【京都・中京区発】いけばなは、さまざまな花や草木を取り合わせて、一つの作品に仕上げていく。同じに見える花であっても、花弁の付き方や枝振りに同一のものはない。一期一会の花材の美を瞬時に見極め、生かしていくのがいけばなだと専好さんは話される。それはまさに専好さんの生き方そのものだ。型を大事にしながら柔軟で臨機応変。さまざまなプレッシャーを軽やかに受け入れて異なる分野とつながり、次の時代を見据えている。真の「いけばな人」の姿がそこにあった。
(本紙主幹・奥田芳恵)
その他の画像はこちら2024.11.19/京都・池坊家元道場にて
●自分の心のままに、さびしい時はさびしい花をいける
奥田 専好さんはいけばなを通して、音楽家やアーティストなど、さまざまな方々とコラボレーションされていますね。
専好 もともと日本の座敷飾りはコラボレーションだったんです。座敷の床の間に掛け軸がかかっていたり、お香がたかれていたり。いけばなも単体ではなく、座敷の設えの一部でした。
奥田 なるほど。それほど特別なことではないと。
専好 コラボレーションという新しいことをしているというよりは、原点に立ち返っている思いがします。それぞれが役割を果たしながら一つの場をつくり上げていくかたちで。
奥田 座敷飾りが原点にあるわけですね。
専好 ただ、生活の様式は変化しています。床の間はなくなって、多くの人は正座をすることが減りました。なので、今の環境の中で他者との関係性を考えた時、「どういう提案ができるだろうか」と思案し、コラボレーションを始めました。
奥田 異分野の方々と積極的に取り組むことに、ちゅうちょをしないタイプですか?
専好 (少し考えて)私、わりと欲張りというか型にはまることが好きではないというか(笑)。いけばなにしても、本当はもっと知らない世界があるのかもと思ってしまうんです。
奥田 学習院大学を卒業された後、立命館大学大学院や京都工芸繊維大学大学院に進まれたのもそうした思いからでしょうか。
専好 長い歴史をもつ池坊にはいろいろな文献があるんですが、どうしても内側からの目でしか見られなくて。我田引水ではなく、客観的な目とニュートラルな立場で学び直したいと思ったのが、進学の大きな理由です。
奥田 得られたことはありましたか。
専好 いけばなを科学的に捉える研究や、美の基準がどこにあるのか、どうやって育まれるのかなど多くのことを学ばせていただきました。その研究内容を用いて、教えることが難しい「守破離」の“離”はともかく、ベーシックな部分に関しては、初心者のより早い理解や覚える苦労をなくしたりできると思います。
奥田 ここでぐっと専好さんに寄った質問をさせてください。これまでにご自身が「最高傑作だ!」と思われた作品はありますか?
専好 最高傑作とまではいかないまでも、「これがベストだ!」と思うことはあります。でも、それはその時のこと。後から振り返ると「何でいいと思ったのかしら?」ということも(笑)。人間は変わるんですね。生きるということは変わるということ。自分の作品からも教えられることです。
奥田 同じ人でもその時々で作品が変わっていく。その時の心がいけばなに現れているということでしょうか。
専好 それはありますね。いけばなは心を映しますから。でも、それを表現すればいいと思います。心が迷っている時は迷っている花を、さびしい時はさびしい花をいければいいんです。ただ、草木は生きもの。今を生きながら次の日にも咲くことをあきらめない存在なので、花をいけることでエネルギーをもらっていけると思いますよ。
奥田 自分の心のままで良いと。
専好 いろいろな文化や芸術がありますが、生きているものを扱うのはいけばなだけ。一つ一つの花が生きていて個性があるから、思い通りにならないことも多い。だからこその一期一会を生かす。いけばなの醍醐味でもありますね。
●自分次第で一生続けられる いけばなという仕事
奥田 2024年秋、文化審議会が華道を登録無形文化財にするよう答申しました。こうした動きの中で、次期お家元としていけばなの先行きをどう考えていらっしゃいますか。
専好 いけばながここまで続いてきたのは、芸術性と日常性があるからだと思います。一部の芸術家にけん引された部分はありますが、それだけではなく日々の暮らしの中で誰もが花をいけてきたからこそ、続いてきたと。
奥田 確かに…。身近に感じられたのですね。
専好 今回の答申も伝統文化だけでなく、生活文化という側面があることで、登録無形文化財として認められています。ただ、かつてのようにいけばなが花嫁修業の一部となっていた時代ではありません。次の世代にどういうかたちで伝えていくかは課題です。
奥田 「Ikenobo花の甲子園」というイベントにも取り組んでいらっしゃいますね。池坊いけばなを実習している高校生のいけばな日本一を決める大会だとうかがっています。
専好 各地区大会で優勝したチームが、全国大会としてここ池坊に集まります。09年から始まったんですが、毎年すごい熱気を感じますね。
奥田 大会の様子を動画で拝見しましたが、非常に高度な技術にも挑戦されていて、驚きました。
専好 3人1組で1人10分ずつ、リレー形式で一つの作品を仕上げていきます。時間制限のあるなかで、当日与えられた花材と向き合い、仲間と共同で作品を完成させる。皆さんお稽古を通して蓄積した知識や技量を総動員して、すごくがんばっておられます。
奥田 花の甲子園も次世代にいけばなの楽しさ、素晴らしさを伝えるかたちの一つというわけですね。最後にこれからの目標をお聞かせいただけますか。
専好 自分自身のことでいえば、まだまだ発展途上なので、いろいろな方の作品を拝見して学んでいきたいと思います。あとは伝統文化を受け継ぎ、次の世代につなぐという役割も担っておりますので、そちらにも力を注いでいきたいです。今はどんなにいいものでも、ある意味経済的な評価がないと着手したり続けたりすることが難しい時代ですから。
奥田 どんな仕事においてもそこは大きいですね。
専好 ですので「いけばな人」として、いけばなに関する仕事をつくるのが私の仕事でもありますね。自分自身の成長とともに、組織として如何に次の世代の厚みをつくっていくかがテーマかと。
奥田 やりたいことがたくさんおありです。
専好 本当に。そういう意味では忙しい人生です(笑)。一般的な組織だと定年や引退がありますが、いけばな人にはそれがありません。その人が生きている限り、いけばな人としてあり続けることが可能ですから。
奥田 本人の気持ち次第で、一生関わっていけると。
専好 はい。そこが魅力でもある一方、学び続けなければならない大変なところでもあります。人の人生と文化芸術って終わりがないというか…。「人生100年時代と言われるけど、専好さんは300年は必要だね」とよく言われています(笑)。
奥田 確かに! 池坊の歴史を見れば、300年でも短いかもしれません(笑)。お話をうかがって、いけばなの魅力と奥深さに触れることができました。どうもありがとうございました。
●こぼれ話
観光客や地元の方らしき沢山の人々が参拝に訪れている京都の六角堂。六角堂本堂のほか、聖徳太子沐浴の古跡と伝えられる池や、京都の中心といわれている「へそ石」など見所が多い。どこを切り取っても絵になる素晴らしいロケーションで写真撮影からスタート。一瞬の人の切れ間にシャッターを切る。今回の対談は、六角堂の東部に位置する家元道場に移動して行われた。ここも凛とした空気が漂う、気品のある場所である。長くどこまでも続く畳の間。ここに多くのお弟子さんたちが集まり、作品を生ける神聖な場所なのだそう。自然と背筋がピンと伸びる。
初めて見るものや知ることが多く、対談の前から圧倒されそうだ。ただ目の前の池坊専好さんと向き合い、言葉を交わしていると、専好さんのお人柄に助けられて良い雰囲気で対談が進む。二度と同じ花材に出会うことがない、いけばなの世界。「一期一会」という言葉には、実感と熱い思いが込められている。
専好さんは本が好きで、よく読んでおられるとのこと。どんな質問にも言葉に詰まることなく、整理された状態で自らの考えを語ってくださった。華道家元池坊という少し特別な環境下で育ちながらも、環境に甘んじることなく日頃からいけばなに真摯に向き合い、経験や読書を通じて培われてきた深い考えが伝わってくる。
可愛いガラスの動物たちを見て盛り上がり、取材を終えても立ち話に花が咲く。女性活躍推進の取り組みが盛んな昨今、女性ということで注目を集めたりすることがあるという話題になったときのこと。「それもきっと縁ですし、良い機会にできるかどうかはその人次第ですよね」とおっしゃった。人前に出るきっかけはどうであれ、それにも意味があり、その機会に感謝の意を示し、何かを返せる人間でありたいなと専好さんの言葉を振り返りながら思う。さまざまな状況や考え方を柔軟に捉え、しなやかに生きる。そんな“いけばな人”専好さんのご活躍に、これからも注目していきたい。
(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第363回(下)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。