【今週はこれを読め! SF編】羊に変身する一族の歴史と、それを見送るわたくし〜犬怪寅日子『羊式型人間模擬機』

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2025年02月04日 11:40  BOOK STAND

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『羊式型人間模擬機』犬怪 寅日子 早川書房
 第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作(前回この欄で取りあげたカスガ『コミケへの聖歌』との同時受賞)。帯の惹句には「アンドロイドは人間羊の夢を見るか?」----人間羊には"愛すべきもの"とルビがふられている----とあるが、物語中ではアンドロイドという言葉は用いられず、「機械」や「人間にならない人間的なる者」などと表現されている。この機械が、語り手のわたくしだ。姿は十一歳の身体と描写され、永遠に歳を取らない。
 これは奇妙な一族の物語だ。男性は死の間際に羊に変身する。変身した羊は「御羊」と称され、その肉が一族の者に供されるならわしだ。肉をさばく役を含め、儀式の段取りを担っているのが、わたくしである。
 一族の者はわたくしを、さまざまに呼ぶ。ある者は「ユウ」、ある者は「ユー」、また「ユゥ」「U」「ゆー」「ゆう」「ゆゆ」「ゆっちゃん」「ユユさん」「ユゥー」など。一族のなかでわたくしは共有の用具というよりも、呼ぶ相手と呼ばれるわたくし、それぞれごとにパーソナルな関係が結ばれているかんじだ。
 御羊への変身、肉を供する儀式、世代をまたがって一族に仕え相手ごとに呼称が変わるわたくし。こうした物語の骨幹にかかわる部分からして、はっきりと幻想小説である。作中に埋めこまれたモチーフや文章表現もしかり。たとえば、こんなふうだ。

〔それは北の祠の祀るもの、誰も由縁の知らぬ鉱石である。黒曜に似て黒く見え、しかし時折には赤く見え、青く見え、見るものは見られるものとでもいうように、常に何がしかの輝きを携えそこにある。日野様はしばらくじっとそれを眺めておられたが、それは滝裏から見る世界のように曖昧模糊とした不可思議ではなく、厳然として不可解な一個なのであった。〕

 日野様というのは、一族のうちもっとも若い世代に属する四人きょうだいの長女である。女性なので御羊に変わることはない。きょうだいのうち、男性は大輝と冬弥、末っ子の桃子は女性だが陰茎を有する。桃子のこともそうだが、ジェンダーにかかわる事象は物語のなかでさまざまに浮上してくる。そもそも、男だけが羊に変身するという設定からして特徴的だ。ただし、主題的に----つまり議論の対象として----クローズアップされるわけではなく、どのように解釈するかは読者しだいだ。
 さて、四きょうだいの祖父にあたる桜李がいま、御羊に変身し、その肉を供する儀式の準備がおこなわれている。ちなみに、きょうだいの父の廉宮はずいぶん前に御羊になった。
 御羊の儀式が現在進行形で描かれるのと並行して、一族の過去のできごとが語られていく。映画のフラッシュバック技法のように、過去が現在に挿入されるというよりも、むしろ過去が意識のなかにまざまざと現出する叙述がなされ、それがこの作品の幻想性をいっそう高めている。
 世代が移りゆく一族のなか、わたくしだけがわたくしでありつづける。最初につくられたときのまま、ひたすら御羊の儀式のため仕事を繰り返し、一族の人びとを見送り、時をすごしている。しかし、累積するできごと(一族の多くの者とのかかわり)は、わたくしに少しずつ影響を及ぼしているのではないか?
 これは生と死、服従と反抗、そして愛の物語である。
(牧眞司)


『羊式型人間模擬機』
著者:犬怪 寅日子
出版社:早川書房
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