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世の中では賃上げの動きが加速している。物価高による生活への影響が深刻化する中、多くの企業が給与水準の引き上げに踏み切った。しかし、そのような環境下でも「給料が安い」という不満の声は尽きない。
実際、大手企業の賃上げ率は30年ぶりの高水準となったが、中小企業では思うように賃上げができない現実もある。また、賃上げを実施しても社員の期待値とのギャップが大きく、満足度が上がらないケースも目立つ。
このような状況の中で、部下から直接「給料を上げてください」と言われたとき、上司はどう対応すべきなのか?
単純に「検討します」と答えるのがベストなのか、あるいは別の返し方があるのか。今回は、「給与が安い」「もっと給料を上げて」と言う部下に対して、上司がどう向き合うべきか解説する。組織マネジメントに携わる人は、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
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●給与に関する会話は「事実」からはじめよう
「給料が安いので上げてください」
このように言われたら、上司のあなたはどう答えるだろう?
「会社が賃上げしてるじゃないか」
「分かった。会社に掛け合ってみる」
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「私だって我慢してるんだ」
いろいろな返し方があるだろう。しかし、どんな問題解決の手順も同じ。まず事実確認から始めるべきである。なぜなら「安い」という表現は比較形容詞であり、具体性に欠けるためだ。
具体的に、いくら程度の給与を希望しているのか。なぜその金額が必要なのか。現在の給与水準と比較して、どのような根拠があるのか。これらの事実を把握することだ。
このように、「安い」「高い」「強い」「弱い」といった言葉では、何を基準に判断しているのかが不明確だ。だから比較形容詞を使った曖昧(あいまい)な表現はできる限り避けたほうがいい。
例えば陸上部のコーチが「もっと速く走れ」と選手に言い続けたらどうだろう?
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「もっと速くだ!」
「まだ足りない。もっと速く」
と言われ続けたら選手は疲れ切ってしまうだろう。自分なりに頑張って速く走ろうとしているのに、「もっと」「もっと」といわれると追い詰められていく。
私は営業コンサルタントなので、よく企業経営者から「営業力が弱いので、強くしてほしい」
といわれる。しかし、どの程度弱いのかが分からないし、どこまでいったら強くなるのかもハッキリしない。給与についても同じだ。「安い」といわれてもどれぐらいの金額なら満足なのかが判断できない。
だからまずは事実確認が必要なのだ。
「どれぐらいのスピードで走ったらいいのですか?」
「中期経営計画を達成できたら、営業力が強くなったと判断していいのですか?」
「業界平均と同じ給与水準になったら、よいのかな?」
いずれも、相手の期待を具体的に知る必要なステップである。次は給与交渉に移る上で注意しておきたい「3つの落とし穴」について説明したい。
●給与交渉の3つの落とし穴
給与に関する交渉には、次の3つの落とし穴がある。上司はもちろんのこと、交渉する側も注意したほうがいいだろう。
1. 曖昧(あいまい)な表現による誤解
2. 感情的な要求による判断ミス
3. 根拠のない比較による錯覚
繰り返すが、比較形容詞を使った「安い」という曖昧な表現は避けよう。できるだけ具体的な数字で話し合うことが大切だ。
曖昧な表現を使い続ける限り、認識のズレがなくならず感情的になっていまう危険性もある。
「給料が安いといわれても、そんなことないだろう。会社だって努力してるよ」
「安いから安いって言ってるんですよ。何が悪いんですか!」
「落ち着け。安い、安い、って言うな」
「他のみんなも言ってますよ。こんなに給料の安い会社なんて、他にないって」
「なんだとォ!」
感情的な要求は冷静な判断を妨げる。上司も、人事部など第三者を交えて話し合うことも考えよう。また、感情的になると
「こんなに給料の安い会社なんて他にないですよ!」
と言った根拠のない比較を持ち出すケースもある。こうなると上司と部下との関係も壊れかねない。
心理学者ハーズバーグの二要因理論を引いて考えてみよう。この理論では、仕事の満足度は「動機付け要因」と「衛生要因」の2つの要因で決まるとしている。動機付け要因は満足感を生み、衛生要因は不満を防ぐ役割を果たす。給与などは「衛生要因」である。
つまり、給与は「満たされても満足はしない」のだが、「満たされないと不満を覚える」要因だということだ。「動機付け要因」とは逆の働きをする。衛星要因は本人にとってとても重要なので、頭ごなしに説得するのはよそう。たとえ本人の主張に正当性が欠けていても、丁寧な対応が必要だ。
●上司が気を付けるべき3つのポイント
部下からの給与に関する相談に対して、上司が気を付けるべきことは3つある。
1つ目は「具体的な金額で話し合う」ことだ。
部下が「給料が安い」と言ってきたら、まず具体的な金額を確認する。「いくらぐらいになることを期待しているのか」を聞くのだ。あるべき姿と現状とのギャップを数字で確認する。問題の解決のキホンである。
陸上部の例であれば、
・100メートルを12秒で走ってほしい(あるべき姿)
・100メートルを平均12.8秒で走っている(現状)
営業部でいえば、
・中期経営計画を達成させるための営業予材数が100を超える(あるべき姿)
・営業予材数が毎月平均60を下回っている(現状)
こう表現すると、具体的なギャップが明らかになる。
2つ目は「根拠を明確にする」ことだ。
部下が期待する給与水準について、なぜその金額なのかの根拠を確認しよう(可能ならば)。市場価値として示したいのか、生活費なのか、家族の状況なのか、きちんと把握する必要がある。
「同期入社のSさんより少ないのは納得がいかない」
「去年入ってきたあの人と同額なんてイヤです。私は10年も勤めているんですから」
こういった本音を聞き出すのも大事だ。単に生活に必要かだけで確認したら、誰も言い返せなくなってしまう。
陸上部の例であれば、
・100メートルを12秒で走れば、次の大会で優勝できる(根拠)
営業部でいえば、
・過去の事例からも営業予材数が100を超えれば中期経営計画を達成できる(根拠)
こうなる。
●実現可能な道筋を示す
3つ目は「実現可能な道筋を示す」ことだ。
本人の主張が正当なら、現在の給与水準を変えるように上司は対応しなければならない。制度の見直しや、評価基準の変更を具体的に検討すべきだ。ここは曖昧にしてはいけない。
一方、主張が正当でないのなら、本人の努力を促そう。だが決して、
「今の給与が妥当なんだから、我慢したまえ」
なんて言うべきではない。「もっと高く」と言い続けるなら対応できないが、
「現在の年収500万円を、600万円にしたい」
と希望するなら、それをかなえてあげるために、具体的な道筋を示すべきだ。
●部下の成長につながる返答の仕方
給与アップの要求に対して、安易に「検討する」と答えるのは避けよう。上司も曖昧な表現はいけない。それよりも、この機会を部下の成長につなげる対話にしていくのだ。
例えば「具体的にどのような付加価値を提供できるようになれば、あと100万円アップすると思うか」と問いかけてみる。あるいは「市場価値を高めるために、どのようなスキルを身につける必要があると考えているか」といった質問をしていく。
「この成果評価を上げるためには、この評価項目のスコアを10ポイント上げること。次に……」
といった感じで、上司が具体的に答えを示したり、誘導するのはやめよう。本人に考える機会を与えるべきだ。そうしたほうが部下自身が自分のキャリアについて深く考えるきっかけを作ることができる。
●給与の話は避けてはいけない
物価が上昇し、多くの人が生活の苦しさを味わっている。口に出す、出さないに関係なく、給与を上げてほしいと願っている会社員はとても多いはずだ。そのとき、上司はどう対応すべきか?
「私のほうが、よっぽど困ってる」
などと不誠実に返したり、
「その話題、苦手なんだよな……」
と言って、給与に関する話題を避けてはならない。むしろ、お互いに腹を割って話し合える関係性を築く絶好の機会と捉えよう。
ただし、話し合いの際は必ず具体的な数字と根拠に基づいて進めていこう。
上司は「給料を上げてください」という要望をただ受け止めるのではなく、部下の成長機会として捉え、建設的な対話につなげていくこと。それが結果として、組織全体の活性化にもつながっていくのだ。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。
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