からワークスアプリケーションズ、博報堂グループのスパイスボックスで広報業務に従事。ゼロから広報部を立ち上げたスパイスボックスでは、初年度から400媒体以上の露出を実現、「広報活動によって1億円の売り上げに貢献した」として局長賞(社内アワード)を受賞。経営戦略室マネジャーを経て2019年3月に、B2B企業向けに伴走型、人材育成型で広報部立ち上げ支援を行うリープフロッグ合同会社を設立。
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「外から来る広報マネジャー」をコンセプトに多くの企業を支援。広報勉強会の主催や登壇、メディアでの寄稿、連載多数。著書「小さな会社の広報大戦略」(日経BP 日本経済新聞出版)
●広報の役割とは?
国内の広報関連団体は広報、あるいはパブリックリレーションズ(Public Relations)を以下のように定義しています。
●広報・パブリックリレーションズの定義
・組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である(日本広報学会プレスリリース「広報の定義」)
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・パブリックリレーションズ(Public Relations)とは、組織とその組織を取り巻く人間(個人・集団)との望ましい関係を創り出すための考え方および行動の在り方である(日本パブリックリレーションズ協会Webサイト「パブリックリレーションズとは」)
広報(パブリックリレーションズ)は、自社と自社をとりまくステークホルダーとの間に“良好な関係性を築く”活動であり、メディアはあくまでもそのステークホルダーの一部です。
今回は、企業経営の根幹の一つである営業活動に広報がどのように“効く”のか、3つのポイントを解説します。加えて、タイミー社の取り組みから「経営に効く」広報活動の具体例も紹介します。
●1. 価値観や強みの言語化が営業活動の土台を作る
「技術の平準化によって機能では差別化ができない時代、消費者は自身が共感できる価値観を持つ会社や商品を選ぶ」――これはマーケティング界の大家フィリップ・コトラー氏が『MARKETING 4.0』で指摘していることです。
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こうした市場の変化を踏まえ、昨今多くの企業では、自社が大切にする価値観や商品・サービスの強みを定義・言語化して市場(顧客、及び潜在顧客)に伝えることを重視しています。その際、「統一した言葉」で発信することもポイントです。
企業が広報活動で定義、言語化する項目例
・自社が大切にしている価値観
企業として、業界、市場、地域社会、個人などに対してどのように貢献したいと考えているのか。古くは「社是」「企業理念」などの言葉で表現され、最近ではミッション、ビジョン、パーパスなどの言葉で説明されます。
商品・サービスのオリジナルの強み
・(機能的価値)商品・サービスにどんな機能があるのか、他社にはない機能上の強みは何か
・(情緒的価値)商品・サービスによってどんな世界の創出に貢献するのか
上記に挙げた内容を一貫して社内外に発信し続けると、やがて市場は自社が大切にしている価値観や商品・サービスの強みを正しく理解するようになります。営業部門は、この理解や共感、信頼の土台の上で営業活動を行えるようになります。
広報部は自社の価値観や強みを市場に浸透させるため、「実際に価値観を体現する企業であること」「商品サービスの強みが本物であること」を以下のようにさまざまな角度からプレスリリースやメディア取材、オウンドメディアなどを通して発信しています。
企業が広報活動で発信する情報の例
・自社の事業の進捗(支社、子会社、新規事業の立ち上げ、商品・サービスのローンチ、業務提携、協業、売上・導入数アップ、資金調達、上場、先進的な社内の取り組み)
・社会からの評価に関わる情報(成果事例、各種表彰の受賞)
・社会的な責任に関する情報(ESG、人的資本経営に関する取り組み)
上記のように、広報は自社の商品がどんな人、どんな企業に利用されているのか、どのように評価されているのか、市場や社会にどのように貢献をしているのかなどが伝わるように情報を発信しています。
このように一貫した情報発信を継続的に行うことで企業としての信頼がより強固になり、自社のファンが増え、直接的、間接的に営業活動を後押しします。
●2. 広報とマーケティングの連携で相乗効果を生む
同じ会社なのに、各部門から中身がバラバラの発信を続けているといつまでたっても上記の効果は得られません。そこで、社外向けに情報発信をする機会が多い広報部門とマーケティング部門が連携することが増えています。
企業として発信するメッセージの一貫性を保ちながら、広告出稿やメディアアプローチなどそれぞれの分野で培ったノウハウを生かし、マーケティング部門なら「顧客獲得」、広報部門なら「企業ブランディング」といった、それぞれの目的を同時に達成しようと目指すのです。
例えば両部門で顧客向けイベントを企画し、「社長によるプレゼンテーション」「メディア誘致」を広報部門が、「イベントの集客・運営」をマーケティング部門がそれぞれ担当するといった取り組みです。両部門それぞれに知見があるため、相乗効果が期待できます。
マーケティング部門と広報部門の連携方法は以下のようにさまざまな形があり得ます。
広報とマーケティング部門が連携した情報発信の手法例
・広告出稿(連携してターゲットや訴求内容を決める)
・メディア取材(取材ネタになるイベントをマーケティング部が企画、広報部が取材誘致)
・ユーザー向けのオウンドメディア運用
・ユーザー向けのホワイトペーパー発行
・自社イベント企画、出展
両部門が関わることで、どんな場面でも自社が伝えたいメッセージがぶれることなく伝わり、そして「営業しやすく」なります。
企業によってはマーケティング部門に限らず、自社の全ての情報発信を広報部門が窓口となって管理する企業もあります。
●3. 望ましい認知や理解が新しいビジネスチャンスを引き寄せる
戦略的な広報活動を継続していくと、以下のような事業成長に直接つながる成果が得やすくなります。
広報活動によって中長期的に見込める効果
・商品・サービスのファン(推薦者)が増える
・問い合わせ数の増加
・購入(導入)数の増加/売り上げの増加
・資金調達の達成
・協業などの指名増(それによる新商品、新規事業開発のスタート)
「○○(技術や課題解決力など)といえばA社」といわれるほど特定領域で高い認知度を醸成できると、その領域において顧客数が増えることはもちろん、他社から声がかかることで、他業界との協業や新規事業といった大きなビジネスに広がる可能性も広がります。こうしたビジネスの大きな広がりの根本に、広報活動があるといえます。
●「BX部」を立ち上げたタイミーの事例
事業成長につながる広報活動を行う企業事例として、タイミー社の取り組みを紹介します。
タイミーはスポットワークのプラットフォームを提供する業界最大手の企業です。2024年4月時点で登録者数が770万人、7月には東証グロース市場への上場も果たすなど、大きな注目を集めています。
タイミーが前身のサービスを提供していた2018年当時、社内にはメディアと関係構築をするPR、行政・政府に働きかけるGR(Government Relations)、そしてマーケティング部門が存在しました。
しかし当時は、それぞれの部門が部分最適化した行動をとるにとどまっていました。そこで2021年、限られたリソースで各活動を最大化できるように、新たにBX(Brand Experience)部を立ち上げました。
BX部の活動のゴールは、同社のミッション「『はたらく』を通じて人生の可能性を広げるインフラをつくる」を踏まえ、ユーザー及び潜在ユーザーにタイミーを利用することで人生の可能性が広がった、広がりそうだと感じてもらうことです。そのための一貫したブランドコミュニケーションを担う部門としてBX部を設立しました。
BX部には、(1)メディア対応をはじめ危機管理、対外的な情報発信を管理するPRチームと(2)ブランドマーケティングを担当する Branding(以下BR)チームが存在します。
BRチームは、タイミーが「ミッションを体現する会社だ」と感じてもらうためのプロジェクトの推進や、オウンドメディア「タイミーラボ」の企画運営、SNSの企画運営、ブランディング広告施策、コミュニティー運営などを担当しています。
●「THE 赤提灯」プロジェクトでミッションを体現
BRチームが2023年5月に行った「THE 赤提灯」というプロジェクトは、アルバイト全員がスポットワーカー(タイミーユーザー)で構成された居酒屋を実際に立ち上げるというものでした。
タイミー上で掲載されている求人の中には未経験者が応募できないものもあります。「THE 赤提灯」で未経験者が働けば、その実績を次の仕事につなげられます。まさに「『はたらく』を通じて人生の可能性を広げる」という同社のミッションを体現したといえます。
この施策では、まずBRチームが上記のようにミッションを体現するプロジェクト(事例)を作り、PRチームが「人手不足」「未経験だと働きづらい」といった飲食業界の課題を踏まえ、スポットワーカーだけで店舗運営が可能である点をメディア向けに訴求して取材を誘致しました。結果、業界の課題解決になり得る斬新な施策としてメディアから多くの取材を受け、タイミーが伝えたいメッセージをステークホルダーに届けることに成功しました。
こうしたBX部の活動は評価しづらそうに見えますが、各施策が実際の事業数値(アプリDL数、事業者数など)にどの程度貢献しているのかをシビアに判断しているそうです。「タイミーに○○という印象を持っているか」など特定の項目についてユーザー、潜在ユーザーの認知、理解度をブランド調査で測り、どの指標が事業数値に影響を与えるのかを細かく把握して部門の評価を行っているとのことです。
タイミー社のBX部門のアプローチは、メディア露出を追うだけの広報活動とは一線を画し、ミッションの実現を事業拡大に有機的に繋げています。企業成長を見据えた広報活動のモデルとして参考になるのではないでしょうか。
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